第4話 愛知の旅3
侑李の呟きを聞き流した桜は困ったように頬に手を置く。
「ただ、私達は旅研究部で……キャンプを前提に旅の組み立てをしている訳ではないのよね。確かに前回の北海道の旅では泊まる宿がなくてキャンプする日もあったけどね。まぁ装備は全部借り物だったけど」
「そうですか……。けど、やることはあるんですね?」
涼花の問いかけに、桜と侑李が顔を見合わせる。
「あるわよ。旅人と名乗る以上キャンプにも手を広げたい。けどキャンプ用品が高すぎるのよね」
「そうなんですよね。前に調べたらテント一つ五万とかでしたよね。もちろん良いモノなら使い続けることができるのは分かっているんですが……」
「ふふ。そういえば、北海道の旅に出かける時は議論したわよね。宿のないエリアでは安いテントや寝袋を買ってキャンプするか。キャンプ道具をレンタルするか」
「あぁ、その議論の結果、とりあえず安いテントや寝袋を買って……何があっても最悪死にはしない場所で試しにキャンプすることになりましたよね?」
「そうそう。あの時は吟子さんに車を出してもらって静岡にいったんだけど……安物のテントや寝袋では夜朝はクソ寒かった。近くのファミレスに駆け込んだのがいい思い出だわ」
「ハハ、あの時飲んだコンソメスープの味は忘れられません。あのキャンプで装備の大切さを深く……深く理解しましたよ。そうそう、その時のキャンプ動画は初期の動画にしてはかなり伸びていましたっけ? 三万再生は行っていたはずです」
「ああ言う、追い詰められている系の動画は伸びるからねぇ。けど、あんなん続けたらいつか死んじゃうわよ。旅人たるもの、安全マージンは十分に取らなくちゃ」
「そうですね。ただ俺、キャンプ自体は嫌いじゃないんですね。キャンプで食べるご飯は美味しいですから」
「大空君は本当に飯が第一よね」
「飯は旅における大事なファクターですよ? ……っと今は涼花さんの話でしたね」
思い出話に花を咲かせていると、思い出したように侑李が涼花に視線を向けた。
「あ、あの一ついいですか?」
「ん? 何かしら?」
桜が首を傾げた。
「キャンプの装備があったら、良いのですか?」
「まぁ、あればいいけどね。私達が用意できるお金では……」
「私の家の倉庫に古くはありますが、しっかりしたキャンプ道具があるので」
「え。それは私達に貸し出してくれるのは可能なの? 親御さんの所有物じゃ?」
「両親のモノですが、許可を取れると思います」
「どう思う? 大空君?」
桜が隣に座る侑李へと話を振った。
「んーそうですね。キャンプ道具を借りられるなら……先ほど話していた愛知県の旅に組み込んでも面白いかも知れないですね」
「お、ナイスアイデア。愛知県ならキャンプしても最悪死にはしないでしょうし」
「例えば一日目がキャンプ、二日目がジンギスカンの宿ってな感じですかね? まぁ、そういうのもアリですよね」
「そうね……っと蒼井ちゃんには話してなかったわね。蒼井ちゃんが来るまでね。九月二十三日から二十五日に行こうと愛知県の旅に……」
桜は涼花に先ほど話していた愛知県の旅のことを話していった。
「面白そう、私も行ってみたいです」
「そう? なら……また明日の昼休みにでも話しましょう? 今日はもう大空君を帰してあげないと、動画編集で彼の寝る時間が無くなってしまうわ」
ここは聖火高校の普通科一年三組。
時刻は太陽が天高くあり、普通科一年三組の教室内では昼休みに入っていた。
「ん……」
侑李が机に突っ伏して眠っていた。前に座っていた短髪の男性が振り返る。
「おーい。昼休みだぞぉ。ゆーり」
「んんー……もう? アレ? 数学は?」
「とっくに終わったぞ」
「ふぁふぁ、そうだったか。ずいぶん眠ってしまったな」
「そうだな。また動画編集とかいう奴か?」
「あぁ、ちょっと頑張り過ぎた。今度の三連休に旅にいくことになって……ストックを作っておかないといけないんだ」
「それはお疲れ様だな」
「旅自体は疲れるが、楽しいんだぞ?」
「はぁ、ずいぶんとあの変わり者として有名な美人の部長さんに毒されただな」
「毒されたって、言葉のチョイスが悪いな。まぁ、影響は受けているのは否定できないな……ところで哲也君や。ノートを見せてくれるか?」
「仕方ねぇな。今度飯奢れよ?」
「えーこの前、北海道限定のさいころキャラメル買ってきてやっただろう?」
「何を言っているんだ。俺だってハワイの土産のマカデミアチョコレートを買ってきてやっただろう? こっちはハワイだぞ?」
「ぐっ分かった。カリカリ君な」
「なんだよ。動画で稼いでいるんじゃねーのか?」
「視聴者は増えて行っているが。まだまだ……労力に対して全然稼ぎにはなってないね。ほとんどただ働き」
「マジか。大変なんだな」
「どこかでバズってくれるといいんだけど」
「しゃあねぇーな。出世払いにしてやるよ」
哲也がノートを取り出すと、侑李に手渡した。
「さすが哲也様だ。感謝してもし足りないぜ」
「うるせ。さっさと写しやがれ……ってその前に飯だ。飯」
哲也に言われて侑李が弁当箱を取り出そうとした時だった。人が近づいてくる。
「あの大空君」
声を掛けられた方に哲也と侑李が視線を向ける。視線の先には涼花が小さな弁当箱を手に持って立っている。
哲也が侑李の首を腕でホールドして問いかける。
「おいおい。なんだよ? もう蒼井さんと近くなったのか? 弁当を持っていた。つまり、これから一緒にコンチクショウめ。裏切り者ぉ」
「え? あ……いや」
「なんでだよ。俺が先に目をつけていたのに。いつ声を掛けよか。タイミングを見計らっていた。うわーチキンな侑李に先を越されるとはぁ。いや、待てよ? 蒼井さんは淑女……そして、侑李はチキンだ。まだ、手も繋いでいないだろう。まだチャンスは残されているだろ。これ」
「なんか、友と思っていたヤツにすごいディスられているな」
「なんだよ。あんな可愛い彼女を手に入れといてディスられない訳ないだろう? 悪いが奪い取る」
「寝取り宣言されるとはって違うぞ? 蒼井さんは旅研究部に仮入部したから……多分その関係の話じゃないか?」
「え? 蒼井さんが旅研究部に? マジか?」
「あぁ。とにかく、腕を放してくれ」
「あ、あぁ。そうか……いやー、チキンな侑李が女の子と付き合うとはないと思っていたんだよ。ははは」
「俺はお前の友をやめてしまいそうになっている」
「まぁまぁ、え? なんだよ。お前はあの美人部長と蒼井さんと部活? マジか?」
「……そういうことになるかな? いや、蒼井さんは仮入部だけど……とりあえず今度一緒に旅に出かけることになるか?」
「マジか……真剣に旅研究部に入部を検討した方がいいだろうか?」
「お前、喫茶店のバイト始めたばかりだろ? そこで彼女探すって言ってなかったか?」
「いや、喫茶店……マジで爺さん婆さんしか来ない」
「それは最初にある程度予想できていたことだろう……っとそんなことより」
侑李は哲也の腕によるホールドを抜け出し、涼花へと顔を向けた。すると涼花は口元に手を当ててブツブツと小さく呟いていた。
「桜さんが言っていた通り。大空君は男好き? 禁断の恋? どちらがタチとウケは……大空君はウケかしら? そうね。そういう雰囲気があるもの。そうに決まっているわ」
涼花の呟きが小さく聞き取れなかった侑李は首を傾げて問いかける。
「えっと、どうしたのですか? 蒼井さん?」
「あ、あ、ごめんなさい」
「良いんですけど……何かありました?」
「えっと、桜さんが昼休みに旅の話をするって言っていたと思うんだけど」
「あ。そうでしたっけ? 行きましょうか」
侑李が弁当箱を持って、立ち上がった。それに合わせて哲也も腰を上げる。
「あ、俺も」
「お前、来ても邪魔だから」
「なんだと」
哲也の……いや、教室にいたすべての男子の妬み嫉みの視線を受けながら侑李は涼花と連れ立って教室を後にした。
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