エス

蛇はら

第1話

「つづいてのニュースです。本日正午ごろ、××県のアパートの一室で切断された遺体が発見されました。現場からは頭部が持ち去られており、警察は状況を詳しく調べるとともに、遺体の捜索をおこなっています。また、現在この部屋の住人の行方がわからなくなっており……」



  雀、十五歳



 世紀の美少女・松川百合子がこの学校に転校してきたのは中三の夏、二週間後に夏休みを控えた日のことだった。


 あたしの通う中学は、いちおう県庁所在地にはあるけれど、市街地からは外れたなにもない場所、ゆるい坂道の上に建っている中高一貫のミッション系の女子校。


 昔は街の中心にあって、それなりの、いわゆるお嬢さま学校、だったらしい。でも、どうして移転しちゃったのか知らない。この学校を創ったシスターがよっぽどの物好きだったのかも。


 いまじゃあたしみたいなふつうの子でも入れる、ふつうの学校。


 窓を開けていれば、草を刈る機械の音がつき刺さってくるし、間延びした牛の鳴き声も、やっぱり地平線の向こうから響いてくる。夏になって外を歩くと、肥料のにおいでつい鼻と口をつまんでしまう。


 五月のゴミ拾い活動と、真冬の持久走大会で、構外を歩いてみると本当にびっくりする。


 あたしたちはいくつかの坂道と、住宅地と、田園、それから林に囲まれて生活しているんだって。脱出してもあるのは国道と古いコンビニエンスストアが一軒だけ。

 とことん田舎で、どこまでも平和。

 アレッ? って首をかしげて小石を蹴りたくなるような、そんなところ。


 そんなところに、絵画からこっそり抜けだしたみたいな女の子がやってきた。


 朝のお祈りの時間、となりのクラスから聞こえた少女たちの声なき悲鳴に、あたしはばちばちっとまたたいた。


 となりのクラスの、転校生。あたしは目を瞑って、むにゃむにゃ唱えながら考える。


 とつぜん、現れた、謎多き美少女。


 手のひらを合わせて神さまに祈りを捧げつつ、本当は、みんな彼女を盗み見ている。好奇と賛美をまとった星屑のような少女たちの視線を、たぶん彼女はものともしない。アーメン、と高らかに響かせながら、与えられた席でしゃんと背筋をのばしてみせる。


 あたしは夢から目覚めるように、最後にもう一度、ばちんっとまばたきをした。ああ、アーメン!


 一時限目が終わると、あたしは友だちに誘われて転校生を見にいった。廊下はすでに混んでおり、ようやく窓から教室をのぞけば、ベランダ側の一角に人だかりができている。お約束の風景にあたしたちは顔を見合わせて、よいしょと背伸びしてみる。


 つま先立ちは大変。となりの子と腕を絡めて支えあって、そうすると人垣のすき間から、美少女の横顔がお目見えした。


 うつむきがちに話す姿はまさしくお嬢さま然として、背中までのびたまっすぐの黒髪が、教科書に出てくる平安美人の後ろ姿を思いださせた。あたしは頭をふらふらさせながら凝視する。ちょうどそのとき、美少女がこっちを振りむいたのだ。


 目と目があって、瞬間、閃光がきらめく。


「ウッ」


 あたしは心臓を撃たれた人みたいになって、仰向けに倒れこんだ。バランスを崩したせいと思ったらしい、友だちが、となりの子の肩に手を乗せたまま、


「ばかぁ。なにやってるのよ、雀」

「ふふ、ふふふ……」

「あら、よしよし、大丈夫そう」


 ひっくりかえったあたしの向こうで、女の子たちのスカートがゆらゆら揺れている。そこからのぞく幾本もの脚、みずみずしい、野生動物のようなそれらは、いまにもどこかへ飛びたってしまいそうなくらいそわそわしていた。


 興奮が、さざなみになって押し寄せてくる。あたしは重ねた手の下で、心臓が震えるのを感じた。ふ、ふ、ふ。と、唇から笑いがこぼれる。


 まるで、予感。


 あたしとあの子が、これから駆け抜けていく青春の、におい。

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