三神琉依
三神琉依
ひとりの若い男が店の前で立ち止まった。
男は店のドアに貼ってあるチラシを眺めていた。
『浄霊屋HELLO GOODBYE アルバイト募集中』
・学歴、年齢不問
・但し霊感があること
「マジか」
男はしばらく考えたあと、そっと店のドアを開けた。
「すみません……」
「はい」
中は低いカウンターと四脚の椅子があるだけの狭い空間だった。
カウンターの中にはグレーの和服姿の男がひとり、座っていた。
長い前髪を垂らし無造作に束ねられた後ろ髪。
肌は青白く痩せていて切れ長の目がまた和服とマッチしていてその男の美しさを引き立てていた。
「あの、表のチラシって本当ですか?」
「ああ、本当だよ。君は霊が視えるのかい?」
「はい、まあ、一応」
「うん、ひやかしじゃないみたいだね。君はとても強い力で守られているみたいだ。凄いオーラをまとってるね」
「それは……きっと俺の兄だと思います。死んだあともずっと俺のことを心配してたので」
「ふーん、でもそれだけじゃなさそうだね」
「えっと、父がお祓い屋をやっていて。それくらいですかね」
「なるほど」
男にじっと見つめられ若い男は緊張している様子だった。
「わかった。僕は
「
「琉依くん、よかったらここでバイトしないかい? 君の好きな時間に来てくれていいから」
「本当ですか? ぜひ、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
二人は笑顔で握手を交わした。
琉依にとってこんなに嬉しいことはなかった。
小さい頃から訳もわからずに幽霊が視えて、時には訳もわからず霊に取り憑かれてきた。
父も兄も霊感が強く、助けてもらってはいたが琉依には何の説明もなかった。
高校生の頃にやっと話を聞くことはできたが、極力霊とは関わるなと口うるさく言われ続けてきたのだ。
大学生になった琉依はいつもモヤモヤしていた。
このまま霊が視えているのにずっと無視し続けなければならないのだろうか。
何か自分にも出来ることはないのだろうか。
そんなことを考えていた矢先だったのだ。
「ここは琉依くんのお父さんみたいに取り憑いた霊を祓ったりはしないよ」
「はい」
「ただ霊たちの話を聞いてあげたり成仏させてあげるんだ」
「はい」
「はは、そんなに緊張しなくてもいいよ。もっとリラックスして、気楽にいこう」
「はい」
「そうだ、琉依くん今ちょっと時間ある?」
式条が腕時計をチラッと見ながら言った。
「少しなら」
「そろそろお客様が来る時間なんだ。よかったらそこに座ってなよ」
「はい」
琉依は言われるままカウンターの端に腰をおろした。
――バタン
「いらっしゃいませ」
ドアが開く音と共に入ってきたのは小さな男の子だった。
「こんにちは」
「こんにちは……ねえおじさん、この人誰?」
男の子は琉依を見ると怯えたようにして式条に訴えかけた。
「僕の友達だから気にしないでいいんだよ。何も怖くない」
「……わかった」
男の子は不安そうにしながらもカウンターの椅子に座った。
「今日は君に特別なおやつを用意したよ」
「え? 本当に?」
「うん。きっと君が好きな物さ」
「ボクが好きな物?」
「ああ。思い出してごらん。君は夏休みにお父さんとお母さんと三人で近所にある広い公園によく行ってたよね」
「夏休み……お父さん、お母さん……」
男の子は真剣な表情で真っ直ぐ前を見つめていた。
「その公園にはいつもアイスクリームを売っているおばあさんがいたね」
「アイスクリーム……あっ」
「思い出したかい? 君は公園に行く度にそのアイスクリームを食べてみたいと思っていた。でも君はとても優しくていい子だったから、我慢してお母さんには言えないでいた」
「ボクは……ずっとあのアイスクリームを食べてみたかった」
「ああ、そのことに気付いていたお母さんは、ある日君に言ったんだ。そんなに食べたいなら買ってあげるわよって」
「そうだよ! ママがいいって言ったんだ。だからボクは嬉しくて……」
「お父さんの手を振りほどいて車道に飛び出した」
「そしたらパパとママが危ないって叫んで……」
「君はちょうど通りかかったトラックにひかれたんだよ」
「ボク……ボクは……死んじゃったの?」
「ああ、君は死んでしまったんだ。それも随分と昔にね」
「昔って?」
「五十年以上は前かな」
「五十年……」
男の子はそのままうつ向いてしまった。
そんな男の子を見て式条は冷凍庫からアイスクリームが入った箱を取り出した。
ふたを開け、コーンに器用にアイスクリームを盛り付け出した。
アイスクリームがコーンの上で白く美しいバラの花びらのような形を成した。
「食べてみてごらん」
式条がアイスクリームを差し出すと男の子はそっと顔を上げてそれを受け取った。
「これはあのおばあさんの」
「こんな形だったんだろう?」
「うん!」
男の子が嬉しそうにしながらアイスクリームをペロッと舐めた。
――チリンチリン
カウンターで黙って見ていた琉依は、突然聴こえた音に驚き天井を見上げた。
――チリンチリン
綺麗なベルの音。
どこからともなく聴こえてくる音。
「これは?」
琉依が式条に小声でたずねた。
「恐らくこの子の記憶の中の音だろう。このアイスクリーム屋さんが鳴らすベルの音」
――チリンチリン
「おいしい……おじさん、どうもありがとう」
「ああ。それを食べたらもう君はゆっくり休んでいいんだよ」
「うん。ボク、なんだか眠たくなってきちゃった」
「そうだな。さあ、目を閉じて、お休み」
「うん……お休みなさい……」
そう言うと、男の子の姿はスーっと消えてなくなった。
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