第2話・異世界からのスカウト


「……ンでこんな事になった」


俺、仁務博人じんむひろとは窮地に立たされていた。


四十歳を目前に脱サラを目指し―――

小さな地方都市、そこで役所が企画した、

『新規ビジネスプラン』とやらの公募に応募。


要はアレだ。

過疎化と少子化が進む地方において、

何でもいいから盛り上げるネタが欲しいって

ヤツだ。


そこで俺は―――

ビジネスホテルのような宿泊室に、

アーケード・家庭用・PC問わずゲーム機を置いた

フロアを用意。


つまり泊まれるゲームセンター、ネット喫茶の

ようなものを考えたのだ。


何がどう間違ったのか、それが通ってしまい……

協力と補助金を得て俺は動き始めた。


家庭用ゲーム機はいろいろと権利上の問題が

あったが、それ以外はスムーズに準備が進み、


さあ開業!

と同時に世界規模のパンデミック襲来・炸裂。


長引く感染対策に景気低迷……

お先真っ暗、というのが今の俺の状況だ。


なまじこだわって、軽食の自動販売機も導入

したため―――

赤字は増える一方。


唯一の救いは、自分が『新規ビジネスプラン』の

第一号とかで……

役所がうまくいかなかった事を隠したいためか、

停止を拒み続けているという事。


もちろん問題が無いわけじゃない。

このビジネスホテル、地上四階建てなわけだが、

今のところ俺一人だけで回している。


当初スタートした時は、それこそ雇用対策もあって

十名ほどいたものの……

赤字続きの事業で雇い続けられるわけもなく。


また、同施設に入っていたコンビニや

ドラッグストア、コスプレ喫茶も早々と撤退……


たまに来る清掃員や業者を除けば、実質俺一人で

ホテル・ゲームセンターの業務を行っていた。


「飲食店すら潰れまくってんのに……

 ホテル宿泊なんてまずねーよな。


 ああ、コロナの無い世界に行きてぇ……」


「ではこちらへおいでくださいっ♪」


は?

何だ、今の声は。

女の子のようだったけど。


カウンターで突っ伏していた頭を上げるが、

誰の姿も見えず―――


「『ころな』とやらが無い世界に

 来てみませんかっ?」


「いや、行って何をしろってんだ?」


姿の見えない声の主に向かって会話を試みる。


普通ならおかしいと思う場面だろうが―――

何よりヒマだったのと、半ば思考が現実逃避に

向かっていたため、対応してしまった。


「えーと、アナタはこの塔のボスですよねっ?


 面白そうな道具や、美味しそうな料理も

 出て来ますし……

 こっちの世界でもそれをやって頂けたらなーと

 思いましてっ」


「……雇ってくれるっていうのか?


 まあ、どちらにしろここよりは将来性が

 あるだろう。

 話くらい聞いてみても―――」


「ありがとうございますっ!

 ではこちらの『世界』へっ!!」


その答えと同時に―――

俺の体は意識を手放した。




「……ここは?」


目覚めた時、俺は真っ暗な空間にいた。


不思議と怖くは無いが、状況の整理に脳を

フル回転させていると―――


目の前に、黒いマントをまとった―――

ロングの赤髪の女の子が現れた。


年齢は女子高生くらいに見え―――

というか、なぜか学生の制服を着ているので

そうにしか見えない。


ただ、その目は特殊なコンタクトでもして

いるのか、猛禽類もうきんるいか野生動物のそれを思わせる。


「この度はアタシの求めに応じ、どうも

 ありがとうございましたっ」


「いや何で過去系?

 俺は『話くらい聞いてみても』って

 言っただけだが?」


そこで彼女はキョトンとして首を傾げる。


「不思議そうな顔すんな!」


「ええぇ~……

 だってぇ、前向きだったじゃないですかぁ」


そこで俺は、恐る恐る緊急にして最大の疑問を

彼女にぶつけてみる。


「俺は、元の世界に帰る事が出来るんだよな?」


「魂だけで良ければ?」


「死亡宣告まで早過ぎるだろテメェ!

 そんな感じはしていたけど!!」


いろいろとすっ飛ばし過ぎだろうが!

怒る俺に彼女は多少、申し訳なさそうな

表情になり―――


「だって、こっちの世界に連れて来るなら、

 アタシにはそれしか出来なかったんですよぉ~」


「つーか、元の世界の俺はどうなってんだ?」


「ええとですね……」


彼女はメモ帳のようなものを取り出すと、


「えーと、心臓マヒで死んだ事になってます。

 それで施設の責任者も消えたという事で、

 あそこは取り壊され後に納豆工場が建てられて」


「そこまで知りたくもなかったけど、

 せっかくだからありがとう」


って事は……

もう俺が死んでから、あちらはだいぶ

経過しているって事なのか。


となると、今さら生き返ったところでなあ。

体もすでに火葬されているだろうし。


「事後承諾もいいところだが―――

 仕方がない、諦めるよ」


俺は彼女の申し出を渋々受け入れると、

そこで彼女の顔はパァッと明るくなり、


「ありがとーございますっ!!


 あ、申し遅れました。

 アタシはメルダと言いますっ」


「俺は仁務博人だ。


 それで、俺は何をすればいい?」


すると彼女はまたキョトンとした顔になり、


「え? ですから―――

 あっちにいた時と同じ事をしてもらえれば」


「あっちってさあ……

 同じモンがココにあるのか?」


そこでメルダはコホン、と咳払いし、


「ヒロト様には―――

 ダンジョン管理者として、『再現』スキルを

 付与いたしましたっ。


 ですので、たいていの物はこちらでも

 用意出来ると思いますですっ!」


ん? ダンジョン管理者?


「……ダンジョンって、魔物とか出る?」


「そうですけど?」


「つか魔物サイドなの俺!?

 ていうか、ゲーム機とか何の役に立つ!?」


魔物という事は少なくとも人間サイドでは

無いだろう。

それでゲーム機でダンジョン管理?

謎が謎を呼び謎を呼ぶ。


「あー、ダンジョン管理者はね。

 自分でクリア条件を設定出来るの。


 でも最近は―――

 どんな魔物やトラップを用意しても、

 似たり寄ったりで攻略方法が出来ちゃって

 いるのよ。


 それで新しい風を吹き込んで欲しいと思って、

 別世界の人間を呼ぶ事にしたの!」


そんな理由で呼び出されたのか俺。

怒りの感情より先に呆れてしまう。


「でも、人間が敵って事だよな?」


「人間だけってわけでも無いですよー。

 魔族同士で争っている事もありますし」


「んあ? 魔族?」


また初耳のワードが出てきたな。


「はいー。

 人間と同じくらい知能のある生物です。


 アタシ・メルダはとある魔族の長!

 魔王なのですよ!

 そこで新たなダンジョン管理者として、

 ジンム・ヒロトさんを呼んだというわけです!」


ようやくここで、大まかな事情を把握出来た。


要は、従来のダンジョンに危機感を覚え―――

新しい事をやってくれそうな人間を、別世界から

召喚したって事か。


「俺を呼ぶ時はヒロトでいい。


 そしてお前さんは今、結構ヤバめってわけか」


「スゴイですね!

 どうしてわかったんですか!?」


わからいでか。

ため息と一緒に次の質問へと移る。

自分の生存確率を少しでも上げるために。


「しかし、下手すれば殺されるって事だよな?

 俺自身は戦う事なんて出来ないぞ?

 ずっとダンジョンの奥で引きこもっていれば

 いいのか?」


「あ、それは大丈夫ですー。

 ダンジョン管理者にはダンジョンコアという

 物がありまして。


 それを破壊されない限り、傷付く事も

 死ぬ事もありませんから」


なるほど。

最深部をガチガチに固めておけば、すぐに

どうこうという事はなさそうだ。


「では、あちらの世界へ行く前に―――

 外見をカスタマイズしておきましょう」


「ん?

 まだメルダの世界じゃないのか?


 それにカスタマイズって……

 別に俺はこのままでも構わないが」


すると彼女は首をブンブンと左右に振って、


「こちらはまだヒロトさんの世界です。

 あちらへ行く前に肉体を再構築します。


 人間の召喚術ならそのまま出来たと思うん

 ですけど……(超小声)」


何かボソッと彼女がこぼした気がするが。

気が付かなかった事にしておいた方が、

精神衛生上楽だろう。


「それに、警戒される外見だとヒロトさんも

 困るでしょう?」


「うーん」


確かに、あちらからすれば俺の方が

異世界人だしな……

目立たない格好にするのは必要か。


「おし、そのヘンは任せるわ」


「わっかりましたぁ!


 では再構築後、転移を―――」


そこで俺の視界が歪んだ。

どうやら、再構築とやらをしているようだ。


意識が遠くなっていくような気がする。

目が覚めたら異世界なのだろうか?

と考えていると、


「……えっ!? な、なに?


 ちょっ、ちょっと待って!

 それはアタシが呼んだんだから!!

 それにまだカスタマイズ途中で……

 と、とにかく返しなさーい!!」


メルダの怒鳴り声と共に、俺の意識は深く

沈んでいった。


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