第46話

「失敗しない環境……?」


 俺の答えを聞いた木島さんは余計に首を傾げた。


「はい。今日のお皿の例でいうと、自分が持ちきれない量を気合で持つんじゃなくて、一気に持たなくても良い環境を作る、みたいな? 失敗しない環境を作る努力をすればいいんだと思います」


 木島さんは俺の説明を、難しそうな顔で首を捻って考えていた。

 彼女はこれまでの人生に於いてのすべての失敗を、自分の力量不足から生じたものだと思っていたのだろう。もちろん、彼女の失敗を全て知っているわけではないし、中には力量不足だった事もあるかもしれない。

 しかし、失敗の全てが力量不足なわけではなかったと思うのだ。例えば、前回の件がまさしくそれである。


「そもそもで言うと、これらのミスは厳密に言うと、木島さんのミスではないと思ってます」


 もちろん俺の所為でもデシャップの良太の所為でもないです、と付け加えた。


「え? どういう事ですか? じゃあ誰が悪いんでしょうか」

「店長です」

「店長?」


 俺は彼女の問いこくりと頷いた。


「前のラッシュはどう考えてもフロア二人で回せる状態じゃなかったじゃないですか。万が一ラッシュが来た時に対処できない様な人員配置をしてしまって、ミスが起こりやすい環境を作ってしまった……その環境を作ったのは、店長です」


 ミスは個人に原因があるのではなく、ミスが起こる環境に原因がある──俺はその様に思うのだ。

 この前のフロア二人体制の時もだが、今日も四人体制の時は円滑に回っていたのに、三人体制になった途端回らなくなった。

 これの原因は俺達の能力不足かと言うと、それだけではない。あと一人分の人件費をケチった店側にある責任も大きいと思うのだ。


「まー、でもそこは俺ら学生バイトが文句言ってもしゃーないですからね」


 俺はぐでっとベンチにもたれれかかって、空を仰いだ。

 六ヶ峰の夜空は、とても綺麗だ。無駄なネオンも照明も何もない。星空が綺麗に映っている。

 今度祈織が泊りに来た時は、夜空を二人で眺めてみるのも悪くないかもしれないな、とふと思った。


「まー……そういう事なんで、そんな中で俺達にできる事は、自分が出来ない事は誰かに任せて、自分ができる事をカバーして、失敗のリスクを減らすしかないっすね。そこまでやって起きたミスは、もう店に責任とってもらうしかねーっす」


 俺はもう一度溜め息を吐いて、肩を竦めて見せた。

 実際のところ、いくらそういう環境にした店側が悪いと訴えたところで、店側にも店側の事情があるだろう。人件費なども限られているので、削れるところで削るのは当然の事だ。

 俺がそこまで言い切ったところで、木崎さんは大きく溜め息を吐いた。


「ほんとに……汐凪しおなぎさんは凄いんですね。まだ高校生なのに、大学生の私なんかよりも全然しっかりしていて……色々納得できてしまいました」

「納得?」

「はい。私から見た汐凪さんは、とにかく無駄がないんです。全部が合理的に動いている様に思えて、それで……どんどん焦って、空回りしてしまいました」


 木島さんは照れた様に笑った。

 俺は全くそういったつもりはなかったのだけれど、ただ、俺自身も木島さんとシフトが被った時は『俺が頑張らないと』と思っていたのは確かだ。

 もしかすると……今回のミスは、俺のそういった深層心理も反映されてしまっていたのかもしれない。

 俺は彼女を心のどこかで〝使えない女子大生〟だと思っていた。だからこそ、いつも以上に仕事をしていたのだけれど、俺のそういった動きが余計に彼女にプレッシャーをかけていたとも考えられる。

 偉そうに散々語っていたけれど、俺も考えを改めた方が良さそうだ。


「まあ、今度島田さんと三人でどうすれば俺達が上手く回る様になるか、相談しましょう。得手不得手とかは皆あると思うんで」


 そう言って立ち上がると、木島さんも同じ様にして立ち上がった。


「もう家に帰れそうですか?」


 からかいの意図も込めて訊くと、彼女は「はい」と照れた様に笑った。

 実際に今の彼女の表情は、さっきよりも大分明るくなっていた。


「随分と元気付けられてしまいました。ありがとうございます」


 木島さんは丁寧に頭を下げて、御礼を言った。


「いえいえ、俺の方こそガキなのに偉そうに色々言ってしまって申し訳ないです。これからまた一緒にバイト頑張りましょう」


 そう言ってから公園の出入り口に歩を進めた時だった。木島さんから「汐凪さん」と呼ばれた。


「どうかしましたか?」


 振り向いて彼女を見ると、何故か微笑んでいる彼女がいた。


「汐凪さんに、一つだけ注意したい事があります」

「はい? 注意?」

「あんまりそうやって女の子に優しくするの、良くないですよ?」


 何故だか、舌を出して『めっ』とする様に言ったかと思うと、「おやすみなさい!」とぴゅーっと家の方角に行ってしまった。


 ──どういう事だ?


 意味がわからず、俺は首を傾げて彼女の背中を見送るしかなかった。


 ──まあ、いっか。


 わからない事は考えても仕方がない。

 俺はもう一度空を見上げて、星空を扇いだ。


 ──さ、早く帰ってシャワー浴びて寝よっと。


 明日は祈織とデートだ。

 デートと言っても藤澤でトースターを買うだけだけれど、それでも一応デートらしいデートをするのは久しぶりだ。

 祈織と過ごす明日を想像しながら、俺は家路へと着いたのだった。

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