通い妻と俺の青春ラブコメは糖度が高すぎる!!
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第1話
「
身体を揺すられつつ、意識の遠くから少女の声が聞こえていた。
その声色は優しくて、ずっと聞いていたいと思ってしまうほどのに聞き心地が良い。間違いなく、俺が世界で一番好きな、恋人の声だった。
もう少しだけ夢見心地でその声を聴いていたくて、基、起きたくなくて、彼女の声に背を向ける。
「ねえ、起きてってば。おーい、聞いてる?」
「ぐう」
聞こえてはいる。
が、睡眠欲がそれに応える事を拒絶していた。あと少しだけ寝かせて欲しい。
「もう……しょうがないなぁ。無理矢理起こすけど、怒らないでね?」
彼女は小さく溜め息を吐くと、俺の耳元へと顔を寄せた。
そして、バースデーケーキのキャンドルを消すかの如く、フッ! と、強く耳の中に息を吹き掛ける。
「うお⁉」
気持ちよく夢の中を泳いでいた俺は、唐突に襲われた耳の不快感に驚き、飛び起きた。寝耳に水ならぬ寝耳に吐息である。
どれだけ深い眠りに落ちていても、耳に息を吹き掛けられたら嫌でも目覚めざるを得ない。この方法を採れば俺がすぐに起きると知っているのだ。
「ちくしょう……やりやがったなぁ」
「だって、麻貴くん。そうしないと起きてくれないんだもん」
彼女は呆れにも似た息を吐くと、立ち上がって窓の方へと歩み寄る。カーテンレールのシャーっと滑る音と共に、ワンルームの部屋の中に春の光が満ち溢れたのはそれから間もない頃だった。
時は四月。昨日で短縮授業は終わり、今日から高校二年生としての生活が本格的に始まる。
「その起こし方はやめろって言ってんだろ。心臓に悪いんだよ」
俺はむくりと起き上がり、自らの恋人を見上げた。
朝陽に照らされ、彼女の長い黒髪は艶ややかに光っていた。ブレザー制服から伸びた細く長い手足は、瑞々しくしなやかに体を支えている。
少女はこちらに首を巡らせ、
どうやら、朝から心臓に悪いのは、寝耳に吐息だけではないらしい。
「おはよ、麻貴くん」
柔らかい笑みを浮かべたまま、朝の挨拶を述べる。俺の不満など全くお構いなしであった。
「おはよう、
俺は抵抗を諦め、やや照れ臭い気持ちで祈織に挨拶を返す。
こうして毎朝学校前に俺の家に寄って起こしに来てくれるのは、こちらからすれば感謝しかないのだ。本来、文句など言えたものではない。
「目、醒めた?」
「ああ」
「じゃあ、顔洗って着替えてね。すぐに朝ごはん用意するから」
「ういっす……」
俺の素直な返事に祈織は嬉しそうに笑うと、壁に掛けてあった自前のエプロンを着け、長い黒髪をヘアゴムで結った。
「あ、後ろ通るぞ」
「うん。寝癖、ちゃんと直してね」
「うい」
ワンルームアパートの狭い台所で朝ごはんの仕度を始めた祈織の後ろを通り、ユニットバスの洗面所に入った。
冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗い、寝癖を整えたところでようやく意識がシャキッとしてくる。
洗面所を出ると、彼女が待ってましたと言わんばかりにフェイスタオルをこちらに差し出した。用意周到にも程がある。
「ありがとう」
「どういたしまして」
祈織はそう言って、首をほんの少し傾けて微笑んだ。
その何気ない仕草に、俺の胸はまたぎゅっと掴まれた。
──ほんと、可愛いよな。
鼻筋はすっきりと通っていて、
そんな彼女の微笑みが自分だけに向けられているのだと思うと、どうしてもにやけそうになってしまうのだ。
「どうしたの?」
顔をじっと見ていたからか、祈織はきょとんとして首を傾げた。
俺は「いや、何でもないよ」と照れ隠しして、再び彼女の後ろを通ってリビングに戻った。
──なんだか……随分と慣れたよな。この生活も。
壁に掛けられた制服に手を掛けつつ、ちらりと祈織を見る。
祈織が部屋の台所で、朝ご飯の調理をしている──未だに信じられない光景に、俺は思わず小を感嘆の息を吐かざるを得なかった。
彼女は
俺のぐーたら一人暮らしを支えてくれていて、俺がちゃんと生活できているのは彼女の御陰と言っても過言ではない。彼女がこうして世話を焼いてくれるまでは、かなり酷い生活をしていたのである。
そして、甲斐甲斐しく俺の部屋に通って世話をする彼女を見て、ふとこう思うのだった。
──これじゃあ、まるで〝通い妻〟だよな。
毎朝登校前に俺のアパートに寄り、俺を起こしながら朝ご飯を作ってから登校する。彼女はこんな通い妻生活を、もう一ヶ月程度続けているのだ。
──さて、と。思い耽ってないで、さっさと準備しよ。叱られたくないし。
俺は肩を竦めると、制服に袖を通す。
これが、俺達の朝。
〝通い妻〟たる祈織と高校生ながら一人暮らしをしている俺の青春ラブコメは、毎朝こんな感じから始まるのだ。
言ってしまえば、何気ない日常の一ページ。それでも、俺達にとっては掛け替えのない青春の一ページ。
俺達は二人で、こうして今日も青春を紡いでいくのである──
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