童話


朝、違う香り。

変わらないのは日射しと、5を指す腕時計だけだ。


こんな状況で、俺の体内時計は案外優秀らしい。

しかしながら、俺の耳はどこかイカれてしまったらしい。



《――「おはよ、はじめにー……」――》



こんなことはありえない。

過去、幼い彼女の声が聞こえてくる。

小学生に満たない、俺達の記憶。


夢? いや、違う。

この温もりは現実だ。

でもありえない、なんで?


……よく考えろ。

彼女はアメリカにいる。

そして、今この部屋は――



「俺、如月さんの家で一夜を……(激遅)」



呟いて気付く。この異常事態に。

で、それを踏まえて。



いちにー・・・・……」



横のこの温もりは、果たして現実なのだろうか(懲役)。


……いつの間に? 

朝5時だぞ?

え、俺マジで捕まらない?

今までは昼寝とかで言い訳できたけど、今もう一夜越えて朝だぞ。

太陽さん、一線超えてますよ(言ってる場合じゃない)――



――ピコン!



「!?!?!?」



け、警察か――なんて思ってマジで焦った。

そんなわけないんだけど。

警察とLIME交換してたら色々おかしい。常習犯かよって(笑)。


……。


目元にやると、その宛先には見知った名前。

警察よりも怖いお方かもしれない。




リオ☆『とーまち、今なにしてんのー?』




「っ――!」



このタイミング。

この状況で、このメッセージ。


朝5時だぞ?

彼女は俺の全てを掌握しょうあくしていた……?


いや、落ち着け。

そんなわけないんだ。

いくら魔王だとしても――!



東町一『おはようございます。俺はさっき起きた所です。柊さんは如何いかがお過ごしでしょうか』

リオ☆『おーやっぱりおきてた☆ おはよ、リオはおしごと前の待機なう!』


リオ☆『で』

リオ☆『とーまち、今如月さんの家?』



「ッ……!?」



なんでだ? なんでバレた? 

いやバレたって何だ別にやましいことはしてない(必死)。



「いちにー……」

「……」



してるかも(自首)。




リオ☆『もしかしてマジで当たっちゃった?』

リオ☆『テスト後も集まってたし、ダンス発表会のあとも家で遊ぶのかなーって。で、そのまま?』


リオ☆『あっこれマジっぽいね! リオすごーい☆ 名探偵!』



俺ができるのは、既読を付けることのみ。

そして、丸裸にされるだけ。


「……り、リオすごーい(無礼)……」


もう隠すなんて無理である。



東町一『今日も良い天気だね』

リオ☆『今日のこと、また聞かせてね☆』

東町一『はい……』

リオ☆『別にやましいことは無いんでしょ?』



東町一『はい』

リオ☆『あるんだ☆』



「あ、あ……」


メッセージ上ですら全てを暴く彼女の目の前には、もう成すすべなし。


……いや、逆に考えよう。

そんな彼女に教えをえば良いのでは。


家族来日の為。

全てを知りえる(そんなことはない)彼女になら。



東町一『ところで、また相談のって欲しいんだけど月曜良いかな』

リオ☆『わお☆ 責任のとり方?』

東町一『違います』

リオ☆『はや!』

リオ☆『相談お待ちしてまーす☆ じゃあお仕事行ってくるね!』

東町一『行ってらっしゃいませ』



「……」


嵐のような五分間。

なんだかんだ、優しいよね柊さんは。


怖いけど。怖いけど(大事な事なので二回)。

あれだ。小説でバカ強い敵だけど味方になると頼もしいキャラ。


……さて。

将来への希望が少し見えたところで、現在の解決を図るとしよう。



「……」



もぞもぞ動く天使(5)は、俺の腕を掴んでいて。



「パパ……」

「パパじゃないよ(早口)」

「♪」

「パパじゃないよ(必死)」

「ぱ――」

「やめ――」

「ぱすた……」

「……」



こんなんもしかのんパパ(失礼)に見られたら殴られるだろうね。

つーか、出禁だ出禁。



「かのんさん(5)離れて……」

「やー、またパパいっちゃうもん……」

「え」



腕を掴んだまま、かのんちゃんは寝言でそう呟く。



《――「パパの部屋全然使ってないから」――》



思い出す、微かに聞こえた如月さんの声。

……もしかして出張とかであんまり家に居ないのだろうか。


なんとなく腑に落ちた。

小さな彼女が、どうしてここまで俺に懐いてくれたのか。


始まりはもちろん、この髪色だっただろうけどね。



「……」



気持ちは分かるんだ。

俺も、小さい頃は親が忙しかったから。

流石に母親は面倒見てくれたけど、父親はあまり家に居なかった。


……その姿が、遠い記憶と重なる。


二奈の小さい頃。

寂しがる彼女になら、俺はまだ“兄”で居られて――



「……んぅ……あ。いちにーだ……おはよ、いちにー」



もぞもぞ動いたと思ったら、寝ぼけまなこをこする彼女。

さっきの寝言があったせいか、いつもよりも小さく見える。


そりゃ……五歳の女の子だから当然なんだけどさ。



「ごめんね、起こしちゃったかな」

「んん……」


「もうちょっと、おやすみしてたら良いよ」

「……うー……」

「ねむれない?」



なんか寂しそうだ。

こういう時――大昔の俺は――



《――「はじめにー……」――》



重なった妹とかのんちゃんが、遠い底からそれを引き出す。



「……お」



俺が居る、彼女の父親の部屋。

ビジネス本や少し古い小説、資格勉強の本……いかにも大人な本棚の中に、違和感を放つそれがあった。


『うさぎとかめ』。

誰でも知ってる童話の絵本だ。



「それ、いちにーもよんでくれる?」

「えっ勝手にとって良いのかな――」

「――よんで!」

「ま、まあ良いか……じゃあおいで」

「ん!」



敷布団の上に座って、かのんちゃんは当然のように俺の胡坐あぐらの上に座った。

不思議と――この絵本が過去を思い出させてくれる。


幼少の記憶よりも、ずいぶん景色は高くなったもんだ。



「昔々、いじわるなうさぎさんが――」





「――そしてうさぎさんが見たのは、山のふもとで喜ぶかめさんの姿でした」

「……」


「おしまいおしまい……かのんちゃん?」



意外にも、かのんちゃんはずっと静かだった。

俺の前でじっと座って――



「うさぎさん!」

「えっ」

「ねなかったら、かってた!」

「そ、そうだね(困惑)」



びっくりした。

どうやら話に不満があったらしい。


いや、全くその通りだ。

何してんだよこの兎(童話にキレる男)。

マラソン中に寝るヤツが居るかよおい! 周囲の目とかあっただろ(マジレス)。



「かめさん可愛くないし」

「えぇ……」



こんなところでもルックスの差が。

まあでも、この勝利を確信した亀の顔はちょっとキモ……いややめておこう。


この童話が伝えたい事は単純明快。

油断大敵、それに尽きる。


だが、それを知る前に彼女の好みという問題が立ちはだかる(?)。



「かのん、可愛いうさぎさんがいい」

「!」


「って言ったら、パパこまっちゃった」

「はは……やっぱり二回目なんだこのお話」



《――「にな、うさぎさんのほうがいい」――》



駄々をこねるかのんちゃんの声が、遠い昔に重なる。

きっとあの時と同じように、俺は目の前の少女の頭を撫でながら口を開いた。



「かのんちゃんの言う通り、もしこのうさぎさんが途中寝ずにいたら……かめさんなんてぶっちぎって勝ってたよね」

「うん……でも。それじゃかめさんがかわいそう」



控えめな反応がまた懐かしい。

そうだ。これは童話の――物語の全否定だ。


そんな真面目な兎なら、悪戯に亀を否定して、足の遅さなんて馬鹿にする訳がない。そもそもかけっこなんて始まらない。

争いなんて、生まれるわけがないのだ。



「じゃあ、かのんちゃんは頑張るうさぎさんになると良いよ」

「……?」

「困る亀さんをおんぶしても走れるような。そんな兎さんにかのんちゃんはなって欲しいんだ」



我ながら、ずいぶんと綺麗事を並べたもんだ。だが大昔の俺も、同じようなことを言っていた気がする。



「――うん!」



その笑顔も、いつかの二奈に重なる。

また俺は、かのんちゃんの頭を撫でた。

気持ち良さそうな彼女に、また癒やされた。


今、アメリカは夜だろうか?

今、彼女はどんな風に過ごしているのだろうか。


……今じゃ俺を置いてけぼりな妹も、こんな時期があったんだよなと浸りながら。



「いちにー、うたうたお!」

「えっ」


「もしもしかめよー♪」

「も、もしもし(音痴)」



足をパタパタしながら歌う彼女。

はは、もうちょっと二奈は静かだったかな。

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