月曜15時、タイムリープ




「わたしなんかより、キャプテンが居なきゃチームがまとまらないからね~」

「褒めてもなんも出ないよ桃~」

「顔にやついてます柏木キャプテン」



午後14時。

ポテトをつまみながら、チームメイトと話す時間は楽しい。


そのはずなのに、どこか背中に嫌な感じを感じていて。

何か。

嫌な事が起きるような。




「――!! せ、先輩ヤバい」


「え」

「なんかあった? 明――」



ハンバーガーショップ。

離れた場所、ここならきっと遭遇しない。

それこそ――本当に、尾行されていない限りは。



「あ、あ、来て、ます……」



しかしながら。

……最悪の予感というものは、たいがい当たってしまうものだ。

それも、一番的中してほしくない時に。



「おっ居た居た!! お前らどこ居たんだよ!」

「課題あり過ぎてヤバい試合だったぞー」



まるで予定調和の様に現れるそのOG。



「……え、なんで」

「さっきファミレスに……」



本当に――どこかで繋がっているかのように。



「あ、あー……」

「すいません、その反省会中で」


「ああ? その割には空気が緩いよな?」

「ったく、ウチ達の時はそんなヌルくなかったんだけどなぁ、柏木かしわぎ?」


「……すいません」



キャプテンが前に出て対応してくれる。

わたし達は、それを見守るのみ。


このまま逃げるなんて訳にはいかない。

そもそもキャプテン置いてなんて考えられない。


というか。

……このままじゃ。

このまま、いつもの説教コースで。15時なんて簡単に超えてしまう。



「今日は特別だ。二年の奴らはあたしらと来な。反省会だ」

「準備しろ」


「えっ」

「あの、私達もこの後色々予定がありまして……」


「ああ!?」

「ウチより大事な事があるって?」



……な、なに? 反省会って。

ふざけないでよ。

今日だけは。今日だけは、絶対に嫌だったのに。


どうして、邪魔するの。

せっかくいっちが誘ってくれたのに。



「――ご、ごめんなさいっ。本当に今日だけは駄目で」



……だから。

絶対に、それは悪手だと分かっていたけれど。


気付けば口から出てしまった。



「あ? お前あのセンターか? デカいだけの癖になんだよ」

「どうせ大した用事じゃねーだろ」


「いや、その……」


「……おい。なんかコイツ」



お気に入りの白のブラウス。

可愛い、淡い色のピンクのカーディガン。

それに合う綺麗な黒のロングスカート。


気持ち悪い、ジロジロと眺められる。

こんな人達に見られる為に選んだ服装じゃない。



「もしかして――男?」

「ち、違います……」


「……ちっ! その反応、完全にソレだろうが!」

「来なよ、すぐ終わらせてやるから」



完全に、標的を定められた目。

チーム全員ではなく、わたしだけを見るそれ。



「いや、本当に用事が……」


「良いから来いよ」

「元センターとして教えてやるから」


「ほ、本当にすぐなんですか」


「ハハハ、ああ!」

「そうそうすぐすぐ! じゃあ借りてくぞ柏木!」



……結局のところ、わたしはもう彼女達からは逃げられない。

なら今だけはその誘いに乗って、すぐ抜け出す――これが一番確率が高い。


それなら、チームメイト達もそのまま帰れる。

わたしも……頑張って抜けて、いっちとの集合時間に間に合わせる。


……わかってる。

それが、どれだけ難しいなんてこと。



「ちょ、ちょっと桃」

「大丈夫……だから」



キャプテンの手を払って、そのOG二人に付いていく。


そして。

その時――“彼”が、わたし達の前に居た。

気付かなかった。本当に、スッと。


いっちが、目の前に。



「あ?」

「え、何あんた」


「……あ、ど、どうも……」


「い、いっち!?」



ニット帽を被ったままの彼が、そこに立ち塞がっている。

……わたしでも気付かなかった。いつからココに。



「あ? 知り合い?」

「……おい。もしかしてコイツが――」


「――ち、違います!」



ごめんなさい。

今、いっちとわたしの関係がバレたら――それこそ終わりなのだ。

ただでさえ長くなるであろう説教は激化。


それだけならまだ良い。

きっとこのOG達は、邪魔するであろう彼の事を絶対に気に入らない。

もしかしたら……いっちにすら矢先が行くかもしれない。


だから。

こんな二人に、いっちへと目を付けられる訳にはいかない。

迷惑かけたくない。



「え……あ」



彼の反応。

目線で訴える。

なんとなく、伝わった気がした。



「キモッ。なんだよお前」

「邪魔」


「っ……」


「おい、来いよセンター」

「不審者かよコイツ……どけ」



そんな言葉に、言い返したいけど返せない。

そのまま――引っ張られるように店の外へ。



「……ごめんね、いっち」



その声は、きっと彼には届かない。












「桃先輩が……」

「だ、大丈夫なんでしょうか」

「……後で連絡してみる。桃だから大丈夫だと思うけど――」



ハンバーガーショップ。

彼女が居なくなったその場所。

初音さんのチームメイトが、焦った様子で話し合っている。



「っていうか、あの人は?」

「誰なんでしょうか」

「……もしかして、桃の……」



そんな声。

逃げるように机のゴミを捨て――店内から飛び出す。


「…………」


項垂れる。

ハンバーガーショップ。

14時、何も出来なかった。


無力感が俺を襲う。

彼女の声が降りかかる。



《――「ち、違います!」――》



あの言葉の意味は、嫌でも分かるよ。

巻き込みたくないんだ。俺の事を。


そして――その目から、どうにかするという熱意を感じた。


……だから。

信じても、良いんじゃないんだろうか。

弱気な自分がそう叫ぶ。



「……」



ま、それでも。

尾行するぐらいは許されるだろう。


趣味は隠密だ、遠く向こうに目をやって。

歩く三人の行方を追いながら――そこへ辿り着く。

『カラオケ』だった。



「……入ったか」



入口。

彼女達が入っていったそこで、俺はまた立ち尽くす。


……何も出来やしない。

これ以上追えば、流石にバレる。

尾行したところでどうしようもない。



「待とう……」



分かっている。

無駄に今、初音さんに接触したら被害を受けるのは彼女だ。


分かっている――分かっているけれど。





14:58、14:59。


手元の携帯を覗いて、やがてそれは訪れる。


――15:00。



「……居ないよな」



駅、周囲を見渡す。

言っちゃあれだが、俺が初音さんを見逃すわけはない――


――プルルルル!



「!?」



思わず手に取る。

その着信。



「……もしもし」

「あ。いっち?」

「どうも、東町ですけど」

「あの……本当にごめんね。ちょっとOGの人達と遊ぶことになっちゃって」


「うん」

「今日は、ごめん。いつ終わるか分からなくて……だからその、来週。来週遊びに行こう?」

「初音さんが、それで良いのなら」

「わたしは良いよ。来週も休みがあるんだし……また話そう、ね」

「分かった」

「じゃ、ごめんね! せっかく誘ってくれたのに」

「良いよ」



――プツン、と。

そのスマホには、通話終了のメッセージ。



《――「初音さんが、それでいいのなら」――》



そんな言葉。

どこまでも弱気な自分の声。



「はは、雨まで……帰るか」



そして頬に水滴が当たる。

上を向けば曇天。そこからポツポツと降ってきていた。


……ああ。

約束相手からも、そう言われた訳だし。

その泣きそうな震えた声も。

通話口。彼女がきっと曇った表情をしていたとしても。


……だと、しても。

今日は――これで終わり。そうだろ?



「…………」



雨が降る中、折り畳み傘を指して歩く。


《――「染めた髪は普通の髪よりも大切に扱ってくださいね!」――》


金曜日。


そう美容師さんから言われたから、いつ外出中に降っても良い様にソレは持っていた。

周りがアタフタする中、俺だけ余裕でその雨風に向かっていく。


しかし頭の中は余裕が無い。



「初音さんは、傘持ってるのかな」


「……まあ、通り雨か」


「きっと夜になるだろうし――」



雨中、誰にも聞こえない小さい声で呟く。

気付けば駅前で立ち止まっていた。


俺は何をやっているんだろう。

そのまま、電車に乗って家に帰るだけなのに。



「……」



過ぎ去っていく時間を駅前の時計が教えてくれる。


現実は、愚かなものだ。

何もしなければ何も起こらない。

都合良く、誰かが手を指し伸ばしてくれる事なんてない。


俺が帰れば、きっとそのまま世界は進む。

何も変わらない。

火曜がやって来て、水木金土日……。


繰り返し。

繰り返し。

繰り返し。


今までずっとそうだった。

そして。



《――「もうちょっと頑張ってればよかったな」――》



非情にも時間は戻らない。

この三連休を、やり直そうったって戻らない。

当然のこと。


……その後悔を。

……この心残りを。


俺はきっと、ずっと覚えている事だろう。



――『記憶は無いが、今貴方は人生をやり直す為に未来からやってきた。さあどうする?』――



「――っ、くそっ……」




ああ、分かってるよそんなの。

この思いをずっと引きっていくのなら。


五月下旬月曜日、駅前15時。

その時を、永遠と悔いに残すなら。


もし、そんな“今”をやり直す為に自分が戻って来たならば。

そんなの、さ。




「決まってるだろ……!」




“俺が、彼女を奪い返す”。

脳裏に浮かぶその問いに。思い出して答えを出す。


たった一日の休日でも。

俺が、初めて友達を誘ったこの日を。


その後悔で――染めたくはない。

強く思って。

もう一度、ポケットから携帯を手に取った。











▲作者あとがき

今日はもう一話投稿します。


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