月曜15時、タイムリープ
☆
「わたしなんかより、キャプテンが居なきゃチームが
「褒めてもなんも出ないよ桃~」
「顔にやついてます柏木キャプテン」
午後14時。
ポテトをつまみながら、チームメイトと話す時間は楽しい。
そのはずなのに、どこか背中に嫌な感じを感じていて。
何か。
嫌な事が起きるような。
「――!! せ、先輩ヤバい」
「え」
「なんかあった? 明――」
ハンバーガーショップ。
離れた場所、ここならきっと遭遇しない。
それこそ――本当に、尾行されていない限りは。
「あ、あ、来て、ます……」
しかしながら。
……最悪の予感というものは、たいがい当たってしまうものだ。
それも、一番的中してほしくない時に。
「おっ居た居た!! お前らどこ居たんだよ!」
「課題あり過ぎてヤバい試合だったぞー」
まるで予定調和の様に現れるそのOG。
「……え、なんで」
「さっきファミレスに……」
本当に――どこかで繋がっているかのように。
「あ、あー……」
「すいません、その反省会中で」
「ああ? その割には空気が緩いよな?」
「ったく、ウチ達の時はそんなヌルくなかったんだけどなぁ、
「……すいません」
キャプテンが前に出て対応してくれる。
わたし達は、それを見守るのみ。
このまま逃げるなんて訳にはいかない。
そもそもキャプテン置いてなんて考えられない。
というか。
……このままじゃ。
このまま、いつもの説教コースで。15時なんて簡単に超えてしまう。
「今日は特別だ。二年の奴らはあたしらと来な。反省会だ」
「準備しろ」
「えっ」
「あの、私達もこの後色々予定がありまして……」
「ああ!?」
「ウチより大事な事があるって?」
……な、なに? 反省会って。
ふざけないでよ。
今日だけは。今日だけは、絶対に嫌だったのに。
どうして、邪魔するの。
せっかくいっちが誘ってくれたのに。
「――ご、ごめんなさいっ。本当に今日だけは駄目で」
……だから。
絶対に、それは悪手だと分かっていたけれど。
気付けば口から出てしまった。
「あ? お前あのセンターか? デカいだけの癖になんだよ」
「どうせ大した用事じゃねーだろ」
「いや、その……」
「……おい。なんかコイツ」
お気に入りの白のブラウス。
可愛い、淡い色のピンクのカーディガン。
それに合う綺麗な黒のロングスカート。
気持ち悪い、ジロジロと眺められる。
こんな人達に見られる為に選んだ服装じゃない。
「もしかして――男?」
「ち、違います……」
「……ちっ! その反応、完全にソレだろうが!」
「来なよ、すぐ終わらせてやるから」
完全に、標的を定められた目。
チーム全員ではなく、わたしだけを見るそれ。
「いや、本当に用事が……」
「良いから来いよ」
「元センターとして教えてやるから」
「ほ、本当にすぐなんですか」
「ハハハ、ああ!」
「そうそうすぐすぐ! じゃあ借りてくぞ柏木!」
……結局のところ、わたしはもう彼女達からは逃げられない。
なら今だけはその誘いに乗って、すぐ抜け出す――これが一番確率が高い。
それなら、チームメイト達もそのまま帰れる。
わたしも……頑張って抜けて、いっちとの集合時間に間に合わせる。
……わかってる。
それが、どれだけ難しいなんてこと。
「ちょ、ちょっと桃」
「大丈夫……だから」
キャプテンの手を払って、そのOG二人に付いていく。
そして。
その時――“彼”が、わたし達の前に居た。
気付かなかった。本当に、スッと。
いっちが、目の前に。
「あ?」
「え、何あんた」
「……あ、ど、どうも……」
「い、いっち!?」
ニット帽を被ったままの彼が、そこに立ち塞がっている。
……わたしでも気付かなかった。いつからココに。
「あ? 知り合い?」
「……おい。もしかしてコイツが――」
「――ち、違います!」
ごめんなさい。
今、いっちとわたしの関係がバレたら――それこそ終わりなのだ。
ただでさえ長くなるであろう説教は激化。
それだけならまだ良い。
きっとこのOG達は、邪魔するであろう彼の事を絶対に気に入らない。
もしかしたら……いっちにすら矢先が行くかもしれない。
だから。
こんな二人に、いっちへと目を付けられる訳にはいかない。
迷惑かけたくない。
「え……あ」
彼の反応。
目線で訴える。
なんとなく、伝わった気がした。
「キモッ。なんだよお前」
「邪魔」
「っ……」
「おい、来いよセンター」
「不審者かよコイツ……どけ」
そんな言葉に、言い返したいけど返せない。
そのまま――引っ張られるように店の外へ。
「……ごめんね、いっち」
その声は、きっと彼には届かない。
☆
☆
「桃先輩が……」
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「……後で連絡してみる。桃だから大丈夫だと思うけど――」
ハンバーガーショップ。
彼女が居なくなったその場所。
初音さんのチームメイトが、焦った様子で話し合っている。
「っていうか、あの人は?」
「誰なんでしょうか」
「……もしかして、桃の……」
そんな声。
逃げるように机のゴミを捨て――店内から飛び出す。
「…………」
項垂れる。
ハンバーガーショップ。
14時、何も出来なかった。
無力感が俺を襲う。
彼女の声が降りかかる。
《――「ち、違います!」――》
あの言葉の意味は、嫌でも分かるよ。
巻き込みたくないんだ。俺の事を。
そして――その目から、どうにかするという熱意を感じた。
……だから。
信じても、良いんじゃないんだろうか。
弱気な自分がそう叫ぶ。
「……」
ま、それでも。
尾行するぐらいは許されるだろう。
趣味は隠密だ、遠く向こうに目をやって。
歩く三人の行方を追いながら――そこへ辿り着く。
『カラオケ』だった。
「……入ったか」
入口。
彼女達が入っていったそこで、俺はまた立ち尽くす。
……何も出来やしない。
これ以上追えば、流石にバレる。
尾行したところでどうしようもない。
「待とう……」
分かっている。
無駄に今、初音さんに接触したら被害を受けるのは彼女だ。
分かっている――分かっているけれど。
☆
14:58、14:59。
手元の携帯を覗いて、やがてそれは訪れる。
――15:00。
「……居ないよな」
駅、周囲を見渡す。
言っちゃあれだが、俺が初音さんを見逃すわけはない――
――プルルルル!
「!?」
思わず手に取る。
その着信。
「……もしもし」
「あ。いっち?」
「どうも、東町ですけど」
「あの……本当にごめんね。ちょっとOGの人達と遊ぶことになっちゃって」
「うん」
「今日は、ごめん。いつ終わるか分からなくて……だからその、来週。来週遊びに行こう?」
「初音さんが、それで良いのなら」
「わたしは良いよ。来週も休みがあるんだし……また話そう、ね」
「分かった」
「じゃ、ごめんね! せっかく誘ってくれたのに」
「良いよ」
――プツン、と。
そのスマホには、通話終了のメッセージ。
《――「初音さんが、それでいいのなら」――》
そんな言葉。
どこまでも弱気な自分の声。
「はは、雨まで……帰るか」
そして頬に水滴が当たる。
上を向けば曇天。そこからポツポツと降ってきていた。
……ああ。
約束相手からも、そう言われた訳だし。
その泣きそうな震えた声も。
通話口。彼女がきっと曇った表情をしていたとしても。
……だと、しても。
今日は――これで終わり。そうだろ?
「…………」
雨が降る中、折り畳み傘を指して歩く。
《――「染めた髪は普通の髪よりも大切に扱ってくださいね!」――》
金曜日。
そう美容師さんから言われたから、いつ外出中に降っても良い様にソレは持っていた。
周りがアタフタする中、俺だけ余裕でその雨風に向かっていく。
しかし頭の中は余裕が無い。
「初音さんは、傘持ってるのかな」
「……まあ、通り雨か」
「きっと夜になるだろうし――」
雨中、誰にも聞こえない小さい声で呟く。
気付けば駅前で立ち止まっていた。
俺は何をやっているんだろう。
そのまま、電車に乗って家に帰るだけなのに。
「……」
過ぎ去っていく時間を駅前の時計が教えてくれる。
現実は、愚かなものだ。
何もしなければ何も起こらない。
都合良く、誰かが手を指し伸ばしてくれる事なんてない。
俺が帰れば、きっとそのまま世界は進む。
何も変わらない。
火曜がやって来て、水木金土日……。
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し。
今までずっとそうだった。
そして。
《――「もうちょっと頑張ってればよかったな」――》
非情にも時間は戻らない。
この三連休を、やり直そうったって戻らない。
当然のこと。
……その後悔を。
……この心残りを。
俺はきっと、ずっと覚えている事だろう。
――『記憶は無いが、今貴方は人生をやり直す為に未来からやってきた。さあどうする?』――
「――っ、くそっ……」
ああ、分かってるよそんなの。
この思いをずっと引き
五月下旬月曜日、駅前15時。
その時を、永遠と悔いに残すなら。
もし、そんな“今”をやり直す為に自分が戻って来たならば。
そんなの、さ。
「決まってるだろ……!」
“俺が、彼女を奪い返す”。
脳裏に浮かぶその問いに。思い出して答えを出す。
たった一日の休日でも。
俺が、初めて友達を誘ったこの日を。
その後悔で――染めたくはない。
強く思って。
もう一度、ポケットから携帯を手に取った。
▲作者あとがき
今日はもう一話投稿します。
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