耳壊れた?




月明かりに照らされて、三人で歩く。


「でも、えらく遅いんだね今日は」

「……ふふっ、それがね――」


「――きょうはおさかな!」



その時、俺の頭脳に電撃が走る。


スーパーの袋、夜20時。

ココからは徒歩10分ぐらい、計算すると19時半頃にそれを買ったことになる――


つまり。



「……確かに、刺身が半額の時間帯だったね(名推理)」


「ええ。そうなの」

「あやののテストしゅーりょーいわい!」


「ははは、かのんちゃんも頑張ってたよ」

「えへへー」



ああ、本当に癒される。

きっとかのんちゃんはものすんごい美人に育つんだろう。


でも――今は子供だ。ひたすらに可愛い(不審者)。



「……それは、一人で食べるの?」


「え、ああ……」



そうか。もう家に誰もいないの知ってるもんな。

その質問は当然かもしれない。



「いちにーはひとりなの……?」

「え」



と思ったら視線の下からも声がかかる。

今“いちにー”って言ったよな。にじいろのおにいちゃんからグレードアップした(感涙)。



「……いっしょにたべよ!」



そして。

そんな笑顔で言われたら、断れるはずもない。


「ええ。それが良いと思うわ」


……そして。

彼女も、なぜか乗り気だった。


こんなの断ったら地獄行きです。






訪問したのは二回目の如月家。

そして今、俺の持ち寄った寿司(?)を見せている。


テーブルに広げるのは――18貫のシャリ。

すげぇ。輝いてるよこの米達……!


あとサラダ2つ。何もかも中途半端。せめて3つだろ(あてのない怒り)。



「……?」

「……?」


「……理由は聞かないで」



さすが姉妹。反応が同じだ。口を大きく開けて固まっている。

唖然とした顔も、コレだけ顔が整っていると凄い。絵画みたい。

タイトルは――『米の衝撃』。多分5億で売れる。



「おさしみのせて! おすしにしよ!」

「あ、いいわね」


「やはり天才か……(恐)」



多分IQ3兆ぐらいある。

これからはかのんさんと呼ばせていただきます……。


「お味噌汁温めるから、ちょっとだけ待っててくれるかしら」

「はい(裏声)」


「ふふっ。おかまいなく」

「あそぼ! あそぼ!」


急に現れた如月さんの手料理にキョドる。

というかさっきから、彼女が凄い優しい。


そしてかのん先輩(5)がそう言うので、俺は上着を脱いだ。

彼女はおもちゃ箱からいつものステッキ(紙製)を取り出す……と思いきや。



「!?」



そこにあるのはキラキラと輝くプラスチックのステッキ。

おいおい本物じゃねーか! 買ってもらったのかな。



……俺はナイフ二刀流(折り紙製)。



「けんをかまえろー!」


「さぁ、復讐の時だ……(激キモ陰キャ怪人二号)」




確実に武器のスペックが違い過ぎるが気にしてはいけない!





「……(消滅)」



ナイフは折れた。

ステッキは本物だけあって、ピカピカと輝き美しい。


こんなん紙で勝てるわけねーだろ(そもそも勝つ気はない)。



「ぁ…………(死)」


「きゃっきゃっ」



ご満悦のかのん様(5)。

仕方ない。もっと“楽しませる”か……!



「オオオ……(仲間の復讐心により死を超越)」


「きゃっきゃっ!」


「ぐっ……オレは死なんぞ……」


「たー!」


いたっ……○×フラッシュ(その杖に内蔵されてる必殺技)じゃないと俺は死なんぞ(説明)……」


「たー!!」


「ううっ……○×フラッシュじゃないと俺は死なん(必死)……」


「あ!」


ハッとするかのんちゃん。

さあ来い! そしてもう物理攻撃は止めてくれ(切実)。



「○×ふらーっしゅ!!(杖が光る)」

「ッ、ぐああああああ――――」


「……み、味噌汁温まったわよ」


「ごはん!!」

「あああ……(消滅不全)」



寸劇中に現れる如月さん。

恥ずかしさで消えてしまいそう。


まあ今更か(諦め)。




「おいしかったー!! てれび!」


走り去るかのんちゃん。

食卓には俺と如月さんだけ。


アレから。

買ってきて貰った刺し身を、シャリの上に乗せて食べ尽くした。


美味しかった。

でも、一番美味しかったのは――



「……マジでうっま(衝撃)」


「もう。褒め過ぎよ」



彼女が作ったであろう味噌汁。

多分赤出汁だろう、お寿司によく合っていた。


それ以上に――なんというか、温かったのだ。

……その、アレだ。

お袋の味的な。


「……」

「そ、そんなにかしら」


「うん(大真面目)」


というか。

きっと俺はそれに飢えてたんだろう。

温かい、その味に。


「如月さんは、親は仕事で遅いんだね」

「ええ。だからずっとご飯は私が作ってるの」


なるほど、だからだろうな。

俺とは違って苦労してきたんだろう。



「如月さんは凄いね」

「料理好きなの。かのんの世話も好きでやってるのよ」


「そうなんだ」

「ええ。それに親の休みもあるし、貴方みたいに……その、ずっとじゃないから」


「はは、でも俺は一人だから」

「……そっちの方が私は大変だと思うわよ」

「そうかな」

「ええ。私なら耐えられない」



……世話好きならそうかもしれない。

俺は特にそうじゃないからな。


一人が好きな自分なら――いや、それは違う。だったらあの一人の帰り道、寂しくなんてなってない。


家庭の味に近いコレを飲んで、軽く感動したのも。

今、暖かい空間の居心地が愛しいのも。

全部、コレまでの悲しい一人の時間があるからだ。


ああ。


本当に贅沢な人間になってしまった。



「まぁ……確かに。ちょっと辛く感じるかも」

「!」



思わず呟く。

素直な声。

こんな暖かい空間だったからこそ、それはスッと現れた――



「――貴方なら」

「え?」



遠くの部屋、テレビから聞こえるアニメキャラの声。

湯気が立ち上る手元の味噌汁。

ちゃぶ台。足に伝わる畳の感触。


そんな如月さんの家で。


彼女が、俺の目を真っすぐ見て言う。



「辛くなったら、来ていいわよ」

「……今なんて?」



耳壊れた?

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