エピローグ:前髪、夕焼けと彼女


テスト後、結果発表後の授業は阿鼻叫喚だ。


それはもちろん答案が帰ってくるから。

その中――満面の笑み(心の中)で結果を待っていた。



「……一位かぁ……」



放課後。

もう何回目か分からない呟き。

夕方、帰宅途中にもそんな声は漏れる。



《――「良かったな」――》



夢咲さんは、柊さんが席に戻ってからそう言ってくれた。

やっぱり彼女はすごく良い人だ。

誰だよ怖いとか言ったの(←)。




詩織『おめでとうございます』

詩織『東町君はすごかったんですね』


東町一『いやいやそんな』



椛さんからはそんなメッセージ。

嬉しくて消滅するかと思った。


俺、消えるのか……?


ほんと全部夢だったとか止めてくれよ。

ファンタジーモノで、夢落ちでしたみたいなのが俺は一番嫌いだ(個人的な感想)。



「……」



でも。

未だに一番祝って欲しかった彼女初音さんからは、何も言葉を受け取っていない。


正直ちょっと照れ臭かった。

自分から一位取ったぜYEAR(誰)とか言うのはアレだし。

まあ大丈夫だろう。如月さんから言ってくれてるはず――



――ピリリリリ!



「え」



と思ったら、鳴る着信音。

表示名は『初音桃』。


応答を押す――



「急にごめんね」

「だ、大丈夫」

「今日。いつもの場所と時間で会える?」



通話口、応答を押せば……その言葉。


「分かった」

「ありがと。じゃ、またね」





時計を見れば、19:00。

思えば人生で一番見ている時刻ってコレかも。

待ち合わせの十分前――この時間が。


まあまだ数回だけどさ。

それぐらい、記憶に残ってる。



もも『もうすぐ着くね』

東町一『りょうかいです』




ベンチから夕焼けを眺める。

日はどんどんと落ちなくなっている。


なんとなく、それが綺麗で写真を撮った。

スマホのフォトアプリで眺めてみる。


「……」


やっぱり自分の目で見る方が綺麗だな。

だって――この虹色が、ね?(ナルシスト並感)。


時間の経過と共に……ほんのちょっとづつ。

東町一という自分自身を、好きになれている気がする。

なんて。一位取ったからって調子に乗り過ぎだね。


思えばこの髪も長くなった。

更に言えば、ヘアアイロン(最近衝動買いした)にてストレート風味にしたせいで視界が髪でヤバい。流石に椛さんほど長くはないけど。


うん、急にオシャレしたくなったんだ。

こう……前髪だけ。本当だ。

我ながら気に入っている。実に陰キャっぽい(陰キャ検定一級獲得者)。



「……いっち」

「あ」



控えめな声。

もはや慣れたそのあだ名。


ベンチの横、立っている彼女に慌てて俺も立つ――



「――人全然居ないし、ここで話そ?」

「え」



そう言う初音さん。

同時に俺の横に座る。


二人用とあって余裕で座れるんだけど……距離が近い!



「いっちはすごいよね。一位だった」

「……あ、ありがとう(照れ)」



そんな風に、近くで言われると視線しか逃げられない。


顔が熱いよ。

いまの気温40℃ぐらいあるでしょ(異常気象)。



「凄く頑張ってたもんね」

「……はは、いやぁ余裕だったよ」


「うそつき」

「ま、まあちょっとだけ頑張ったかな……」


「ちょっとじゃないでしょ」

「……まあちょっとのちょっと上ぐらいで(言語能力崩壊中)」

「……ふーん?」



ああ、嘘が下手くそなんだよ俺は。

ただ如月さんは信じてくれたっぽいし……えっもしかして、バレてた?



「中間テストだよ、しかも一学期。みんな本気出してなかったんじゃないかな」

「……」

「え、えっとですね……ただの自己満足だから」


「……てっきり、わたし達のせいで頑張ったんだと思ってた」

「ははは(高度な会話術:笑って誤魔化す)」



『よく思われたい』。

『頼りにされたい』。

『また誘って欲しい』。


みにくい俺の願望の為、俺は二人に嘘を付いた。


だって、素直に言えば完全に“重い男”だからね。

あくまで余裕スタンスで行かないと。


……本当に。あの勉強会は貴重で、大事なモノなんだ。

それこそ、己の成績なんて下がっても良いと思ってしまう程に。


初めての友達。

初めてのイベント。

心躍って、準備ですら楽しかった。



「……ね、いっち」

「?」

「ありがと」

「! どういたしまして……二人の点数が上がってたら何よりです」


「そっちじゃない」

「え――」



瞬間、暖かいそれ。

思わず初音さんに視線を戻す。

いつの間にか、彼女の手が俺のひたいに触れていた。



「や、やめ……」



力無い声が漏れる。


長くした前髪が目に掛かって、“それ”を隠していたはずなのに。

視界が開け、全てを見られて――



「――酷い“クマ”。ずっと心配だったんだね」


「……ぁ」


「もし五位から落ちたらって考えてたんだよね。ずっと元気なさそうだったもんね。今日まで寝れなかったんだよね」


「ち、違――」


「――違わない」



目が合いながら、初音さんがそう言う。

逃げるなんて出来ない。

己の顔を直視されている。


恥ずかしい。

恥ずかしい。

恥ずかしい。



「全部バレてるよ、いっち」

「……っ」

「目、らしてもわかるよ」

「……はい」


ああ。

もう――嘘なんてつけない。



「辛かったよね。ごめんね」

「……だから大袈裟だって、ただの中間テスト――」


「――いっち」

「っ」

「吐き出して良いから。わたしに」

「……!」

「“友達”なんだから――聞かせてよ、全部」

「俺は、何も」

「いっち。聞かせて。我慢しないで?」



その言葉、真っすぐな目。

もう――制御出来ない。



「わたしなら……大丈夫だから」



ため込んで、ため込んで。

奥底に眠らせていたソレは――――今、決壊した。




「……怖かったよ。いくら調子が良くても、間違いはあるんじゃないかって」

「凡ミスも。計算間違いも。応用問題も。全部、不安で仕方なかった」

「不安で押し潰されそうで。もし、五位から落ちたらって――」



「……うん」



「あれだけ大口叩いて、落ちたらって」

「あれだけ楽しかった勉強会が、もう出来なくなると思って」

「二人に会わせる顔がなくて――――」



溢れてくる言葉。

今の俺の表情は、酷く怯えた事だろう。


分かってるよ。でも止められないんだ。

仕方ないだろ。

だから、そろそろ目を離してくれよ。



「ほんと不器用だよね。いっちは」


「……ごめん」


「あはは、そんな顔しないで。謝らないといけないのはこっちなのに」



……ああ、駄目だ。


こんな至近距離で。


これ以上、そんな優しい声をかけないでくれ。




「――ね、いっち。全部知ってるよ」


「わたし達のために、あの日の準備をしてくれたこと」


「わたし達のために、いつもよりテストに必死になってたこと」


「わたし達のために、一人で背負い込んでくれたこと」


「全部、全部。だからね――――」




やめてくれ。


お願いだから。


もう、抑えきれない――





「いっぱい頑張ってくれて、ありがとう」





――夕方。

駅のベンチ。見える彼女と綺麗な夕焼け。

そんな美しい風景は――


今。


全てゆがんで、見えなくなってしまった。


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