第3話 恋の加速
「あぁー可愛い」
エリックは両手で顔を抱え、通信石を前に大声をあげる。
既に通信は切れているが、もう一度繋ぎたいくらいだ。
「エリック様、落ち着いてください。もう夜中なので」
後ろに控えていたニコラが、通信が終わったのを確認し近づいてくる。
「可愛さに寝れるわけがない…くそ、父を恨むぞ」
婚約者などいらないと常々言っていたエリック。
だが未婚なのをチャンスとばかりに、沢山のお見合い話や釣書が国王の元へと送られてきた。
特定の相手を作らないエリックを求め、他国の高位貴族からも打診が来た。
あまりにも多い求婚の話に、気持ちが参ってしまっていたのだろう。
辟易し、若干冷静さを失っていた国王は、到頭無理矢理に婚約者を押し付けてきたのだ。
好きな人が出来たら困ると再三言ってたのに、自分が断るのが面倒だからという理由だけでつけられ、エリックは怒り心頭だった。
好きな人が出来たら婚約解消していいと国王は言っていたのに、現婚約者のカレンはそれを拒否していると聞く。
ずっと大人しそうにしていたのだが、形だけでも婚約を結ぶ事が出来、エリックを他の令嬢に渡したくなくなったのだろう。
今ではエリックに近づく令嬢に裏で牽制してるそうだ。
「僕、通信石では声だけと伝えたのですが」
「教室ですら拝めないのだから仕方あるまい、もしも俺がレナンを見ているのがカレンにバレたらひどい目にあってしまうだろ」
そのためエリックは自分だけ映像を繋いでいた。
映っているとは知らず、ごく自然な仕草と表情だった。
素晴らしい笑顔も、可愛らしい夜着も全て見えてしまっていた。
「レナン様があられもない姿だったら、どうするおつもりだったのですか」
「その時はニコラを追い出すだけだ。品行方正なレナンが声だけとは言え、俺の前でだらしない格好をするわけがない」
清楚で純情で、家族思いのレナン。
「しかしレナン様は嫡子でしょう?どうされるつもりですか。エリック様は王位継承者ですよ。それを放棄してスフォリア領にいきます?」
「いや、それはレナンも望まないしティタンに王家を受け継がせるのは酷だ。リオンはまだ小さいし、無理だ」
エリックには二つ年下の弟と七つ下の弟がいる。
第二王子のティタンは剣の腕はあるものの、駆け引きや政治は不得意だ。
第三王子は市政などに興味もあり、勉学も他の者より優れている。
将来の補佐として
の教育も始まっている。
「ティタンをあちらの妹君にと献上しようかと思ってる」
犬猫でもあげるかのようにさらりと言った。
「あちらの妹君も領地の勉強をしており、あとは支える婿がいればいいだろう。ティタンなら体は強いし、実直で裏切らない。政治には向かないとは言えまったく領主に向かないわけではない。明るく物怖じしない性格だから何とか出来るだろう。それにこの前の社交界デビューで二人はいい感じであった、意識はしているだろう」
か弱い妹君、ミューズが途中で体調を崩した時に、医務室までティタンが運んであげた。
ティタンは同世代の者に比べ、背も高く、騎士を目指して身体を鍛えているため体格もいい。
他の令息に比べ、やや容姿は劣るため敬遠されていたのだが、ミューズは怖がることもなく「ありがとうございます」と微笑んでいた。
自分の力が役に立ったことと、自分を受け入れられた事で、単純な弟は儚げな少女に恋をしてしまった。
まだ恋文の類だが、ミューズの体調をみて婚約の打診をするそうだ。
ミューズの体が元気になるよう薬学とかにも興味を持ち始めたようだ。
「さて、父上。お話が」
「痛い痛い!」
無遠慮に国王のほっぺを引っ張り報告書を叩きつける。
「エリック痛い、でこれは何だ?」
私室にての会話のため、妙に砕けていた。
頬を擦りつつ、報告書に目をやる。
「俺の婚約者の調書です。なので現婚約者とは解消してください。昔約束しましたよね」
冷たい声と冷たい目、あらまぁと隣の王妃、アナスタシアはびっくりしていた。
「やはり自分で見つけたのね、だから婚約なんてしなくていいと言ったのに。どのような方?」
アナスタシアからも冷たい目で非難され、国王であるアルフレッドはしおしおとしている。
「あら、あなたもスフォリア家の令嬢なのね。兄弟で同じ家の姉妹を好きになるなんて、仲が良いこと」
「スフォリア家の女性は奥ゆかしく、好感がもてます。カレン嬢のようにやたらお金を使い、華美に飾りたてることもなく、日々勉学に励み、領地の発展に姉妹で邁進しております。王太子の婚約者なのに王妃教育を受けないような者とは大違いだ」
暗にカレンは向いていないと進言しているのだ。
「しかし宰相家から二人かぁ。癒着と取られても仕方ないぞ」
「その疑いをはねのけるほど優秀な人材です。それに俺が好いてる人じゃないと世継ぎも出来ませんよね。叶わなければ俺は王族を去り、一人の男として彼女のもとに行きます」
「待て待て、早まるな」
次々と言われるエリックの言葉に王は頭を抱えた。
「カレン嬢は大臣の娘だ。彼女だってお前に相応しいと思ったのだが…」
「無理です。生理的に無理。政治の話も他国の話も、なんなら自国の話にも疎いです。俺に近づく令嬢を虐げるような人で慈しむ心もない、自分を飾り立てるだけのために、国庫から出ている支度金を毎回オーバーするくらい使う女性を、俺が欲しがると思いますか?見目麗しいだけではなく、対等な話ができる人がいいのです」
エリックの隣に立ち、国母として慈悲深い女性がいい。
「母上のような素晴らしい女性にレナン嬢ならなれます。父上は金遣いの荒いカレン嬢が、母上のような尊敬される国母になれるとお思いですか?」
「まぁ素晴らしいなんて、嬉しいわ」
息子の言葉に、アナスタシアは上機嫌になる。
「うむむ…しかし、レナン嬢は嫡子であろう。そのため婚約者候補から外したはず」
「幸いティタンが妹君のミューズ嬢に恋をしています。そのままあちらへ婿養子として入れば、あちらも後継ぎには困らないはず。ティタンは容姿に自信がないため受け入れてくれたミューズ嬢のためなら何でもするでしょう。こちらの交渉はお願いしますが」
スフォリア家公爵のディエスは娘を溺愛していると有名だ。
だが王族という身分的には最高位の男性からの求婚は、一考してくれるはず。
「カレン嬢との穏便な婚約解消、もしくは破棄についてはもう少し纏めます。なのでその間は他の令息からレナン嬢への婚約が来たとしても、受理しないでくださいね」
婚約などは国王からの承諾が必要になるため、釘を刺しておいた。
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