第2話 恋の一歩

「無事に渡してくれたな、ご苦労」

にっこりと微笑むエリックに、ニコラはビクビクしながら意見する。


「大変でしたよ。未婚の女性に婚約者がいる男性から贈り物するって、普通はあり得ないですからね。しかも王太子殿からなんて…かなり警戒されてましたよ」


怖かっただろうと用意に想像つく。

お可哀想にと呟き、言葉を続けた。


「虫除けのためのエスコートも恋愛感情がないことも伝えました。満足して頂けましたか?」

エリックは満足げだ。


全てニコラの通信石で聞いていたが、分を弁え騒ぐこともなく冷静に対応していたレナンは、やはり好感がもてる。


社交界デビューから気にはなっていたが、聡明で芯のある女性だ。


王族からの声かけに熱もあげず、普通に近づけばむしろ遠慮し距離を置いてしまう令嬢である。


王族の一時の気まぐれにはけして付き合わないだろう。

そのため学業のためと強調した。


「その後はどうなさいます?国王への謁見を行いますか?」

ニコラの進言に首を横に振った。


「レナンが俺に相応しいという、しっかりとした報告書を作成してからにする。

しばらくは彼女と話をして、本当に王妃になれるか判断が必要だ。彼女は嫡子だしその件も含めてもう一度推敲しよう」


エリックは今の婚約者、カレンと一緒になる気はない。


「今の婚約者殿も何とか手を打たねばいけないしな。あぁニコラ、レナンに求婚する者も何とかしておいてくれ。俺がプロポーズするまでは余計な羽虫は仕留めておいてくれ」






「うぅ、緊張する」

通信石を前にレナンはどきどきだ。


もうすぐ約束したノーヴェの刻だ。

暗く静まり返った寝入りの時間。


見えないとは言え薄い夜着の上からショールを羽織り、髪も軽く整えておく。

光を確認し、そっとネックレスと通信石に魔力を流し込んだ。




「聞こえるかな?レナン嬢」

「こ、こんばんはエリック様、ご機嫌麗しゅう」

声だけというのも緊張する。

相手の顔が見えず、感情がわからない。


「そう緊張なさらずに。俺はただ話をしたいだけだが、教室では婚約者殿もいるし外聞が悪いのでこちらで失礼する。急な提案を受け入れてもらい感謝しているよ」

「大丈夫です、わたくしでよければ何なりとお聞きください」


他の人にも声をかけていると聞いたし、自分の話が国の力になれるのであれば役に立ちたい。


勉強熱心なエリックを応援したいと思っていた。




「そうだな…色々聞きたいが、今日は君の事を知りたい。まずは君の人となりを知り、その上で他国の話を聞きたいのだ。君がどこに注目し、なぜそう思ったか。

ほら留学も視野に入れているだろう?漠然としたものではなく、しっかりとした思いがあると思って」

レナンの事を試すという事だろうか。


まずは信頼関係を構築しないと、夢物語ではエリックも参考に出来ないだろう。


自分のような者の話を聞いてくれるのだ、まずは真摯に話をする必要がある。




「わたくしはスフォリア領の嫡子として勉強をしております。妹もいるのですが、なにぶん身体が弱く、領主になることは出来そうにありません。

勉学はよいのですが、体力がついていかず、妹がもしも嫁ぐ事が出来ずとも、気兼ねなく領地にいてもらえるようにと尽力しております」

そっと胸に手を置き、妹を思う。


「スフォリア領は王都から近いものの自然豊かなところです。気候も穏やかで、何かあれば王都へも行ける避暑地としても便利な場所です。

現在農業を主としていますが、近年不作の年が増えたこと、そして領民の増加から新たな事業の参入、作物の改良を目指しています」


「ふむ。その計画はレナン嬢のお父上も妹君も知っておられるのかな?」


「えぇ、皆に賛同して頂いております。妹も補佐として領地の勉強をしております。わたくしに万が一の事があってもいいようにと、計画書なども定期で送っております。卒業したら領地に戻り、さらなる発展を目指しています。そのため学生のうちに留学したいと思っていました」

僭越ではありますが、と苦笑する。


「留学先はどこを考えているのだ?」

「南のセラフィ厶をと希望しております。あそこは穏やかで自然豊かなところですからわたくしの領地と気候が似ています。あと北のナ・バークも。

寒い地域の為、寒さに強い作物を調べたいと思っていました。冷害対策に一役買えるかなと考えています。気候と土壌については現地で色々聞きたいと思ってました」


「農業は国の要だな。食料がないと貴族も平民も関係なく困る。大事な事だ」

レナンは嬉しそうに声を上げる。


「そうなのです!農業は大事な事ですが、それを貴族の方は理解されておらず、平民の仕事だと…毎日口にするものがどれだけ貴いものかも知らず。

そこをエリック様に汲んでいただけるなんて嬉しいです、ありがとうございます」


姿は見えないと言っていたが、頭を下げる。


ニコニコと満面の笑みを浮かべるレナンの声はとても嬉しそうだ。


「……」

「エリック様?」

声が途切れている。通信石の調子が悪いのか、それとも呆れさせてしまったのか?


「いや、本当に領地を大切にしているのだなぁと思って。留学の件は国王陛下にも進言しておくよ。長々とすまなかった、次は明後日の同じ時間にどうだろうか?」

「大丈夫です、空いています」

「ありがとう。もしもレナン嬢の都合のいい時間があればそちらから通信してもらって大丈夫だ。常に身につけているから、魔力を流せば俺に届く」

「わかりました、こちらこそありがとうございます」

「それでは良い夜を…」

「おやすみなさいませ、エリック様」

優雅に礼をし、光が消えた。


ほうっとため息をつき、赤くなった頬に触れる。


「声もかっこいいし、わたくしの話を笑わずに聞いてくれた…こんな人初めて」




これではしばらく寝付けなさそうだ。





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