第30話 シルヴィアさんの実力 前編
その日は特に晴れ渡った日だった。
荒れた大地だというのに砂煙もなく、地平線まで見えるほど澄み切っていた。
目を凝らすと辛うじて、その向こうに砂の山のようなものが見えた。
「あれがケーテン砂漠だ」
白銀の髪を靡かせ疾走する討伐隊の長がそう言った。
「あの山が、ですか?」
シルヴィアさんの隣で僕も追走する。
僕自身の足ではやはりシルヴィアさんには追いつかないから、足に纏わりつくようにライトに変形してもらっている。
ペース的には討伐隊が歩いて3日掛かるケーテン砂漠までその半分で行くスピード。
もちろん荷物に負担をかけないように背中にもライトのナノマテリアルが伸びている。
ちなみに車やバイクを使わないのは、エルガス周辺の道がボロボロだからだ。
機械獣が闊歩するせいで植物が育たず、水源が豊富なエルガスの環境も相まって、ところどころ地面が崩れているのだ。
確かに少し足を踏み締めると、底が抜けてしまう部分がある程、不安定だ。
ここを車で移動したら、車ごと落下しちゃうかもな。
「山か。確かに言い得て妙だな」
隣で感心したように目を見開くシルヴィアさん。
生身なのに健脚で、息ひとつ溢してないのはさすが討伐隊のエルガス支部長といった感じだ。
「あれは砂嵐だよ。災害級の機械獣が現れてから、ケーテン砂漠はずっと砂嵐の中だ」
つまりここから見えるほどの巨大な砂嵐がケーテン砂漠で発生しているのか。
あの中に山のように巨大でエルガスを潰そうとする亀がいると思うと、末恐ろしい。
しかも自分達がまさにそこを目指しているとは。
正直、考えるだけで震える。
「なんだ? 怖いのか?」
「ここここここ怖くなんて……! ぜ、全然……! そんなこと……ないですよ!」
僕は思いっきり首を振る。
その様子にシルヴィアさんは「フッ……」と笑みを溢すと、
「無理をするな。あんな巨大な化け物に向かおうと言うんだ。私だって怖い」
「シルヴィアさんが、ですか?」
「誰だって怖いさ。エルガスを潰さんとする巨大な足に、ぶつかればひとたまりもない頑強な甲羅。
更には凶悪な機械獣を飛ばす砲撃もある。
もしそこに向かって走っている我々を狙ってきたらひとたまりもない。
周りにいるという千を超える機械獣もそうだ。
そいつらに囲まれ、何もできずに喰われるところを想像すると身体が震えるよ」
まさかシルヴィアさんがそう思っていただなんて意外だった。
討伐隊でエルガストップに君臨する支部長だ。
指揮力もさながら実力もトップレベルと聞いていたから、災害級の機械獣でさえ恐れ知らずに迎え撃つんだ、と思っていた。
「だが、エルガスの民が死ぬほうが怖い」
「――!?」
「エルガスに住む皆が何もできずに死ぬ未来を見る方が怖いんだ。
だから怖くても行く。私が行ってその未来がなくなるなら、安いものだよ」
「……かっこいいですね」
素直にそう思った。
シルヴィアさんは本当にトップの人間なんだ、と改めて知らされる。
「これでも討伐隊の支部長だからな。当然だ。
もちろん君もエルガスの民だ。
私がいる限り、君に傷ひとつ付けさせやしない」
だから安心しろ、とシルヴィアさんは僕の頭をポンと軽く叩く。
その手には確かに頼もしさと人を勇気づける暖かさがあった。
この人がいれば、大丈夫。
そう思わせるほどの存在感。支部長と言う名は伊達じゃない。
自然と僕の中の恐怖心は薄れていった。
矢先に――。
「止まれ」
シルヴィアさんから合図が掛かり、急停止。
「言ったそばからこれだ」
地面がゴゴゴゴと揺れ始めた。
ライトが補助してくれなかったら、立つことすらできない程の振動だ。
『脅威レベルが更新されました』
そう機械的に報告するライトの声も聞こえた。
シルヴィアさんは静かに座ると、その辺の石を拾い、50歩ほど先に投げた。
「な、なんですか?」
「機械獣だ」
「え!?」
機械獣だって!?
いったいどこに!?
周りを見渡しても動物一匹すらいやしない。
でもライトの報告もあった。
ヤバいのがいるってこと!?
「レオ。君は私達が車やバイクを使わない理由を知っているか?」
僕がパニクっている間、この揺れで補助もなしに一切ぶれることなく立つシルヴィアさん。
左手で背中からライフルを一丁、抜き取り、右手で刀の柄を掴んだ。
「地盤が緩いというのもそうだが、最大の理由は別にある――いや、むしろ地盤が緩いのも
音は次第に激しく、そして、地面の揺れも最大になった瞬間!
――――ギュイイイイイイイイン!!
高速回転を感じさせる音と共に、投げた石が落ちた位置の地中から巨大なドリルが突き出てきた。
と思ったら、地面に前足を引っ掛けて一気に飛び出て、ドリル状の頭部を僕らに向けてきた。
いや、違う。あれは襟だ。
ドリルが先端から5つに割れ、その全てを背後に折り畳むと、本当の頭部が見えた。
『グァァアアア!!』
機械音と混じったような威嚇の咆哮。
全長はエルガスにあるトラック6個分ほど。
二又に割れた顎に擦り切るような牙が何十本もあった。
目は紅く光り、鋼色の身体に砂埃が付いていた。
地中を進むためか、足は短く四足歩行。
ドリル以外の武器は見当たらないが、その代わり、肩や腿、背中、腹の部分に大きなスパイク状のタイヤが何個も装着し、全長の3分の1くらいある長い尾をゆらゆらと揺らしていた。
地中から生物を襲うには最適化された素体だった。
その姿はまるで、アルマジロ。
エルガスの市場にある珍種ばっかり揃えている店で見たことがある。
確か南の国の生き物だ。
「被甲目型の機械獣。脅威レベルは殺戮級だ」
シルヴィアさんは冷静にそう説明する。
「これが地中を削り続けるせいで、エルガスの地盤は不安定。しかも地中から音を聞いて、あぁやってドリルで襲ってくる。
振動が激しい車やバイクじゃ格好の的だな」
シルヴィアさんが話しているのを、僕は一切聞いちゃいなかった。
機械獣が出ることは知っていたけど、こんなデカい怪物が出るなんて、聞いていない。
「あ……あ……っ!」
人間本当に怖いと、声も出なくなる。
機械獣の殺意に当てられて、膝が無意識に震えた。
ライトが補助してくれなかったら立ってもいられなかっただろう。
そこで僕は気が付いた。
ここには今、2人しかいないことを。
速さ重視で少人数で行くことに同意したが、こんな機械獣相手じゃ、戦力が圧倒的に少ない!
こんな凶暴そうな奴。
この人数でどうにかなる相手じゃ――。
「おい」
その時、ボコッと強めに頭を叩かれた。
頭の衝撃で機械獣への集中が解かれ、叩いた張本人を見る。
シルヴィアさんは相変わらず冷たい視線だったが、その表情は軽く微笑んでいた。
「安心しろ」
で、でも……。
「私がいる」
身体に響くようにその言葉を口にした。
シルヴィアさんは被甲目型の機械獣の方を向くと、ゆっくりと刀を抜いた。
「すぐ終わらせる」
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