第4話 目覚め

 目を覚ますと、知らないベッドに横たわっていた。

 まだ頭が覚醒していなくて、ぼんやりしているが、見える景色に見覚えはない。


「…………生き……てる?」


 辛うじてそう呟くが、喉もカサカサで声が出しにくい。

 ベッドで横になっているということは誰かに救助されたのだろうか。


 自分の身に起きたことははっきり覚えている。

 機械獣が現れ、右腕を斬られて、廃棄場に落とされた。

 まるで夢のような、夢であってほしかった出来事だ。


「……く……うぅ……」


 僕は目頭から熱いものが溢れるのを感じた。

 運び屋をクビになった矢先に追い討ちをかけるようにこの不幸だ。


 右腕を失ってはもうまともな職に就くことなんて到底できやしない。

 僕は仰向けになりながら、右腕を上げた。


(もう死んじゃったほうがよかったのかなぁ……――)


「――ん!?」


 そこで僕は飛び起きる。

 目を丸くして、僕は自分の右腕を見つめた。

 そしてグーパーグーパーと握ったり広げたりして、


「右腕が……ある……!」


 ようやくこれが本物であると確信を持った。


「え? どうして……?」


 だが、心中は穏やかじゃない。

 失ったと思った右腕があるのだから当然だ。

 戸惑いと信じられない気持ちが交差する。


 左手と比べても同じ。

 斬られた箇所は、と見てみても斬られたなんて嘘のように綺麗になっていた。


「え……まさか本当に夢だったの……?」


 だけど夢にしてはあの惨状はリアリティがありすぎる。


 そうやって右腕を唖然と見つめていると、


「……あれ?」


 突然、腕の感覚が無くなった。

 動かそうとしても意思に反して動かず、右腕を失った時と同じ感覚。

 ――いや、でもその時は痛みも酷かったから微妙に違う。

 本当に空虚。まるで腕の主導権を誰かに奪われたようだ。


『目覚めましたか? マスター』


「うわぁぁあああ!?」


 そう考えていたら、突然右手に口が現れた。

 そして、その口がひとりでに動き出し冷静な女性のような声を発するもんだから、僕は慌てふためいて驚きの悲鳴を上げた。


「レオ? 起きた?」


「!!」


 そんな声を上げたからか、誰かがこの部屋の扉をノックした。

 僕はそれにも驚き、身体を強張らせて返事ができなかった。


「入るよ?」


 でもその人は僕の返事を待たず入ろうとする。


「ち……ちょっと待って……!」


と静止する言葉をかけて僕は慌てて右腕を毛布の中に潜り込ませた。

 実際にはまともに言えたかどうかも怪しかったし、その人は止まらなかったけど。


「大丈夫?」


「キャリねぇ……」


 入ってきたのはよく知る人物。

 キャリー・トランス。この街エルガスの武器工房『トランス』の技師だ。

 機械獣を仕留めるための武具や防具、はたまた兵器の製作をしている。


 背が高くスレンダーで、金髪ロングをひとつ結びにしている二十代くらいの女の人。

 キツネのように細い目をしていて、可愛いというよりも美人と言った方が合う端正な顔立ちをしている。


 そんな彼女と知り合いな理由は至極単純で、簡単に言えばお得意先ってところだ。


「どこか痛むんだったら言ってね」


「あぁぁ……うん。も、もう大丈夫……」


 ベッド近くの椅子に腰かけるキャリ姉。

 熱はどうだ、と僕の額に自分のおでこを合わせてくるから、僕は顔を赤らめつつ目を逸らす。


「そ、それよりもキャリ姉が助けてくれたの?」


「そうだよ。うん。熱は無さそうだね」


 ようやく顔を離してくれたから、ホッと息をつく。

 ってことはここはキャリ姉の部屋? 確かキャリ姉んちは工房と一体になってるはずだから工房トランスの二階か。


「なにせ廃棄場の空洞近くで倒れていたからねぇ。服も血だらけだったし、心配でうちまで運んだんだ。

 それにしてもレオは重いねぇ。こんな華奢なのに。信じられない」


 あぁ。やっぱり夢じゃなかったのか。

 そんなことを思って絶望する。けれどすぐにキャリ姉の説明を頭で理解して、目を丸くする。


「え? 僕、空洞近くに倒れていたの?」


「え? うん。そうだよ。あの時、機械獣が現れたでしょ?

 その機械獣が討伐隊によって破壊された後、廃棄場に入ってみれば、空洞ギリギリでレオが気絶しているじゃん。

 危うく落ちる寸前でひやひやしたよ」


 落ちなくてラッキーだったね、とキャリ姉は笑うが僕は信じられなくてじっと下を向いた。

 あれが夢じゃないのだとしたら、僕は確実に空洞に落ちていた。

 誰かが下から引き揚げてくれたのか?

 それだったら、わざわざ空洞の近くで放置するのかなぁ。


(わけがわからない……)

 

「とにかく」


 そんな僕の思考を打ち切るようにキャリ姉はそう発すると頭を下げた。


「え? な、なに?」


「お礼だよ。レオのおかげで妹のニコが助かったの」


「え……?」


「もう忘れた? 機械獣が現れた時、転んだ自分を守ってくれたって妹のニコが言っていたよ」


(あ、あの女の子はニコちゃんだったのか?)


と僕は廃棄場で転び機械獣に襲われそうになっていた女の子のことを思い出す。

 あの時は無我夢中だったから、キャリ姉の妹だとは気が付かなかった。

 

「結局、君は投げ飛ばされちゃったらしいけど、その数秒のおかげで討伐隊が間に合ってニコの命は救われた。

 ありがとうね。レオは命の恩人だよ」


 ……あぁ。そうなのか。助かったのか。

 僕の目頭は熱くなる。

 僕の行動は無駄じゃなかったんだ。


「ニコもお礼をしたいって言ってたから、あとで呼びにいくよ――ん? どうしたの?」


 その時、突然右腕が震え出した。

 僕は咄嗟に右腕を毛布の上から抑えつける。


「いや……なんでもないよ」


と言いつつこっそり覗くと、


「ヒ……ッ!」


 右腕は右腕の形をしておらず。機械のようにごつごつとしていて刃物のようなものが2、3飛び出ている凶器じみた形になっていた。


『試運転中……試運転中……』


とキャリ姉には聞こえないくらいの小さな音量で声が漏れていた。


「どうかした?」


「い……! いや。なんでもないよ……!」


 僕は右腕を隠すように毛布ごと持って立ち上がる。


「と、とにかくニコちゃんが無事ならよかったよ……そ、それと助けてくれてありがとう。

 僕はこれで失礼するよ」


「え? でもまだ何も――」


「じゃ……じゃあね! また機会あったらお邪魔するから」


 キャリ姉の言葉を遮り、僕は逃げるように武器工房トランスを後にした。


「…………毛布……」

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