第36話

 ―――――天高く浮かんでいる眩い照明弾が目を奪ったのは、その場にいたミリア達だけではなく、村に点在する隊の仲間たち全て、そして遠く離れた家屋に囲まれた村中で対峙するグレアとケイジも同様だった。

夜空に浮かぶ火が、ブルーレイクにいる全ての人間たちを見上げさせる・・・――――。


「――――シュェッ」

グレアの口から空気が鋭く洩れたような音が出た。

その音は舌打ちだったのかもしれない。

グレアはケイジを再び殺気の篭った銀光で睨む。

その夜空に飛ぶ照明弾を見たケイジがグレアに視線を戻したと同時に、グレアがケイジに突っ込んで来るのが目に飛び込んできた。

隙を突かれた・・っ・・ケイジは身構えたままグレアを迎え撃とうとする。

歯を食いしばり全身に力を入れた、だが、一瞬、判断が遅れたのは否めない。

グレアの真っ直ぐに突いた右爪が胸を裂こうとするのを、大振りに砂上に倒れ込みそうにながら避ける。

完全に体をひねり過ぎた、だが距離をとって、余裕を持って、避けれて、ケイジは・・グレアのその一撃が空を切った、と思った。

かすったのか、プロテクタが運よく引っかかったのか、そんな感触はあったが。

グレアの二撃目を警戒していたケイジは少しの距離を置く・・・が、そのグレアは、ケイジを無視して、直進していっている・・・。

ケイジを追っていない、その方向はフェンスの方・・・っ・・。

――――だめえぇっ!!――――

ケイジはグレアの行動が何を意味するのか、はっとして、激しい焦燥感に駆られる。

すぐさまグレアを追う、だが、直進するあいつは、速い。

出来る限り出せる速さで跳んで置いていかれる事は無いが、リードを詰められもしない。

むしろ、微妙に距離が開いていく。

・・ケイジが、高速で直進するグレアを追っている間、その脳裏に浮かんだのは、その先にいる筈のミリアだ。

そしてそのイメージが直結する数秒後、ケイジは耳元に手を当てた―――。


『――――おいミリア!背後!気をつけろ!』

突然のケイジから来た耳元への声。

ミリアはその声への驚きに身体をびくっと震わせ、すぐに後ろを振り返る。

暗視スコープの中に何か異常が見えるわけではない。

「何があった?」

いや、物凄い速さで、村の方からミリア達がいる物影とは離れた距離を通過しようとする・・人間?

『あいつが向かっている!』

あの特能力者か、ケイジが逃げられたか。

物影に息を潜め、背後にいる仲間2人に手で制すジェスチャーを示す。

『身を隠せ』と指示を出した・・・次、どうするか、あの特能力者、狙撃?このまま行かせる?車両の戦力と合流してから撃つ?仲間を退避させる?でも車両からの攻撃が危ない。

そもそも、あの照明弾、合図だったのか・・・?―――――

―――――場合によってのメリット・デメリット、その結論が出る前にその高速で走っていた特能力者が90度向きを変えてこちらに突進してきた。

自分たちは物影に潜んで、この暗闇の中なのに、こっちを一直線に目指して駆けてくる。

見つかったと考えていい・・・――――

「―――――逃げて!」

ミリアは背後の2人に鋭い声でそう告げて、ライフルを構える。

狙いをつけたライフルから突進してくる能力者に間髪を置かずに弾が飛ぶ。

オートの連射、数秒の内に弾倉が空になるが、近づかれる前に即、仕留めなければ、死ぬ。

しかし、能力者は横へと跳ぶ、その素早い撹乱動作、地面を踏むいくつものステップを読む事さえできずに連射を続け。

仕舞いにはミリア達が隠れている物影の壁になる方、外側フェンスの方へと逃げられ遮蔽物に姿を一瞬見失う。

逃げられたというより、フルオート射撃を全て避けられたと言った方が正しい。

即座にミリアは空になった弾倉をワンタッチで外し、代えの弾倉を装着、ガチャリと装填を済ませる。

その間にも周囲を見回していたが、後ろの2人は未だ持ち場を離れず、逃げずに銃を構え、今しがた突撃してきた侵入者に備えていた。

「前後左右、上空も気をつけて!何処から来るかわかりゃしないから!」

特能力者の恐ろしさを、この人達が知るはずも無い。

「あ、あれは・・」

カウォだろうか、何かを言いかける。

『あれはなんだ?』ってことだろう、言葉の先はわかってる。

でも、必死に見回す視界の中に黒い影が遠くに入った。

村中の方。

そう思った瞬間、バババっ!と間近で銃声が鳴る。

反射的にそちらの方、右側を振り向く―――――。

――――得体の知れない、大男が右手を振り下ろすモーション、仲間の1人の腕が、斬り飛ばされる瞬間―――――はっきり見た。

びしゃっと、血を撒き散らし左腕が地面に叩きつけられた。

―――既に大男は左腕を振りかぶっている。

「――――はあああぁぁクァっぁっきゃっっ!??」

バババッ!!

――――悲鳴が混じる奇声を発するカウォ。

火を吹くカウォのライフル。

しかし、狙った大男は既にもう、そこにはいない。

カウォが咄嗟に出したライフルが、空中にいた大男の左腕の薙ぎ払いで吹っ飛ばされる。

カッ!とライフルが吹っ飛ぶ音と同時に、カウォがライフルのベルトを巻いた身体ごと軽々と吹っ飛んで転がっていく――――。

――――ミリアと大男の目が合う。

―――銀色に光り輝く眼、それに意思なんてものを見る事ができない、暗闇に吸い込まれ・・堕とされそうな眼。

大男が呟く瞬間にも、振り上がった大男の太い右腕。

「ガキ・・」

そう呟きかけた瞬間、大男は横からの巨大な衝撃に吹き飛ぶ。

ミリアの視界外から飛んで来た、大きな黒いものが大男を吹き飛ばした。

大男は物影にしていた、ガラクタを積み上げた物達の中に吹き飛ばされ、それらの無数の残骸と共に宙を舞った。

あまりの衝撃に、その様子はスローモーションの様に、ミリアは眼に焼き付けられていく。

大男は大きな衝撃に身体を歪め、脱力し、成す術も無く飛ばされるがままに。

壁が・・・大男との衝突で、硬い物に亀裂が入るよう形を崩し。

無数の残骸と共に、大男も残骸の一部になったかのようで。

砕けていく、吹っ飛んでいく・・半開きになった大男の口が何故か印象的だった――――。

――――ずさああぁあっと、大男が横転して回転していく度に砂を撒き散らし遠くへと転がっていく。

吹っ飛んだ―――――

「かはぁ、はぁ・・」

近くで聞こえてきた人の気配に気付き、ばっと振り向く―――。

そこにはケイジが、口を開けて肩で息をして立っていて、今吹き飛んだ大男の方を見ている横顔が見えた。

鋭い目付き、普段は見れないが、戦闘中のよく見るあの顔つき。

「は、はぁ・・はぁ・・っ・・ふっぅ・・」

ミリアは大きく肩を揺らして息を吐き出した。

極度の緊張から落ち着かせるためのルーティン・・息を整える。

「っぐうっぐあああぁあ・・・」

・・呻き声。

ミリアがはっとして見ると、さっき左腕を切られた仲間、ジュギャの痛みに耐える声。

ミリアが駆け寄って状態を・・異臭、・・酸っぱいのか、金臭い臭いが混じった臭い、血の臭いだ・・・確かめる。

左腕の先が切り落とされて、血が止め処なく流れている。

とても強い力で裂かれたのか、引き千切られたのか。

―――止血が、必要だ・・、止血・・布、長い布なんて・・・縛れる物なんて・・・これ・・。

ミリアはライフルを肩に引っ掛けるベルトを外し始める。

「ちいっ」

ケイジが舌打ちするのが耳に届く。

ミリアがケイジを見上げると、ケイジは遠くの一点、さっき吹っ飛ばした大男の方をじっと見入っている。

「どうしたの?」

機敏にミリアは手を休めずきつく傷口を絞め始める。

仲間の男、ジュギャの口から痛みに耐える苦しげな呻きが洩れる。

「跳ね起きる元気がまだあんな、あいつ」

「・・そう・・ちょっと代わって、」

「ん?あぁ・・どうすりゃいいんだ?」

「きつく縛って、きつく、血が止まるくらい」

ミリアは吹き飛んで小さくなった壁の端から様子を覗き見る。

あの能力者は走って、車両に向かっている。

「やっべぇな・・これ・・・ちくっしょっ・・っ・・・」

力を籠めるケイジの声が傍で聞こえている。

後ろ姿だが速度は幾分落ちているのが目で見てわかる。

戦意喪失したか・・?銃で狙うには遅いか・・・。

「おけぃ、代わる」

ケイジと代わったジュギャの止血は、きつく縛ってある・・・顔色は悪いし痛がっているが。

「・・大丈夫か、これで」

タゥンッ!

銃声が反響した。

タタッ・・タタッ・・・―――――――

代ろうとしたミリアが慌てて、辺りを確認する。

ここ以外のミリア隊から分かれた残りの3人が発砲しているようだ。

あの能力者を狙ってるか。

視界の端に入った、もう1人・・。

力任せに吹っ飛ばされたカウォは横たわっている。

ミリアはカウォに駆け寄り、脈を取り、息をしているのを確認する。

ただ、気絶しているようだった。

出血はしていない、運が良かったのか。

ミリアはふぅっと一息ついてカウォの両足を力いっぱい引きずり、素早く壁の陰まで運んで。

ケイジはその間ずっと、相手のあの特能力者の出方を伺っていたようだ。

隣に戻ってきたミリアにケイジは尋ねる。

「どうなってる?」

ミリアはケイジをちらりと見て、肩で息をしながら答える。

「こんな膠着状態。どっちもどうしようもない感じ。それと、リースがアシャカさんの所で、の『頭』を取ってきた。」

「・・リース、か」

ケイジはそう呟いて虚空を見つめたのは一瞬。

「あの、能力者は?」

「あいつか?強いな。ナチュラルっぽい。まだ不安定みたいだ。」

「車両に逃げた?」

「ああ、けど、結構痛めつけたんじゃねぇか?戦いは無理なんじゃねぇかと思うが。」

「そう。」

幾分、ほっとしてミリアは肩で息したまま、壁に背をつけて休んでいた。

『アシャカだ。こっちの敵は撤退を始めた。敵が撤退を始めた』

『ダーナだ。こちらも敵が撤退を開始した。』

ミリアは突如入ってきた、その通信を聞いて、3呼吸程おいて、ふおぉおぁ~っと、一息を深く、大きく吐いた・・・。

「退いたのか・・?」

同じく無線を聞いていたケイジが呟く。

「そうみたいね。」

周りは終わらせにかかっている。

大局は完全にこちらのものだ。

後はこっちの車両に残ってる敵戦力だけだけれど。

壁から暗視スコープで覗いていても・・なんか、さっきと違うような、人のいる気配が無い。

さっきの能力者とのごたごたの間に逃げたのだろうか。

どっちにしろ、他の隊がこっちに回って来るまで動かなくていい。

危険性が消えていく流れだ・・・。

「・・もう、消耗はあっても、勝機は限りなく低くなったからね、あっちは」

「・・そうか」

・・・敵の方にとっての切り札は、わかりやすく、あの特能力者だった。

その能力者による奇襲が、失敗した今はもうこの状況を覆す手は無いだろう。

彼らは、後は無駄に消耗するか、特攻を仕掛けるしかないだろうが、あの装甲の車両でも一台突っ込ませても、その後は白兵戦の展開に勝機はほとんど無いだろう。

地の利を生かせるこっちが有利になるし。

ミサイルランチャーも所持してるし。

それに、1番戦力が大きそうだった第一波は、リースが指揮官を取ったから。

指揮官がいない今、そんな無謀な作戦を決行しようとしたって、士気が続かないだろう。

だから到底、成功させれないと思う。

そもそも思うに、第一波が最後まで車両で特攻してこなかったのは、彼らは撤退するための公算を重視していたからなのであって。

こちらが余程の弱みを見せない限り、特攻も無い。

特攻は、自殺行為だから。

だから結局、あの特能力者、彼が戦場を掻き乱してどうしようもないほどの打撃を与える。

必勝法だったはずだ。

それだけ、信頼できるほどの、能力者だったんだろうけど――――。

――――ミリアはケイジを見る。

薄明るくなってきている空を見ていたケイジは・・・防弾チョッキの胸元が、表面が破けているのが見えた・・・その視線に気付いたのか、ミリアに視線を移すケイジは。

「あん?なんだ?」

「・・べつに」

そう応えたミリアは、息を吐く・・・膝を抱いて蹲る様な格好になってから、・・静かに眼を閉じた。

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