第22話

 「うぉ、なんだ。変な虫だ。虫!」

と、ケイジが農園の中で砂と黄色が混ざったような色をしたぴょんぴょんと跳ねる虫を見つけて、指差し興奮していて、ふと、こんなんでいいのかなという気持ちが無性に湧いたミリアだけれど。

お昼ご飯を頂いた後、ミリア達4人はそのまま崖側の日陰が多い場所に駐車している軽装甲車に寄って。

搭載された通信設備でこれまでの経緯を警備部の本部へ報告して、それから宿への帰途についているのだが。

会話した警備部のオペレーターの反応は芳しくないというか、一笑に伏されたような感じだった。

とりあえず報告は上の方へ伝えられていると思うのだが。

そりゃまあ、急に突拍子の無い話をされた彼らが、笑いをこらえる義理は無いだろうけれど。

でも、いまミリア達が歩いている間も、村の中の光景は静かな慌ただしさが覗えるほど、動いている人の姿が見られる。

昨日まではひなびた様子で、ほとんど見かけなかったような人達が今はいて。

変わらずのんびり過ごしている人たちに、小さいけど、異常を感じる。

でも、村の方の諸事はCross Handerのアシャカさんたちが責任者なので、実際に自分たちはやれることがほとんど無くなる。

このままぶらついていても、村の人たちからの視線もあるだろうし、良い感情を持たれないかもしれないし・・・。

・・・ま、あの小さな飛び跳ねる虫に夢中なケイジの能天気な顔を見てると、さっき決まった作戦概要を今伝えても、どうせすぐまたキレそうだ。

いつ伝えるのがいいのか、ちょっと考えもしたけど、リースとかにそれとなく・・・いや、ガイからのがいいか。

まあ、気に入らないことがあれば絶対従いたくないタイプだろう、ケイジって。

軍部じゃないんだから、そういう人も許容されるのは当たり前なんだけど。

・・・またキレる、か。


「違う虫もいるぞ!」

って、ケイジがあっちで興奮していて。

「なんだよ、そんな驚くもんか?」

ガイたちも、つい足を向けて覗きに行ったみたいだ。

まあ、ドームの方じゃ見かけない昆虫もたくさんいるんだろうけど。

「ほらあれ、あれだよ。あれ?どこ行った?」

「すばしっこいな、色が溶けこんで・・、」


彼らのはしゃぐ様子を見守っててミリアは・・・さっきのミーティングの事を思い出していた。

アシャカさんたちの様子、マダック村長たちの顔・・・・ジョッサさんたち、村の人たちの顔・・・心配そうな顔も見せていた。


――――彼らは、生き残ることに真剣で。


意地汚さに見えてしまう部分が、少し見え隠れしちゃうくらいに―――――


ただ、彼らは自分たちが、できることをやろうとしているだけだ―――――――


―――――私たちは・・・?

――――・・私たちは・・・――――


・・ちらりと、ミリアは隣に立つリースを見たら。

リースが気が付いたように、ミリアを見返してきた。


――――そして、足元を見つめるミリアは、眉を僅かに寄せた。




 ベッドの上でミリアは、両足を組んで座る。

「ちょっと集まって。」

その声に気が付いた小屋の中のケイジ達、彼らは各々の過ごしていた事を止めて、振り返る。

ボロの仮住まいの部屋、各自のベッドの上だけがプライベートのスペースで、座り直すみんなの注目を集めたミリアは、見回して問う。

「先ほど決まった作戦の概要を踏まえて。このままいけば、私たちは戦闘が始まったら安全な場所で、一旦は防備の役を担うことになります。

西側に崖があるでしょ?

あの辺にいくつか洞穴ほらあながあって、そこを非戦闘員の隠れ場所にいつもしているから、その周辺に留まり守ることになります。

もちろん、運が良ければ私たちは戦闘はせずにやり過ごせるかもしれません。

あ、今から話すことは先ほど決まった通り、村の人たちが想定している敵がやってくるという前提で話します。」

ミリアはそこで、一呼吸置いた。

「それってよ、村を放っておくって話か?」

ケイジがそう、ケイジなりに考えたらしい、当然の疑問を返してくる。

「少し違う。『私たちが加勢をしない』だけ。

ブルーレイクの人たちはCross Handerを中心に応戦する。

彼らの手腕はそれなりに高いと思う。

そして、今までもこういう経験はしてきてるはず。

今回の強い警戒は、想定した敵の数が多すぎるのが問題で、もしかすれば予想が外れて上手く事が運ぶかもしれない、というのが重要な要素ファクター。」

「ん?だから、俺らが加勢をしないで、村がヤバいことになるってんだろ?同じことじゃねぇか。」

イライラし始めているケイジなのは見ていても、声だけでもわかる。

「最後まで聞いて。」

ミリアははっきりとケイジに、それに、他の2人、リースとガイにも伝えた。

頭の中でまとまっている事を、その数瞬で、一旦確認して。

「正直、私が指揮官の立場で話をするなら、情報の揃っていない戦闘は避けたい。

全滅をしてはいけないと思っているから。

それでも聞いておきます。

隊員のみんなへ、戦闘に参加したい?それとも、このまま撤退したい?」

ミリアが、3人にそう伝えた。

彼らは、口は開かない。

そりゃそうだろう、簡単に答えられる話はしていない。

EAUである自分たちが、警備の仕事で巻き込まれるように危険にさらされるのだって、本当はおかしいのだから。

「はっきり言って、自由なんだよ。

報告書にはどんな風にも書ける状況なんだから。

戦いに出ても、もしかしたら叱られるかもしれない。

むしろ、褒められることはない。

私はそう思う。

いろんな違反に当たるか、だと思うから。

それでも、今はあなた達に問うてます。」

ミリアは、一旦そう、胸に息を吸い込んだ。


「命を懸ける?それとも、戦いをける?」


――――そう、命が掛かっている、という事をさっきから話していて、それは充分に伝わっている筈だから。

口を閉じているガイを、リースを、ケイジの顔を・・・ミリアは見回す。


「・・命令するんじゃないのかよ」

ケイジが少し皮肉っぽく、口の端をちょっと上げて言ってた。

だから、ミリアは表情を変えない。

「・・ケンカする気はない。ここは軍部じゃないもの。貴方あなたたちに命令して済むのなら、私は迷わず撤退を命ずるかもしれない。」

そう・・・。

「ここに残る必要が無いから。

問題は、命を懸けるかどうか。

私たちには具体的な命令は出ていない。

あるのは平和と秩序を守るという義務だけ。

だから私はあなた達に問うの。

戦いたい?

それとも、逃げる?」

『・・・』

「言っとくけど、戦わないと言ったとしても、私は責めたりバカにしたりはしない。

誰だって普通、そうする。

それが、客観的に見たら、尚更そうするはず。

合理的だと思ってるから。

。」

って、ミリアが若干強めに強調した言葉は、ケイジへ当てつけたものかもしれない。

ミリアがその真っ直ぐな目で、1人1人を見回しても、その場の誰もが口を閉じていたが。

ケイジもガイも、それぞれの面持ちで、太々ふてぶてしくも見えるミリアの顔を見つめ返していた。

もう1人のリースは・・、まあ、いつものようにぼーっとしているようだったが。


・・暫く待っても口を開かないので。

「ガイ?」

ミリアが名指しで呼ぶ。

「・・・俺は後にしてくれ、」

少し考えているようにガイは言った。

「リースは、どう思う?」

「どちらでもいい。」

即答のリースだ。

・・ミリアも、ちょっと瞬いたように、ケイジも訝しんだように片眉をひそめてリースを見てる。

「重大な事だと思うんだが・・?」

ガイが口を開いていた。

「うん、」

リースは当然と言わんばかりに軽く頷いたが。

「・・・重大。逃げようと思うなら。」

それも、簡潔な安全策だ。

「でも、今の問題は・・」

って、リースは少し思案するように。

「合理的な選択をするか、感情的な選択をするかを決めようとしてるみたい。」

そう、リースはミリアを、ケイジを見た、その順番がそうなんだろう、きっと・・・合理的か、感情的かの選択。

「なら、どっちでもいいかな。」

って、リースは。

「『戦う』って言っても、ケイジは、いつもそんな感じだ。」

リースは褒めたのか褒めてないのかわからないが、ミリアが見るケイジは眉を寄せたまま口を尖らせたように、不満そうにリースを見返していた。

リースが感情を少し小突いたみたいだ。

それにリースは、どちらの選択でも自分は生き残る、と言っているようでもある。

それは、さすがというべきか。


「わかった。ケイジは?」

ミリアが問う、ケイジへ。

「俺は、」

ケイジは・・・。

「俺は、戦ってやってもいいぜ。」

って。

・・・・。

「・・・それだけ?」

ミリアが、訊ねたけど。

「・・・」

ケイジは口を閉じていた。

「理由は?」

「・・よくわかんねーが、そうするべきだと思う」

ケイジはそう、頭をガシガシ掻いてて・・。

ケイジって・・・。

・・・ミリアはため息を吐いてた。


「なんだよ」


「・・・ケイジって、単純だね」


「うっせぇ」

そこは怒るみたいだ。


それ以外に、言葉にできる言葉を持ち合わせていないミリアだけど。


「・・じゃあ、決まりっぽいな。」

ガイがあきらめたような響きに言ってた。

「『ミリア隊長』もどっちにしろ、腹は決めてんだろ?」

って、ガイは言う・・・。


ミリアは、口を閉じていたが。

もう一度、みんなを見回していた。


「俺は、お前の指示に従う。」

ガイが軽い声で伝える、その言葉の重みを。

「俺たちの指揮官だもんな。」


揃った――――。

彼らの意思へ返すため・・・、ミリアは口を開いた―――――。

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