第8話

 西からの紅い妖光が村の家屋、建物から、敷地からすっと引いていく。

消えていく逢魔が時が終わり、静夜がその時には横たわっている。

その変わり様をその瞳で見つめていたミリアは歩きながら、ふと後ろを見る・・・すぐ後ろを付いてきて、一緒に村を歩くケイジを確かめてから、また前へ向く。

めんどくさそうにケイジは歩いているが、ついてきたようだ。

それは、知らない場所で1人きりになるのは危険だからだ。

小屋で休んでいるガイとリースも今は2人、ツ―マンセル2人1組でいれば大抵の場面は1人よりも対処ができる。

ケイジにはそれらを何回か言った事はあるが、覚えているのかはわからない。

ただ、いちいち言葉にしなくても、この形になるのは正しい。

まあ、拳銃の『ノピゥ』は懐に備えているから、危険が及んでもそれなりに対処はできるだろう。

そんな危険性をこの村では感じてはないが、何も用心しないよりはいいだろう。

・・・いや、少しの違和感は感じてはいるけれど。

今すぐどうという危険性は感じていない。

複雑な事情がこの村にあって、という可能性もなくはないだろうし。

ただ、今すぐ降りかかるような対人関係の問題なら、拳銃1丁でそれなりに対処はできるだろう。

ケイジは相変わらず気の抜けた様子でのんびり歩いているけれど。

ミリアは周囲の景色に目を向けるが、それよりも、うろついているような村の人たちを見かけない。

夕飯時だからか、家屋から光は漏れている。

灯りが見える家屋を気なしに数えても、村にはけっこうな数の人がいるようだ。

ケイジとは特に会話も無く、そんな感じで歩いていたけれど。

ふと、向こうの家屋の窓の傍に立つ人影、子供の様な影を見つけたけれど。

目が合ったのかもわからないが、すぐその小さな影は消えた。

子供か・・余所者の私たちが珍しいんだろうけれど、そういえばこの村に入る前に会ったのも子供たちだったなって思い出した。


ふと気が付けば、村の入り口近くに停めた自分たちの軽装甲車、『PE-105:モビディックIII』の、その周辺に村の人らしい3人ほどが屯していた。

適当に停めていただけだったのだが、その軽装甲車が珍しいようで彼らは窓から中を覗き込もうとしたりしてた。

まあ、外から覗けないようになってるから、窓は真っ暗にしか見えないんだけれど。

確かにこの車両は特別製であるし、彼らがよく目にするのはたぶん、政府機関直轄の物資運搬車や警護車という類のものだから、全く違う外観だろう。

だから珍しいのはわかるが、どういう風に人避けをするか、をちょっと考えたミリアだ。

そもそも、村人には悪い感情を持たれることは避けたいので、波風立てないようにしたい、でも威厳もあるし堂々としてた方が良さそうだ。

ミリアはケイジをちらっと見たけれど、ケイジは堂々と欠伸をしてた。

・・・まあいいか。

かなり近くまで来ても、こちらへ気づかない彼らに、ミリアは声を掛ける。

「どうも、お世話になります」

ミリアが声をかけてみれば。

「あ、ああ、どうも。」

ちょっと驚いたように、すぐ車から離れてくれた。

普通の反応だろう。

こちらを必要以上に警戒している様子は無いし、戸惑っただけみたいだ。

暗くなってきたので見にくいが、男性が2人に女性が1人か、車の近くでなにか話をしていただけのようだ。

別に悪意もない様子だし、素朴というか純朴な様子というか、そんな感じだ。

一応、彼らへ視線を留めていたままのミリアは、彼らの視線を感じながらドアの部分に触れて車両内部でロックを外し、ドアを開けて中へ乗り込んだ。

ケイジも後から乗り込んできてドアを閉めたのを確認してから、助手席のミリアは前方の操作パネルを操作し、車両システムのロック待機モードを解除した。

「まだこっち見てるな・・」

って、ケイジが窓から外を見ていた。

確かに、軒先でこっちを見ながら何か話しているようだ。

外からは中が見えないようになっているので、こちらの様子は見えてないだろう。

「・・まあ、かっこいいからな・・・!・・」

って、ケイジがなんだかちょっとニヤリとしたみたいだった。

「え?なにが?」

モニタを見ながらパネルを操作してたミリアが聞き返すけど。

「この車、」

って、ケイジに。

「うん。」

ちゃんとすぐ当然と頷いたミリアは、その辺は同意で、またパネルを操作し始めた。




 「―――はい、確かに虚偽きょぎ申請でした。」

『・・確認完了っと。あとは『ブルーレイク』側に確認を取ってこの件は終わりだな。待機申請も出しておく。本部からの指示待ちだが、返事はたぶん明日だろうな。ご苦労さん。しかし、また変な要請がきたもんだな。』

「そうですね。村で争った様子もないですし。情報元も適当な事言わなかったですし。それを理由に断られても承知の上、という感じでした。」

『くさいよなぁ・・?』

「それでですね、『ブルーレイク』の責任者と接触したとき、向こう側の提案もありまして、こちらで宿泊させてもらうことになりました。」

『お、強引に有休を取ったのか』

有休って、ちょっとした彼の揶揄やゆみたいだ。

「いいえ、仕事です。すでに夜遅いし、戻るのは危険と判断しました。許可は必要でしたっけ?」

『おーけー、おーけー、認められる。ついでに待機申請か?良かったな。のんびりできるぞ。』

「休暇なら他の所に行きてぇ」

ケイジが後部でぼやいてた。

スピーカーとフォンを通じて車内での会話だから、オペレーターの彼、カルゴにも聞こえてる。

『ケイジか?有休が増えたって思えばいいだろ。なかなか村観光なんて行けないぞ?羨ましいね』

「うるせ、なら代われよ」

『おっと悪いな。今日はレストランの予約を入れててな。』

「で、ですね。ここからは個人的な見解ですが。」

『休暇で行きたい場所の話か?盛り上がるよなぁ』

「違います。『ブルーレイク』の件です。」

『へっへ。俺はこの後、ディナーに行かなきゃいけないんだ。デート。』

「テンション高ぇと思った」

『いいだろう?』

「べっつに、」

「話戻しますよ。たぶん、村長から今日中にもか、明日中にもか、また別件で調査を頼まれるんじゃないかと」

『ははん?そう言われたのか?』

「いいえ。でも、口ぶりからしてどうも、それが目的みたいですから。それで、聞きたいのが、こちら側の判断で受けても問題ありませんか?この場合のマニュアルがわからなかったので。」

『規定に則ってるか、って意味だな?ん-・・この場合は・・・どうだろうな。緊急時の規定で現場判断に任せる、事後報告で良いともなりそうだが、』

「後で怒られません?」

『お前ら特務協戦だしなぁ。怒られるならそっちの上司だろ。俺がやれることは事が起こったらスムーズに進めることくらいだろうなぁ』

「とりあえずそのつもりでお願いします。助かります。」

『何人かと話すんだぜ?俺が。許可貰ったりめんどくさいったら・・』

「あ、帰ったらお土産渡しますよ」

『みやげ?なんだ、高いものは受け取れねぇぞ?』

「牛肉とか譲ってくれるかなぁ、ってちょっと思ったんですよ。」

『新鮮な肉か?』

「ここで畜産してるみたいなんですよ。まぁ期待しててください」

『・・仕方ねぇな。それで、話は終わりか?』

「はい。では、デートごゆっくり」

『へへ、ありがとう。料理ができる男ってのもモテ・・』

ざざっ・・っと無線が切れた、というかミリアが切ったのをケイジも見ていたが。

「牛肉って冷やしとかないといけないんじゃねぇの。腐っちまうぞ」

「あ、」

さすがに冷蔵庫は軽装甲車に備え付けられていない。

まあ、事が起こると決まったわけでもないし。

そうなったらそうなったで、村の人に相談してみて、お肉をわけてもらえなかったら、リリードーム内のスーパーで、パックされたミートバーグでも買ってお礼を言えばいいだろう。

あと今度、リプクマの方で冷蔵庫を車に取り付けられないか聞いてみよう。

そんな事を考えつつ、ミリアは車両システムを操作して必要な情報も確認し始める。

「俺も肉食いてぇ」

って、ケイジが後ろで言ってた。

「つうか、ここで牛肉なんて買えるのか?」

「まあ、手に入るかわからないけど」

「へっへ、ひっでぇな。」

ケイジは笑ってた。

まあ、騙すとかそんなつもりはないんだけれど。

とりあえず、オペレーターの言質も取ったし、何か問題があるって言われたら彼の責任もぽろっと言えばいいか。

この車両での通信も記録されているし。

「ふむ」

これからのことをちょっと考えたミリアは、鼻を小さく慣らしてた。


ケイジがたまに話す、適当な話にミリアは相槌を打ったりしながら。

車両のシステムでさっきの会話の録音データもちょっと複数、複製を作ってわかりやすいように保存しといたりした。

それから、やるべきこともやって、防寒用のジャケットを着て車を降り、夜の村を歩いて今夜の寝床になるあの小屋へ戻っている。

データの保存はあくまでお守りで、何がどうなるかわからないし、どうなったとしても自分たちが正しいという証拠が手元にあって損はない。

まあ、彼、カルゴさんも言ってたようにグレーなだけであって明確な違反じゃないから、酷いことにはならないと思う。

ちなみにさっきの会話、ケイジなんか彼とそんなに親しくないんだろうけど、あんな失礼な口を利けるのはある意味ケイジの才能だと思う。

ケイジは誰にだって慣れ慣れしいというか。

まあ、いろいろな準備や処理は終わったし、今夜はもう考えなきゃいけない事は無さそうだ。

急に、背中がふるっと冷え込んできたかもしれない。

既に日も沈んだし、道に沿って軒先から零れる窓の明かりを頼りにミリアとケイジは歩いている。

ジャケットはみんなの分も車から持ってきたので、ガイやリース達も凍えて眠れないなんて無さそうだ。

それから、いくつかの保存食や飲料水を入れた鞄はケイジに持たせている。

「ってことは・・・」

って、ジャケットを羽織っているケイジがなにか気が付いたようだ。

「数日いるかもしれないってことかよ?ここに?」

って。

さっきの会話の続きが、今気になったみたいだ。

まあ、ケイジの言うとおりになる可能性はあるんだけど。

「それは嫌?」

「めんどくせぇ」

って、事も無げなケイジだ。

まあ、そりゃそうだろうけど。

ケイジは嫌そうだ。

誰だって足止めを食うのは嫌か。

「まあ、給料出るならいいや」

でも、ケイジがそう言ってた。

「・・そっか。」

一応、同意、でいいんだろう。

想定外の事態による緊急の対応行動とか、現場判断による滞留など、これらも仕事の内なので給料は出るだろうし、ちゃんと判断されれば手当てのお金ももらえると思う。

そういえば、有給休暇ってカルゴさんが言ってたけど、皮肉とか揶揄みたいなものだろう。

ふむ。

良い得て妙、とは言えないかな、ってちょっと思ったミリアだけど。

「お疲れ様です」

と、歩いてたら見知らぬ若い女性らしき人が暗い中で声をかけてきた。

「どうも。」

「お食事の用意ができたので呼びに来ました。」

村からの夕食のお誘いみたいだ。

「ありがとうございます。残りの2人も呼んできます」

「あ、他のお2人は先に案内しました」

「あ、はい」

微笑むような柔らかい物腰のお姉さんに、ミリアはちょっと瞬くように頷いて。

ちょっと、ケイジと目配せし合ったけど。

特に物を置いてきたい、という感じでもなかったので、ミリアはお姉さんに伝える。

「じゃあお願いします。」

彼女が歩き出すその後ろをミリアとケイジがついていく、夜の村の風景を少し歩いていれば、案内された先は村長マダックさんのお家だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る