異世界転戦〜俺、戦闘民族に転生しました~

水餅

第1話 転生①

 ここはどこなんだ?

 目を覚ますと、周りにはたくさんの木が生い茂っており、何故か森の中にいた。

 確か俺は…会社に行こうとしていたはずだ。玄関を出たところまでは覚えているが、そこから先の記憶がない。いつの間にかこんな所に来てしまうぐらい会社に行くのが嫌だったのか?

 確かに、ブラック企業の社畜である俺は、何度も何度も会社を辞めてやろうと思ったことがある。思っただけで実際に実行に移すことが出来なかったが…。

 そんなことを考えていると、自分の体に何か違和感を覚える。そして、自らの体を見下ろすと、衝撃の事実に直面する。

 何と、体全体が小さくなっているではないか!?

 手も、足も、体中のありとあらゆる全てが、まるで幼い子供のように小さかった。

「え…俺…小さくなってる!?どういうことだ?」

 無意識のうちに発した言葉も、少年のものだった。

 一体自分の体に何が起こったのか…考えられる可能性は二つある。

 一つ目はこれが夢の中だと言うこと。そうすれば今のこの状況は納得できる。

 二つ目は異世界に転生したこと。もしそうなら子供の姿でここにいるのも分かる。

「いやいやいや、異世界転生だなんて…そんなこと…ある…わけ……」

 俺が物思いにふけっていると、不意に近くの茂みからガサガサと音がした。風だと思いたいが、全くの無風だ。とすると、風ではないだ。

 そして、その何かは徐々にこちらに近づいて来る。

「…グゥゥゥゥゥ」

 やがて姿を現したのは、軽トラ並みに大きな体躯をしたトラだった。大きな口には上下に立派な牙が生えており、お腹を空かしているのか口の端からはポタポタと涎を垂らしている。

「…う、嘘だろ…」

 足を動かそうとするが、恐怖からか足がすくんで動けない。逃げなければ食い殺されてしまうと頭では理解しているのに、一向に動く気配がない。

 ゆっくりと、確実に迫ってくる死を目の前に、何も出来ない。動けない。

 そして、目と鼻の先まで近づいてきたその時、何かが左側からトラに向けてぶつかる。

「グガァァァァッ!」

 砂ぼこりが辺りに舞う。やがて姿を現したのは、巨大な蛇だった。体長は目測で二十メートルはあるんじゃないか?

 その蛇はゆっくりとこちらを向き、長い舌と鋭い牙を覗かせて俺を睨む。

「シャー!」

 大蛇は口を大きく開く。牙から滴り落ちている液体は地面に落ちるたびに地面の草花を枯らしていく。

(おいおい!今度はデカい蛇かよ!!あの涎みたいなやつ…毒…だよな…)

 蛇に睨まれた蛙のように体は硬直し、体に力が入らない。

「はぁっ…はぁっ…」

 上手く呼吸が出来ず、心臓が張り裂けそうなほど脈を打っている。今走って逃げても確実に追い付かれてしまう。

(動け!動け!動け!)

 俺が動けないのを見て、大蛇は俺を捕食しようとするために、こちらに近づいてくる。

(もう…ダメだ!)

 全てを諦めかけたその瞬間、奇跡が起きた。

「グァァアアアア」

 何と、大蛇に倒されたと思っていたトラが大蛇の胴体に食らいついたのだ。

 二匹はそのまま周りの木々をなぎ倒しながら大暴れする。

(今しかねぇ!動いてくれ!)

 俺はとにかく必死になって足を動かそうとする。だが、やはり動けない。

「何でなんだよ!!!」

 俺の必死の叫びもむなしく、争っている二匹が徐々にこちらの方へと向かって来る。

 そして…気付けば俺は宙を舞っていた。恐らく、争っていた二匹のどちらかにぶつかったんだろう。

「かはっ………」

 俺はあまりの痛みに、宙を舞いながら意識を失う。

 最後に見えた光景は、二つの太陽と、その間にある大きな星だった。

 トントントンとリズムの良い音が聞こえて来る。

 俺……どうなったんだっけ?

 段々と意識が覚醒し、目を開く。知らない天井……じゃなく、ゴツゴツとした岩肌が視界に映る。どうやら洞窟?みたいな所にいるらしい。

 耳からはリズムの良い音が、鼻からは鼻孔をくすぐるいい匂いがしてくる。誰かいるみたいだ。

 俺は体を起こそうとするが、全身に激痛が走り、体を動かせないことに気づく。

「い…痛ぇ…」

 そんな俺の声が聞こえたのか、洞窟の奥から何かが近づいてくる。だが、暗くてよく見えない。

 やがて、視界に入ったそれは宙に浮かんでいた。徐々に近づく謎の飛行物体。明らかに人間ではない。

 そして、姿を現したその飛行物体はなんと、とても可愛らしい熊だった。

 いや、正確には違う。角が生えていたり、背中に蝙蝠みたいな羽が生えていたりしているので、記憶にある熊とは全く別の生物だと言うことが分かる。

「起きたんですかい!良かった!」

(!?)

 どういうことか分からないが、人間の言葉を話している。

「いや~森で見つけた時はびっくりしましたぜ!あっまだ動かないで下せぇよ?アニキは全身のありとあらゆる骨がバッキバキに折れていやがりますから!」

 何故かとてもフレンドリーな感じで話しかけられ、脳の処理が追い付かない。

 この熊は一体何者なんだ?確かなのは、敵ではないと言うこと。それと、この感じだと、吹き飛ばされた俺を助けてくれたのが、この熊だと言うことだ。

「あ~えっと…状況が分からないんだけど…?」

「ん?ああ!なるほど!」

 何がなるほどか分からないが、何かに納得しているみたいだ。

「アッシの自己紹介がまだでしたね!」

 いや…そういうわけじゃないが…まぁ…いいか。

「アッシの名前はマグナと言います!一応、デビリトルベアと言う種族です!」

「そうか、マグナ…いい名前だな!助けてくれてありがとうな!」

「いや~いいんすよ!別にそんな、大したことはしていませんし!」

 デビリトルベアのマグナは照れているのか俺の周りをパタパタと飛び回る。小さな羽で飛ぶその姿は何だか可愛らしく、思わず笑みがこぼれる。そして、マグナは空中で器用に旋回し、こちらの方へ向く。

「アニキの名前はなんて言うんですかい?」

「ん?俺か?俺は…」

 俺は自分の名前を言おうとする。

 だが、何故か分からないが、思い出すことが出来ない。

「ん~駄目だ!思い出せない」

「そうなんですかい?う~む困りやしたね~」

 マグナは腕を組んで目を閉じる。そして、しばらく考え込んだ後に「そうだ!」と口にする。

「ちょっと待っててくだせーね?」

 何かを閃いた様子のマグナは洞窟の奥へと飛び去って行く。待つこと数十秒、マグナは小さな単眼鏡のようなものを手にして戻って来た。

「何だそれ?」

「いや~こいつは昔、とある方がアッシにくれたもので、これを覗き込むと色々な物の情報を知ることが出来るんすよ!アッシの持ってる魔道具の中で、一番の宝物ですぜ!その名も鑑定鏡!!!アニキの情報を見てもいいですか?」

「ああ。いいぞ」

「ありがとうございやす!ではさっそく…」

 そう言うとマグナは単眼鏡を自分の右目に押し当てる。

「えぇっと…アニキは…」

 今マグナの目には何が映っているのか分からないが、何だか緊張してしまう。ごくりと唾を飲み込み、鑑定の結果を待った。

「ふむふむ…なるほどなるほど…まさかとは思っていやしたが…」

「な…何だ?何かあったのか?」

 俺の問いにマグナは頷く。そして、俺の顔の前まで飛んできてこう告げる。

「アニキは…異世界からやって来た存在ですね?」

 その問いに、俺はすぐに答えることが出来なかった。理由は二つ、一つ目はこれが夢であって欲しかったと言うこと。異世界に転生、もしくは転移なんて非日常を受け入れられなかったからだ。考えないようにしていたが、この体の痛みと、マグナの問いで、これが現実だと言うことを思い知らされた。二つ目はこの世界での異世界人の立ち位置が分からないためだ。この世界の情報をある程度得ていないと、答えるのは危険だろう。

 などと、色々な考えが頭によぎる。だが、マグナは見ず知らずの俺を助けてくれた命の恩人だ。その恩人に対して、不義理を働きたくない。

 だから俺は意を決してマグナの質問に答えることにした。

「ああ…そうだ。あんまり覚えてないけど、確かに俺はこことは違うところにいたし、体も少年の姿になってる。多分、向こうで死んでこっちの世界に来たんじゃないかな?」

 働き過ぎて過労死…というのは黙っておこう。俺の名誉にかけて。

「そう…だったんすね…」

 マグナは顔を伏せながらそう呟く。

 何だ?やっぱり異世界人というのは禁句だったのか!?

 俺は内心焦りながらマグナの様子を伺う。すると、マグナは何やらプルプルと小刻みに震えている。

「マグナ?」

 俺は心配になってマグナに声をかける。そこでようやくマグナは顔を上げ、俺の目をまっすぐ見る。そして…

「そうか…アッシがここに来たのは、アニキと出会うためだったんだ!!!」

 と、やけに興奮しながら俺に詰め寄って来た。話についていけていない俺は困惑する。

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