第2話
「え、ええと……大輔さん、お仕事帰りですかね……」
「そうだけど」
見慣れないスーツ姿、嗅ぎ慣れないタバコのにおい。
彼はタバコを吸っていないので、職場の人のものかもしれない。
そんなことをボンヤリ考えながら凜は正座していた。
「で、これなに」
「……女性向けAV、デス」
「なんでこんなの見てるの」
「いやあ、なんでって……」
それを言わせるのか。そういうプレイなのか。
思わず軽口でそんなことを言いそうになったが、さすがに不機嫌なのを隠そうともしない大輔に凜は口を噤んだ。
凜と大輔は付き合って長い。
キスもセックスも定期的にしているし、愛情がお互いに冷めたとかそういうことはないし、他の異性にぐらついたこともない。
マンネリ気味な部分はあったが、それを補って余りある信頼が二人にはある。
少なくとも、凜はそう考えていた。
とはいえ、凜からしてみると大輔はおそらく淡泊なのだ。
彼女の少ない男性経験から導き出した結論がそれだった。
したがる回数は少ないし、ごくごく普通のセックスをしても一回。
個人差というものがあるので、そういうものなんだろうと凜は思っていたし、それならそれで構わないと思っていた。
大輔が恋人であることに、不満はなかったからだ。
「……そういう、気分にデスね……」
なんという羞恥プレイ。
年頃の子供が自慰を親に見つかるというのはこういう気分なのだろうか。いやもっと
そんなことを考えてでもいないとやってられない気分だったのだ。
それがまた大輔の気に障っているようだが、それはそれ、これはこれだ。
ここは凜の家である。彼女が何をしていようが、浮気をしていたわけではないので大輔に咎められる謂れはない。多少は、居たたまれないが。
「ふーん」
(ふーんて)
とりあえず今し方見ていたAVを停止したままそんなにマジマジと見られると大変居心地が悪いので止めていただいのだが、普段穏やかで優しい恋人のその不機嫌な姿が怖くて凜は返せと言い出すこともできずに、ただ彼の出方を待つばかりだ。
「……お前、こういうオトコが好きなの」
「え」
「それとも、強引に迫られてヤリまくるシチュエーションがいいの」
「え」
ちょっと事細かにそんなことを暴露されると困るんですけど、という言葉は呑み込んだ。
そもそも、だ。
自己発散するくらいは、男女ともにいい年齢ともなれば経験ある話であって、お互いに咎めるようなもんではないと凜は考えている。
そうすることでストレス発散になるという人もいるし、パートナーを傷つけないためのものでもあると彼女はそう考えているからだ。
実際彼女だって疲れている大輔相手に週末押しかけてヤってくれと懇願するような我が儘女に成り果てるつもりはなかったし、彼の仕事が一段落ついてそういう雰囲気になるまでの、そう、ほんのちょっとした好奇心もあって手を伸ばしただけのもので。
「は、初めて見たから、よくわかんなくて……適当に、選んだ、だけだし」
ごにょごにょと、小さな声でそう弁明するのが、今の凜には精一杯だった。
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