第3話

 もうイイトシした大人なんだから恥ずかしがるなと言われるかもしれないし、恥じらうほど初心な乙女でもないだろうと言われるかもしれないが、逆である。

 大人なのだからこそ、秘めたることは秘めておきたい。

 少なくとも、凜はそうだった。


(あんまあけすけに言って大輔に引かれても困るし)


 長年の付き合いは、彼女の中でイコールの愛情だ。惰性ではない。


 そもそも、ムラムラするのを自己発散するのだって大輔が相手ではないなら自分で……という考えだった。

 それにAVを見ようと思ったのは本当にたまたまで、スクロールしていたらこれまた偶然に大輔と雰囲気の似た男優の顔があったから、それにしただけで。


 ちょっと、たまには強引に迫られてみたいな、なんて願望がそこになかったとは言わない。


「へーえ。じゃあ、これはいらないよな」


「えっ」


「俺、言ったよな? 確かに帰りは遅くなるし遅くなるから電話は迷惑だと思ってしてねえけど、週末来てくれたら嬉しいって」


「い、言ってた、ね? だけど、大輔はほら……忙しいから、休んでほしいし」


 そうである。

 忙しくなった大輔は平日帰ってくるのは午前様、土日もどちらかは出勤という状態が続いていたのである。


 さすがに平日午前様で電話をしようなんて言うほど学生気分ではない凜は、仕事が落ち着くまではメールで大丈夫だと笑って彼を応援していたのだ。

 それに対して大輔はちょっとでも会えたら嬉しいから、週末泊まりに来てほしいしお互い合鍵もあるのだからいつでも来てくれと言っていたのだ。


 それに対して、曖昧に笑って誤魔化したのは凜である。

 彼女なりにそれは大輔を気遣ってのことだったのだ。

 普段から大変そうな仕事に加え、上司が熱血漢なのか何なのか知らないがしょっちゅう大輔や他の部下を連れて飲みに行きたがって日々疲れている姿を目にしているのだ。


 そこに加えて週末自分が泊まりに行けば、ついついそこは恋人として甘えたり甘やかしたりしたくなるもので、ついでにそういう・・・・ことに及ぶかもしれない。

 受け入れる側に負担が大きいと言われがちなセックスだが、いつも大輔は臆病なまでに凜を丁寧に、丁寧に解していく。とても時間をかけて。

 それを考えると大輔の負担が大きいのでは?

 凜はずっとそう考えてきたのだ。

 だからといって女性優位のセックスができるかと問われると、彼女は無理だと断言できる。

 興味はあるし知識もあるが、実戦する度胸がないのだ。


「それにセックスも消極的だから、最小限に留めていたけど……ムラムラしたんなら、しょうがないよな?」


「へ、え、え? だ、大輔……なんか、キャラ、違くない……!?」


「違わない。俺は俺だよ。……ただ、凜があんまりべたべたするようなカップルにはなりたくないなーって言ってたから、お前の希望に添うよう頑張ってただけ」


 にんまりと、笑っていない目をしたまま浮かべられた笑顔を見て凜は顔を引きつらせる。


 大好きな恋人の、大好きな笑顔なのに今はなんだかとにかく怖い。

 これは逃げないとまずいのでは?

 そう思うものの、出口は大輔の後ろがわ、しかもここは自分の家である。


「二ヶ月オアズケ喰らってたのは、俺もなんだよ」


 低く唸るように告げられて性急に唇を重ねられて、余裕がないのか前歯が触れあってカチンと音がしたがそれも気にしている暇もなく触れられる。

 キスってこんなだっけ、そう凜はぼんやりし始めた思考でそう思った。


「だ、だいすけ」


 乱暴にジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めるその姿に凜は知らず知らずにツバを呑み込んだ。

 それを見て、大輔が嗤う。


「えっち」


 ぺろりと唇を舐めるその姿に、どっちが! と凜は思ったがそれは言葉にできずに呑み込まれたのだった。

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