第9話
授業があるので向かおうとしたら、まさかの提案をされた。
「声優?」
「うん。優斗君っていい声だからさ、あの『メルヘンソード』の作品に一度出演してみないかなって」
「私じゃなくても声優ならいくらでも居るだろ」
大きいサークルだからサークル内に有名声優は何人かいるし、サークル外でも繋がりはいくらでもあるはずだ。どうして私になるんだ。
「台本担当の人があの歌ってみたとか配信とかを聞いて随分と声に惚れこんじゃったみたいでね。一度優斗君を主軸に話を書いてみたいんだって」
「そんなこともあるんだな」
声に関しては全く意識していないので、結構普通の声だったと思うんだがな。強いて言うなら配信だからと少々声を張ったくらいか。
「あれじゃないかな。声優っぽくない声で演技力がありそうなのが理由じゃないかな」
「なるほどな」
「で、受けてくれるかな?」
「良いぞ」
別に一回演じるくらいなら断る理由もないしな。それに私を求めてきた相手の期待には極力応えたいからな。
「オッケー、連絡しておくね」
そして次の土曜日、私は再び歌ってみたを収録した『メルヘンソード』の事務所へと一人でやってきていた。
「来て下さって本当にありがとうございます!!!」
収録スタジオ内に入ると、中で作業をしてた女性が慌てた様子で駆け寄ってきて、元気いっぱい頭を下げていた。
「別に気にしなくても良い。今回はただ働きってわけでもないんだから」
それに、歌ってみた動画では『メルヘンソード』にいろいろと手伝ってもらっていたらしいのでむしろこっちが感謝したいくらいだ。
「それもそうですね、私は『メルヘンソード』のシナリオ台本担当の水筒箱です!」
女性は水筒箱と名乗った。当然本名ではなく、ハンドルネームというネットで活動していくための仮名である。
「よろしく、私は神崎優斗。フリーのイラストレーターだ」
「次葉さんが言っていたのって本当だったんですね……」
「本当も何も、最初から最後までずっとイラストレーターだが」
「確かに絵を上げていらっしゃいましたもんね……」
本当にこの人は私の声しか聴いていなかったらしい。別に構わないけれども。
「それは別に良い。とりあえず何をすればいいんだ?」
「この台本通り演じてもらいたいです」
そう言って水筒箱が渡してきたのは一冊の台本。表紙には『(仮)王子様によるエール』と書いてある。
「なるほど、女性向けの音声か」
声優と聞いたからボイスドラマか何かをとるのかと思ったが、単独でマイクに向かってささやくタイプの音声らしい。
「はい、聞いてませんでしたか?」
「ああ、何も知らなかったな」
「次葉さん事前に言っていてくださいよ……もしかして、嫌だったりしますか?」
それを聞いた水筒箱は心配そうに私の顔色をうかがってきた。
「別に嫌じゃないぞ。どの音声作品だろうが喜んで引き受けるさ」
R18系統なら少々考えるかもしれないが、これはただの全年齢対象の立派な台本だ。断る理由などどこにもない。
「ありがとうございます!!」
「じゃあ早速収録に入ろう。やり方を教えてくれないか?」
「はい!!!」
それから、私は水筒箱の指示に従って収録を始めた。
「完璧です!!」
「最高です。素晴らしいの一言です!!」
「神ですか!?!?!?」
私がワンカット分のセリフを言いえる度に水筒箱は絶賛してくれていた。
それが本心か否かは置いておくとして、非常に良い気分で収録ができていた。
「なあ水筒箱。ここはこのように改変した方が自然じゃないか?」
「現状でも素晴らしいのだが、こういったセリフを追加してみるのはどうだろうか」
「ここは優しく言うべきだろうか。それとも強くいった方が良いか?」
と私は誉め言葉に応えるべく、完成品がより良いものになるために積極的に意見を言うことにした。
「確かに優斗さんの演技ならこっちの方が自然ですね」
「……天才ですか?」
「どっちも神ですが……やはりコンセプト通り優しい方が良いかもしれないですね」
すると、その反応もまたすべて誉め言葉の嵐だった。
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