二、お久しぶりです、浮瀬くん
「やっぱりおでかけだよおでかけ」
「行きたい場所ないの?」
「えぇ?無いかなぁ」
「じゃあ原宿行こ」
「それは莉愛が行きたいだけでしょ」
首都圏内の学生にとって、原宿や渋谷はある種その年頃だけの聖地みたいになっている。でも私にはあまり憧れがない。人が多い所が好きじゃないのもあるだろう。
「服もあるし映画も見れる、美味しいスイーツだってあるのに!?」
「いやそれここでもあるんだよね」
ここ、横浜。果南が笑いながら地面を指差し、私はそれに頷く。横浜駅には数多のショップが立ち並び、少し歩いてみなとみらいの方へ行けば観光地である。家の周りが観光地である自分にとってはあまり珍しくもないが。
「地方民であれば……原宿のレア度が上がったのに!」
「先月も行ってなかった?」
「行った!好きなお洋服屋さんがあって」
「でも私は別に原宿にレアリティを感じないから」
却下で、と身体の前でバツ印を作る。莉愛は、仕方ないと項垂れた。
「映画は?この前見たいって言ってたやつもう公開してるんじゃない?」
果南が慣れた手つきでスマートフォンを操作し上映スケジュールを調べている。
「あーありましたね、そんな事」
「……あんた本当に秋になるとやる気失くすわね」
「遅すぎる夏バテ?」
「うーん、調子出ないんだよね」
別に何が、とは言わない。季節が嫌いだろうが好きだろうが、世界は変わらず続いていく。私の明日は続いていくはずだ。
「とりあえず映画はあり」
「その後はショッピングでもする?」
「ちょうど前日にバイト代入るから楽しみー」
「絶対使いすぎるでしょ莉愛」
行きたい所。その言葉に目を伏せる。思いつくのはある場所だった。けれど足を運ぶ勇気が出ないまま秋が過ぎていく。そんな時を十七年間続けていた。
「いいねー女子同士でデート?」
軽薄そうな声が上から降って来た。顔を上げると容姿の整った男子生徒が笑っている。ワックスで遊ばせた髪に鼻を掻く手首に付いたごつい時計が今日はよく目に入った。
「
莉愛が文句を言った男子生徒、
「そう女子だけ。仙堂は呼んでないから安心してね」
「きつ!モテないぞ
「うわ、いい歳こいて名前いじりするとかまじ?」
彼を無視すると今度は莉愛が仙堂と言い合いを始めた。
「また始まった」
大体仙堂が私に絡んで、私が彼を無視するけど莉愛が反応して言い合いを始める構図は一週間に一回くらいのペースで起きている。
「千歳っていい名前なのにね」
「いや、私も古くない?とは思ってる」
千歳という名前は両親が満場一致でつけた名前だ。外資系企業で働いている二人は職場結婚し私を産んだが、その馴れ初めが日本の古典文学が好きだったからという何とも変わった理由だった。古き良き言葉を愛す二人にとって千歳という名前は、響きも意味合いも素晴らしいものらしいが、私は何の因果かと思っている。
「ああ、でも、見つけてもらえるか」
「何か言った?」
不意に零れた言葉に果南が聞き返す。私は自分の口からそんな言葉が漏れ出しているとは思わず、驚いて口を押さえそうになったが、ここで押さえたらおかしく思われると思い何でもないと微笑んだ。彼女は気にした様子もなく、話を続ける。
ああ、だから秋は嫌いなのだ。目を閉じた瞼の裏に見える人物が嫌で小さな溜息を吐いた。
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