怪奇体験・リベンジ

青サンダル

半分の子供1

 思わず「あっ」と声が出そうになった。


 一人暮らしの部屋で、動画を見ていたのである。声を出したところでどうにもならない。ツイッターでなら「思わず声を出しちゃった」とでも書き込むところかもしれない。言葉遣いがちょっとモサいか?

 ともあれ、動画の話だ。

 木津有沙はその日、土曜日の昼過ぎからネットで動画を見ていた。もともと出不精であるところにここ数年の感染症騒ぎが重なり、随分インドアな生活を送っている。ツイッターのオトモとして、見るともなしに廃墟の空撮動画を見ていた。温泉旅館の廃墟だ。そこでふと気づいたのだ。

 この廃墟には見覚えがある。


 そもそも廃墟に興味を持ったのは、高校時代のクラスメイトの影響だった。雑談をしているときにふらっと混ぜてもらうこともあるし、もらわないこともある、ちょっとしたものの貸し借りくらいなら安心してできる、そういうくらいの距離感のクラスメイトだった。どういう話の流れだったか、「暇さえあればネットで廃墟の画像を見ている」という彼女の言葉を聞いた有沙は、そこになんともニヒルで大人っぽい雰囲気を感じ取ったものである。

 今にして思えば年齢の割に随分子供っぽいことだが、高校生の有沙は行きつけの図書館で廃墟の本を借りて、何冊か読んでみた。

 結局それほど「ニヒル」ではなかった有沙にとっては、それは図書館通いの中のマイブームの一つでしかなかった。だから、ひとつひとつの廃墟の名前なんかは覚えていないし、どれが有名なのかというのもわからない。その廃墟が印象に残っていたのは、ある写真のせいだった。

 廃墟の本にはたくさんの写真が載っているが、大抵の本には人間は写っていない。ところが、その温泉旅館の写真には、一枚だけ人間らしいものが写っていた。

 それは半分の子供だった。タイルの剥がれた大浴場の残骸の中に小学校高学年ぐらいの男の子が立っているのだが、ほぼ正面を向いているのに、その左半身が全く写真に写っていないのだ。断面などが写っているわけでもないので、アングルのマジックでそういうこともあるのかもしれないが、そもそもそこに子供がいること、子供の写り込んだ写真がそのまま掲載されていること自体がおかしい。不気味にも思ったが、結局何かアクションを起こせるものでもなし、時間が経つと自然に忘れてしまった。


 そんなあれこれを一気に思い出した有沙は、スマホを机に置いた。思いつくまま、ネット通販のサイトを開いてみる。電子書籍でもあれば買ってみようと思ったのだが、そこで手が止まった。本のタイトルがわからない。

 計画を変更し、地元の図書館のサイトを開いてみる。蔵書検索でそれらしい単語を検索してみるが、廃墟本のタイトルなんて、似たり寄ったりだ。それならばと、手当たり次第にタイトルをコピーアンドペーストしてポータルの画像検索にかけてみるが、ピンとこない。諦めてスマホに目を戻し、それでも未練がましく「廃墟 子供 半分」など思いつくままの単語をツイッターの検索窓に打ち込んでみる。若干弛緩したそのタイミングで、部屋の隅から大きな音が聞こえた。

 弾力のある何かが壁か何かにぶつかるような音だった。向きからして、隣の部屋や上下の部屋ではない。くぐもった反響音を聞いた有沙は、なんとなく音の出どころにあたりをつけていた。風呂場の扉を開くと、案の定異物が目に入った。それはサッカーボールだった。


 全然、全く、一切の心当たりがなかった。サッカーボールそのものに心当たりがない。実家にはなぜかバレーボールはあったがサッカーボールはなかった。だから自分が持ち込んだものであるはずはない。そしてこの一人暮らしの部屋は聖域だ。管理人と各種点検業者と実家の両親と妹と洗濯機を買った量販店のスタッフ以外を中に入れたことさえない。そして今日の朝にシャワーを浴びたときにはこんなものはなかった。恐ろしくなり、換気扇の中まで覗いてみたが、そちらには何の痕跡もなかった。サッカーボールには土がついていて、ボールのすぐ下に落ちていた。それから、壁の一箇所に、それこそボール大の土の跡があった。それ以外には一切の痕跡がなかった。

 げっそりした思いで有沙は管理人室を訪ねた。窓から飛び込んできたとか適当な嘘をついて、サッカーボールを落し物置き場に置いてもらうことにした。四階にボールが届くなんてすごいシュートだね、などと言われたが、適当に話を合わせた。挨拶をして部屋に戻り、鍵をかけるとぐったりソファにもたれた。休日に「店員」なり「受付」なりの肩書きを掲げていない人間と会話する事態を招いた謎のサッカーボールにほとんど怒りすら感じていた。

 負の感情を力に変えて、検索作業を再開した。どのような廃墟写真が載っていたか、どんな表紙だったか、必死で記憶を探り、並行して地道にタイトルを検索窓にコピペする。

 試行錯誤に約二時間。ついに突き止めたそのタイトルは、「廃れた建築物2 モダン建築編」というものだった。分類番号を使った蔵書検索でやっと見つけることができた。無駄にタイトルの単語を分解するな。


 問題の本を電子書籍で購入してページをめくる頃には怒りは薄れ、別の興奮に支配されていた。でも章立てのジャンプ機能があると思ったら「表紙」「目次」「奥付」しかなかったときには軽くイラっときた。指でページを送り、ついにそのページにたどり着く。もしかしたら修正されているかもと思った例の写真は、しっかりそのまま掲載されていた。半分の子供は、以前と同じように、スポーツクラブか何かのユニフォームらしい服を着ていた。

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