にじゅーはっち!


 祭りはが終わったら、撤収は早いもので。

 テントも屋台もあっという間に撤去されていく。俺も花も朱梨あかりも、汗だくになりながら、作業に没頭していった。


「朱理お兄ちゃん、私も持つ!」

「朱理お兄さん、私に任せて!」


 危ないと追い出され、お母さん達に怒られてももめげる二人じゃなかった。同調するように、他の子たちも群がってくる。


「こ、こら! みんな――」


 朱梨がなんとか統率をとろうと慌てるが、火に油を注ぐのは明らかで。


 ま、この特殊な環境――お祭りの後の高揚した気分テンシヨンなら仕方がないと思う。でも、そうは言ってもテントの支柱を保育園児に運ばせるワケにはいかないから、悩ましい。


「観月ちゃんと栞ちゃんは、そっちを手伝っちゃうんだ……」


 しゅんとした表情を見せるのは花。その両手には、段ボールが抱えられていた。


「花圃ちゃん先生、手伝うよっ!」

「私もっ!」


 観月ちゃん、栞ちゃんが手を上げれば、他の子達も賛同していく。


「助かったぁ。みんなが運動会の時に作った旗を今回、使わせてもらったからね。みんなのロッカーに返したいんだけれど、量が多かったから。来週には持って帰ってもらって、お家の人にも見てもらおうね」


 そう花はニッコリ笑って――それから、俺と目が合う。大成功、そう言っている気がした。見れば、観月ちゃんと栞ちゃんのお母さんが胸を撫で下ろしている。そりゃ、そうか。テントの支柱運びを彼女らが手伝いなんて、親の方が気が気ではなかったはずだ。


「俺もそっちに――」

「こら、キャプテン。逃げないのっ」


 見事に襟首を掴まれ、マネージャーに確保されたキャプテンだった。そのやりとり、そのものがじゃれ合いだって、みんな知っているからオールスルーである。


「婿君」


 園長――花奈かなさんに、そう声をかけられた。

 いや、だからその呼び方は……と喉元まで出た、反論を飲み込む。

 花奈さんの眼差しが、いつにも増して真剣だったから。


「終わったら、職員室の方に来てくれないか? そこで話そう」


 花奈さんは踵を返す。

 ゴクリ。


 俺は唾を飲み込んだ。

 ぐっと拳を握りしめて。


 花を守るためとは言え、火花ファイアーワークエンタープライズに喧嘩を売ってしまった。



 ――僕はむしろ火花ファイアーワークエンタープライズの一員として、この花園保育園の経営再建に協力したい、そう思っています。それなのに、この秋田ときたら、見境もなく暴力を振るってきた。彼は本当に噂通りの悪魔ですよ。



 火花の勝ち誇った目が、今でも瞼の裏側にちらつく。

 もう一度、ゴクリと唾を飲み込んだ。


(覚悟を、決めなくちゃ。)


 荷物をまとめて。それから、今度は彩翔の家にお節介になろう。お願いをすればきっと――。


 そうまで思案して、それから首を振る。

 いや、結論を出すのは、花奈さんと――それから花としっかり話し合ってからだ。



 ――だって、友達ですから。助け合うのは当然じゃないですか?



 俺が困っていると、花はニコニコ笑って、当たり前のように手を差し伸べてくれる。だったら、と拳を固める。答えを決めるのは、みんなと話し合ってからで良い。


 とん。

 見れば、彩翔が俺の胸を小さく叩いてきた。


「彩翔?」

「一人で抱え込まないでよ? それ朱理しゆりの悪いクセだからね」

「う、うん……」


 コクンと頷く。


「ちょっと、秋田ぁっ!」


 ブンブンと、藩宮はんみやさんが手を振っている。


「これ、どうしたら良い?」


 超凶器と化した大玉の存在を忘れていた。遠目から見てもボロボロである。来年の運動会では、とても使えそうにないが、ここらへんは花の判断に委ねるしかない。とりあえずは、解体するとしますか。


「今、行くっ!」

「手伝うよ」


 彩翔がニッと笑う。懐かしいなって思ってしまう。バスケ部に在籍していた時は、こうやって当たり前のように一緒に行動していたっけ。思わず、懐かしくなる。


「俺も手伝てつだ――」

「キャプテンはこっちでしょ!」


 フライヤーの掃除から逃げようとしたキャプテンは、ものの見事に首根っこ掴まれる。ふんぎゃ、という可愛らしい声をあげながら。


(本当に変わらないよね)


 ま、揚げ物終了後のフライヤーの掃除、これほど遠慮したいものは同意だけれど。若干、キャプテンに同情しながら、藩宮さんの元に駆けた俺達だった。






■■■






「来てくれたか。座ってくれ、婿君」

「いや、だから、その呼び方――」


 どうも花奈さんのペースに、乱されてばかりな気がする。もう何度も入った職員室。花とや朱梨と一緒に、壁面作りやゲーム作りで、この場所で作業に没頭した。夜の職員室は、やけに無機質に感じてしまう。


 俺は深呼吸をする。


 これから俺は、自分が犯した行動を精算しないとけない。

 唇が乾く。喉の奥底まで緊張でヒリヒリしてくる。

 と、花奈さんは何か思索しながら、ドアの方に視線を送る。


「……花奈さん?」

「なんでもない」


 ふんわりと微笑んで、俺のに座る。


「……いや、あの花奈さん? 別に俺の隣に座る必要はないんじゃないか、と……」

「婿君は、私が隣じゃ不服か?」

「いや、そういうことじゃなくて!」


 居心地が悪いの、理解して!


 だって、花と花奈さんは、本当によく似ている。あどけなさと清純さ、可憐さがあるのが花だとしたら。そこに、少し艶やかで大人びいて。でも、どこか少女のような純真さを兼ね備えているのが、花奈さんだと思う。


 大人になって、思春期の蛹から脱皮した花は、きっとこんな風に成長していくんだろうと思ってしまう。

 ついそんな目で見てしまう。意識したら鼓動が鳴り止まない。


「……婿君は、本当にアッキーに似ているね」

「へ?」


 アッキーが、自分の父親だと気付くまでにコンマ、数秒。でもそれが永遠に感じてしまう。


「私の初恋はね、アッキーだったんだよね」


 と花奈さんが俺を覗きこんでくる。少し腰をずらせば、間髪入れず花奈さんが詰めてくる。さながら追い詰められた獲物状態だった。


「あ、あの花奈さん――」

「本当にアッキーに似てる」


 さらっと、花奈さんが俺の髪を撫でる。


(……いや、あの花奈さん? だから、ちか、近い、ちょっと本当に近いから……)


 なんで俺の目を覗きこんでくるの?


「初恋って叶わないものだとして。初恋の人に良く似た人を好きになることまでは、咎められないんじゃないかなって、思うんだけど。婿君はどう思う?」


「え、えっと……それは、もちろん。人の惚れた好いたを誰も咎められないというか……、あくまで当事者の問題だとは思いますけれど――」


「だったら良いよね?」


 すっと、花奈さんが距離を埋めていく。耳朶に息がかかるくらいのゼロ距離。そりゃ俺だって男子高校生だ。花奈さんのような綺麗な人に迫られたら理性も落ち――と、なぜここで花の顔がチラつくの、どうしてなのだろう。

 俺は少しだけ、腰をずらした。


「あの……花奈さん、俺――」

「だめぇぇぇぇっ!」


 そんな花の声が響いて、俺は目を丸くした。










「ちょっと、花圃ちゃん先輩押さないで!」

「むぎゅーっ」

「あー、栞ちゃんっ!」


「年寄りはいたわるものさね!」


「秋田……そういうの、いけないと思う……」

「園長先生、秋田君は私も良いと思っていたのに、抜け駆けズルい!」


「これはなかなか羨ま――いや、けしからんっ」

「なにが羨ましいのか、ちょっと説明してもらおうかな、キャプテン?」


「「……バカ」」

「こうなったら、どーんっ!」


 朱梨、栞ちゃん、梅さん、藩宮さん、守田先生にキャプテン……っておい、キャプテンは何を言ってるの?! ほら、マネージャーがまた怖い顔になってるじゃん! 彩翔と湊は呆れている場合じゃないから!


 観月ちゃんが最後にトドメを刺して、人の雪崩がおきた。


「釣れたね?」


 ニッと花奈さんがイタズラ大成功と言わんばかりに笑んでいる。いや、この状況、どうするの? とてもシリアスなお話ができる空気じゃないんだけれど――。







「しゅー君」


 満面の笑顔で、花が微笑んだ。

 満面の笑顔なのに、その目はまるで笑っていない。


 どこかで見たと思ったら――融点を越えたマネージャーが、キャプテンを見る眼差しと、まんま一緒で。


「お母さんとしゅー君、なんでそんなに距離が近いのかな? どうして横並びで座る必要があるのかな? ねぇ、どうして? どうして? どうして? どうして?」


 あの、花さん?

 目の色がまるでモノトーン。すっかり色を失った双眸で、俺のことを見るのかなり堪えるのですが?。


「……はなはなちゃんってヤンデレ気質あるんだね。ちょっとびっくり」

「うん、意外。でも、鉄の聖母様ってイメージよりも人間くさくて良いと思うけどね」


 湊も彩翔も呑気に傍観していないで助けて!


 キャプテン、同類を見つけたと言わんばかりに握手を求めないで! そういう行動がマネージャーの神経を逆撫でするの、いい加減学習をして――そんな風に俺が胸中で慌てふためいていると、花にガシッとその手首を掴まれた。


イタっ、イタイ、痛いっ――!)

 手首が――手根骨が、ギシギシいう。

































「「ちゃんとお話しをしようね?」」


 満面の笑顔の花とマネージャーの顔が網膜に焼きつく。


「ひっ」


 俺とキャプテンは小さく悲鳴を上げることしかできなかった。

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