第2話 愛する人
ミューズの話は瞬く間に広がった。
茶会で倒れ、他の令嬢に見られていたので、口止めも出来ぬうちにあれよあれよと話がまわったのだ。
ミューズの美貌は失われ、醜い容姿になったと。
あれ程来ていた茶会の申込みもぱたりと止み、友人がくれる心配の手紙も、数人を残し極端に減った。
そういう事もあって、自分の姿があまりにも変貌してしまったのもあり、ミューズは落ち込む。
しかし救われた事もあった。
「ミューズ、今日の調子はどうだい?」
ティタンの変わらぬ態度と話し方だ。
あれからティタンは休みの度に手土産を持って、ミューズのところにお見舞いに来ていた。
お花であったり領地で取れた栄養たっぷりの野菜や果物であったり、体を動かせないミューズの為に本なども持ってきてくれる。
腫れてパンパンになったミューズの手に自分の手を添え、仕事場や街で見聞した面白い話をしてくれた。
ミューズの病状についてなどは、ティタンは聞きもしない。
ただ痛くないかとだけ聞き、ミューズの手や背中をさすったりと労ってくれる。
そんなティタンの優しさにミューズも感謝が絶えなかった。
病状は良くも悪くもなってない…、いや、やや悪化傾向である。
依然として原因不明で、少しだけ体を起こせるようになったものの、すぐに息切れを起こしてしまうのだ。
その様子を見て、ティタンはまた来るよとミューズの傷んだ髪を一房掬い、キスをして帰る。
ティタンからの愛情は容姿が醜くなっても変わらなかった。
「ティタンお前よく保つよなぁ、婚約者のところにそんなに足繁く通って」
「婚約者だから当然だろ」
騎士団の仲間が休憩時間にそんな話題を振る。
「話は聞いたけど、相当酷いんだろ?休みの時は付きっきりだし、休む暇もないんじゃないか?」
「今つらいのはミューズだ。俺じゃない」
苦い顔をしてティタンは応える。
ミューズに対して行う事に全く負担は感じていないのだが、周囲はそうとは思ってくれないのだ。
「それにしても2ヶ月も経つんだぞ? 無理するんじゃねえぞ、騎士団もお前がいないと困る」
ティタンの腕は騎士団の中でも上位の方だ。
その活躍はだんだんと広まり、今や王の耳にも入るくらいのものとなった。
そんな新進気鋭のティタンなので、婚約者の噂が絡みついてくるようになっている。
「……正直、婚約破棄も検討したほうがいいんじゃないか?」
「なんだと?」
低いティタンの声。目には怒りの色が現れる。
「いろんな噂が飛び交っている。いまじゃ殆どのやつが知ってるぞ」
ミューズの悪評がどんどん流されているのは知っていた。
公爵家であれだけの美人だ、羨望もあれば悪意の嫉妬も大いにある。
下位貴族を見下してお高くとまっていると言われ、王族や公爵位のものも袖にしているなどのやっかみを買っているのだ。
事実無根だし、ミューズにその気はないのだが、今まで振られた者たちがそんな噂を流していて。
火のないところに煙を立たせるものはとても多く、恨まれた相手から毒を盛られたのじゃないかとの話も出ている。
ティタンももちろんあの日の茶会について調べた。
その時の令嬢達やそのメイド達にまでしつこく聞きまわり情報を集めたのだが、しかし何も出て来ず、今は手詰まりをおこしている。
そんな中、王子からも一目置かれ始めたティタンのもとへ、今までなかった高位貴族達からの縁談話が降ってきていた。
もちろん受ける気はないのだが、今のミューズの状態を皆が知っているため、何かあればいち早く縁談を結ぼうと周囲は機会を窺っている。
そんな者達に苛立ちしか感じていない。
「婚約破棄などしない、俺の妻になるのはミューズだけだ」
公爵家であるミューズと伯爵家であるティタンは圧倒的に格差がある。
しかし、小さい頃からお互いを想い、惹かれ、口約束で結婚の約束をした後、十二の時に正式に婚約した。ようやっと結ばれた人と何故別れなければいけないのか、理解出来ない。
優しく自分だけを見つめてくれる彼女。
身分が違いすぎて離れようと言った時は、泣きながら怒られた。
普段淑女として教育された冷静な彼女が、子どものように泣きじゃくり癇癪を起こしたのだ。
もう絶対に自分を卑下する事はしないと誓い、彼女に相応しくなるため騎士として研鑽を高めた。
彼女がこのようになってしまい寧ろ自分が守らなければと奮起しているのに。
「隣国の王女殿下もお前に好意を抱いてるんだろう? 折角のチャンスじゃないか」
ティタンは身震いした。
「俺にとってはチャンスじゃない。ミューズ以外の女などいらん」
どんなに姿が変わろうと愛する人に変わりはない。
寧ろ余計な者たちが彼女の周りから減って嬉しい限りだ。
しかし、彼女を傷つけるものは許せない、許さない。
彼女に毒物を盛った者を断罪したら、悪評を流したものも取り締まる。
必ずのし上がってその権力を掴むのだ。
ティタンは決意を込めて剣を握った。
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