エピローグ
行方不明の女生徒達は、翌日には回復した。
外傷も心的要因のトラウマも無く、幸か不幸か東の山で捕まっていた出来事を覚えていないようで、それは白川和泉も同様だった。
怪異や呪術、この世の神秘は秘匿するもの。
それは、その世界に身を置く者たちの大前提である。
「元々記憶は消すつもりだった。覚えていてもいいことはないからね。むしろ吹聴されることで不利になる危険がある。記憶操作は当然の帰結だね。要は、一つ手間が省けたってことだ」とは三ノ
あの後、三ノ女邸で会話を交えた時に零した一言だった。
翌日、三ノ女邸に宿泊した面々は使用人達に起こされる。
何事もなかったかのように学校に向かう準備を始める女性陣に反して、寄名蒐の頭は未だ眠気に支配されていた。
「何寝ぼけているの、今日くらい休みたいとか言わないでよ、今日と明日頑張れば休日に入るんだから、乗り越えなさい」と目の隈が色濃い巣南に叱咤される始末だった。
土蜘蛛に捉えられていた女生徒達は三ノ女邸の客室で安静にしている。
彼女達には、ひょんなことから肝試しをやることになり、怖いものを見て意識不明になってしまったと伝えたらしい。
オカ研の文化祭で披露した百物語は、彼女たちの恐怖心を煽るには十分すぎる話術を授けてくれたらしい。巣南瑞穂の口から出てくるのはあまりにもフィクション要素の強い怪談だったが、現実味のない状況で聞くそれは、妙にリアリティがあったようだ。
行方不明者を確保したという事実は既に学園側に報告済みである。学園側からは礼も非礼も無く、女生徒達は週明けから授業に復帰するとのことだった。
その中にはもちろん、高山渚と白川和泉も含まれている。
「俺がまとめるのもおかしいが、今回はご苦労だったな。大変残念なことに取り返しのつかない被害者は出てしまったが、この猟奇性から鑑みるに、今回で止めなければ矢継ぎ早に被害は拡大していただろう。不幸中の幸いとはこういうことを言うんだな」
授業を終えた放課後の部室、今回の事件に関わった面々が顔を突き合わせている。
ホワイトボードの前では丸腰が立ち、概要と結果をまとめていた。
あの森で最後に現れた男は美並群青というらしい。とある時期から妄執的に黄金比の人型、神の存在に捕らわれていたようで、彼の住む部屋からは古今東西大小さまざまな人形や、それに関する文献や参考書が発見された。完璧な人と題して、その作成方法を書き綴ったノートも置いてあり、そこには『人を素材として、生きたまま瑞々しく部品を繋ぎ合わせることが、現時点での最良の方法』と書いてあったとのことだ。
「間違いなく死刑だよ、東の山中で奴が根城にしていた小屋も発見した。死んだ女性たちの残りの部位と一緒にな。相当悲惨だったようだ。屈強な刑事たちが顔を逸らすくらいにはな。今回のことがきっかけで、三年生の間で伝えられていた東の山の抜け道は完全に閉鎖。学園側がすぐに行動に移したようだ。学園の権利や校則というルールで、病的なまでに隔離したことが今回の事件を招いたと思うんだが、如何せん学園側の狙いが分からないから口出しはできない」
手にしたメモ帳を読みながら悔しそうな顔をする丸腰。
彼にとって本当に知りたいことは禁忌の山を含む、学園の秘密なのだろう。
怪異について知っている彼からすれば、禁忌の山が怪異絡みの場所だとわかるはず。それは蒐も含めて、今は理解できている。
だが、それだけでは説明できない違和感が尾咲学園にはあるのだろう。
一日もあれば大抵のことを調べ上げてしまう彼の能力をもってしても、尾咲学園の秘密には手も足も出ないようだ。
伝えるべきことを伝えた後、丸腰は部室を後にした。
共に話を聞いていた三ノ女飛鳥も後処理に追われているのか、挨拶もそこそこに部室を後にした。
部室には巣南と蒐だけが残される。
まだ日が沈む前、解散するには微妙に早い時間。
西日で部室内が赤く染まる。すきま風が妙に冷たかった。
「そういえば、あの事件の後、高山先輩どうなったのかしらね」
「高山先輩だけは、記憶を残してるからね」
事件の被害者には記憶の欠落が見受けられたが、高山渚は意識のある当事者だった。そのため、全貌を把握している。
三ノ女家の面々が記憶の操作を試みたが、今回の強烈な経験がトラウマのように脳裏に焼き付いているため、心身に根付いたその記憶を消すと脳に大きな障害が残るリスクがあるとのことだった。
天衣稲の力を借りることも考えたが、人間側ではなく怪異側の立場で物事を考える彼女は「別に消さなくてもいいんじゃない? そのほうが面白そうだ」と、三ノ女家にこれ以上手を貸さないという言葉を守っているようだった。
そのため、見るも無残だった顔の傷は快癒したが、清廉潔白だった心は重症を残したまま。その状態で彼女は今後も学園生活を送ることになる。
「でも、大丈夫だと思うよ。何だか吹っ切れたような顔をしてたから」
「ふうん、そう。それだけ本気ってことなのかしら」
「本気って、何が?」
「え? ううん、何でもないわ」
かぶりを振って、この話は終わりとばかりに巣南は追及を拒否した。
恋だ愛だの話は、今は相応しくない。
少なくとも私達には、と思いながら。
その在り方を怪異と同等と評された金髪の少女は、あの時の最後の白川和泉の叫びに、どこか晴れやかな表情すら浮かべていた。
「あんなに怖がられると、もうコメディだよ。誰かに顔を見て泣き叫ばれたのなんて初めてだ。やっぱり私にとって和泉は特別だね。多少悲しくはあったけど、全然嫌だと思わなかったんだから」
登校前の三ノ女邸の談話室での会話。高山渚は穏やかな表情で語っていた。
「私はね、ただの中身のない偶像だったんだよ。学年のカリスマなんて呼ばれてね。外見と内面どちらが綺麗かなんて、そんな論議の立ち位置にすら立てていなかったんだ。その心の空洞を怪異に付け込まれたんだね。周囲に集まる人は全部上辺だけ、心の中まで入ってくる気概のある学友なんていない。逃げ場のない寮生であることが、更にその状況に拍車をかけた。四六時中そんな状況の最中に居たんだ。かくいう私もそれを無意識に理解していて、その一方的な期待に答えるように振る舞っていた。言ってみれば八方美人だね。そんな態度を取っていれば、いつか手痛い目に合うというのに……それが今回の出来事だ。でも、和泉のために行動した私自身を否定しないし、むしろ誇りに思ってる。怒って泣いて笑って絶望したけど、初めて自分が生きているんだって実感できたから」
「ただ、傷つけた人たちのために何らかの罪滅ぼしはしたいかな」と締めくくる。その表情に取り繕ったような笑顔はない。
もしかすると彼女の周りには二度と、取り巻きのような上辺だけの関係の人達は寄ってこないだろう。
そのような人間が寄ってきたら、逆に追い払ってしまうくらいの凄みを秘めている。そんな予感を思わせる横顔だった。
「よし、集まってるじゃないか。ここに来るのは初めてだが、そうだな。多少陰気臭いが悪くはない。だが手狭だな。壁をぶち破って隣とつなげてみたらどうだ?」
オカルト研究会の部室の扉が開かれる。
あの日、最後の手助けをしてくれた金髪の美女が入ってくる。
天衣稲。三ノ女飛鳥は彼女のことを化け狐と呼んでいる。
人間ではなく怪異であり、本人の弁であれば神に匹敵すると。
蒐は試しにあの後、握手を迫り触れてみたが、怪異特有の背筋に奔る悪寒のような気はなかった。
神には人間に害を及ぼす存在もいるが、少なくとも今の私は善神。善い神様に触れて嫌な気がするわけないだろう?とのことだ。
「天衣先輩? 席はまた設けるって」
「こんにちは天衣先輩。あの日以来ですね」
「ああ、巣南はいい子だな、ちゃんと挨拶ができる。それに比べ寄名は出し抜けになんだ、アドリブに弱い芸人でもあるまいに」
天衣は小上がりになっている座敷の淵に腰を落ち着ける。
「席を設けるとは言ったが、怪異の天敵である小娘とこれ以上慣れ合うつもりはないよ。あの時は方針が同じだったから協力したんだ。今となっては警戒する相手さ。小娘も敵意を隠していなかったろ?」
「た、確かに……そう、なんです?」
「そうなんだよ。君達の周りにはフラットな関係の怪異や呪術師がいるから実感は無いだろうがね。本来、双方はもっとドライな関係なんだ。それに私の本命は君たち二人だ」
天衣は立ち上がり、座敷に座っている二人の前で仁王立ちした。
「おまえ達、私の事務所に入らないか?」
輝く金髪をなびかせる長身の美女は、また新しい事件が始まりそうな予感がする言葉を発した。
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