11月15日 1

「行方不明者は桜井由美、若月玲香、白川和泉、高山渚、橋本紗友里の計五人。すべてこの学園の三年生だ。前者四人の目撃情報はすべて、南部の繁華街と東部の住宅街となっている。時系列的には東部の住宅街が後だな。橋本紗友里については、彼女が犯人と思わしき人物と一緒に居るのを目撃した人物がいる。その人物についてはあとで触れるが、今は三ノ女家が保護している。どうやら尾咲市西部で犯行現場を目撃したらしい。学園側はこのとんでもない事件を公表しないことに決めた。秘密裏に処理するってことだな。まあ今まで起きた事件なんかも似たような処置をしてきたんだろう。警察にもこの情報は出ていない。隔離された空間ってのは怖いな。居なくなった人間に気づかないんだからよ。週末に起きた事件とはいえ、発覚したのも昨日の今日だ」

 放課後のオカルト研究会の部室。もはや部室の置物になってしまったホワイトボードには、拡大印刷した尾咲市の地図が貼ってある。その中にメモが書かれたいくつかの付箋と赤い丸。

 オカ研の部室に集まった蒐、巣南、三ノさんのめは丸腰の集めた情報をもとに殺人地図マーダーマップを作っていた。


「昨晩、三ノ女家で保護した尾咲学園三年生の女生徒からの報告だ。尾咲市の西の山沿いの側道、そこでここの女生徒が連れ去られるのを見たそうだ。その時、連れ去った女性と目が合って怖くなり、夢中で走り続けていたら三ノ女邸の前に着いたらしい。驚いたよ。今日丸腰君に調べてもらった結果、連れ去られた子は橋本紗友里で間違いない。昨日登校していて、今日欠席の三年生は彼女だけだったからね。寮の部屋にもいないようだった」

「尾咲市西部は住宅街だが、三ノ女のデカい敷地があって一般住宅はそこまで多くない。しかも山沿いとなると完全に私有地との境目だ。ほとんど誰も近づかなくなる。尾咲学園の生徒で夜間に出歩く奴なんてのもほぼ皆無だ。事件が発生していない以上、三ノ女家の見回りも無い。格好の狩場だったんだな」

「それについては弁明のしようがない。事件は金曜日から立て続けに毎日発生していた。その三日間、三ノ女は機能していなかったからね。頭の痛い話だ。だが事件が起きていて、それを知ってしまったからには無視できないのがボク達だ。しかし組織である以上、うちの職員たちを簡単に動かすことはできない。他にも抱えている案件があるし、学園側もおおやけにしていない以上、波風を立てるような派手な操作も危険が伴う。もちろん、協力はするが三ノ女家の力はあまり期待しないでほしい。そこで、続けざまで申し訳ないが、また君たちの力を借りたいんだ」


 オカ研の座敷の上、三ノ女飛鳥がオカルト研究会の部員たちに頭を下げる。

「そんな、顔を上げてください飛鳥先輩」

「いや、これは頭を下げるべき案件だ。何より危険が伴う。すでに五人の女生徒が行方不明になっているんだ。ボクは君たちに命を賭けろと言っているようなものなんだよ」

 頭を上げた三ノ女がまっすぐな目で巣南を見据える。

 その心の中まで見透かすような異質な視線を受けて、巣南は何も言えなくなってしまう。

「話を戻していいか? 俺は三ノ女先輩に頼まれたことを報告に来た。そして新たに三ノ女先輩から情報をもらうことで、また調査に赴くつもりだ。各行方不明者の個人情報や人間関係を除けば、俺からの情報はすべて話したぜ。次はそちらの番だ」


 丸腰が持っていた黒ペンを渡したが、三ノ女は受け取らず話し出した。

「ぼくからはそこに書くことはないよ。ボクの話を聞いて書くべきだと思ったことを君が書いてくれ。とはいえ話せることは少ない。目撃者から聞いた、犯行を行っていた人物の姿くらいだ」

 謙遜しているが、それは今回の事件の中で最も有力な情報のはずだ。

「犯行を行っていた人物の呼称は犯人に統一しておこう。まず髪は金髪のロング、背格好や体のラインの細さから女性だと思ったそうだ。右手には包丁を持っていて、刀身が細いと言っていたから、刺身が筋引包丁だとボクは思っている。顔は半分以上がマスクで覆われていて、目元しか見えなかったそうだ。遠目だったから顔ははっきりと見えなかったけど、同年代かもしれないと思ったらしいよ」

「同年代かもしれない?」

「そう。とりあえず中年やそれ以降の年齢ではないと感じたみたい。犯人の歩き方や、見えている肌からそう感じたのかな? こういう時の直感はあながち無視できないよ」

 丸腰が、三ノ女から出てきた情報をホワイトボードの空いている部分に書き加えていく。


「世間に公表してはいないけど、今、尾咲学園では女子生徒連続行方不明事件が起きていて、三ノ女先輩の独断ではあるけど、秘密裏にそれを解決する必要があると感じた。だからオカ研も力を貸してほしい。その認識でいいですか?」

「そうだ、申し訳ないけどね。あと丸腰君は勝手に借りたよ。ボク個人だけなら好き勝手動くのは構わないんだけど、三ノ女家全体でとなると、依頼がなければ動くことが出来ないんだ。依頼というのは警察機構や、被害者遺族等の個人が対象となる。もちろんビジネスである以上は金銭のやり取りもある。大きなリスクを伴う案件にボランティア精神で下手に手を出せない」

 蒐の問いかけに悔しそうな表情を見せる三ノ女。

 視線を逸らして歯がゆそうに唇を噛む姿は、何もできない自分を攻めているのだろう。

 実際、行方不明の女性たちは、生徒の安全を約束する学園にも、市民を守るはずの警察機構にも、街を守るはずの地主一族にも、誰からも守られず、半ば見捨てられている状態だった。

「君たちを頼るのはホントは抵抗があった。この事件はボクが思うに怪異や呪術師が関係していると思う。呪術師ならまだしも、怪異が認識できないボクだとどこかで手詰まりが起こるだろう。だから君が協力してくれるだけで捜査は段違いにスムーズに進むんだ。だけどこれは、君が今まで経験してきた優しい事案ではない。事件だ。それもかなり大きな、ね。行方不明の女子生徒たちに関しては命の保証も無ければ、もしかすると君たちに危害が加わる恐れもある。平然と人に乱暴なことができる相手と対峙することになる。一生抱えるトラウマを植え付けられる恐れだってある」

 沈黙が訪れる。

 被害者はすべて生死も含めて行方不明となっており、犯人と思われる人物は刃物を握っている。

 ドッペルゲンガーや塗り壁の時とは違う。これは明確な暴力性を伴っている事件だ。

「飛鳥先輩、丸腰がいる前で怪異とか呪術師って単語は―――」

「どうしたんだ巣南? 怪異や呪術についてなら知ってるぜ」

 慌てる巣南をしり目に丸腰は平然と答える。

「え、知ってるの?」

「これでも一応、この街の警察官の息子だからな。超常現象じみた説明不可の力については、尾咲市を管轄かんかつにしてる一部の警察官に知れ渡っている。公衆に晒されることが禁忌とされていることも含めてな。俺も親の仕事を勝手に盗み見て知ったよ。お前ら二人が、そんな世界と関わり合いになってることは知らなかったがな。あと三ノ女家とは古くから交流があった。子供ながら、この家の人間は普通じゃないとか思ってたぜ」

 興味なさげに遠くを見るような目をしている。あるいはわざとそうしているのか。

 丸腰が元来、自分のことは話したがらず、パーソナルスペースには決して踏み込ませない立ち振る舞いをすることは理解していた。個人的な話になると決まって自然に話を逸らすようにしていることも。

 家の話を引き合いに出されることを基本的に好まないのだ。

「お前らには悪いが、知ったうえで俺は無視に徹するぜ。今日やった調査や聞き込みのような、絶対に安全な人間の相手なら喜んで引き受けるが、てめえの身を危険に晒すつもりはない。そっち方面にはそっち方面の専門家がいるんだろ? あんたら三ノ女家みたいによ」

「ああ、君はそれでいい。諜報員よろしく秘密裏に奔走してくれ。これでも君の能力は買ってるんだ。また何かわかったら知らせてくれ」

「へいへい、わかりましたよ。んじゃお前ら、あんま無茶すんじゃねえぞ。今回の事件はマジで洒落になんねえ、中途半端な気持ちで足を突っ込むくらいなら最初から手を引いておけよ」

 三ノ女の話し方で、これ以上出てくる情報はないと判断したのか、もう報告する内容が無くなったのか、丸腰は部室を後にした。


「不器用な男だね。一見冷たそうに見えるけど君たちを心配しているんだよ」

「ええ、わかってますよ」

 三ノ女は座敷から降りて蒐と巣南に向き合うようにホワイトボードの前に立つ。

「さて、事件の概要は話したよ。ボクはこれから右に左に、調査に奔走ほんそうするわけだけど、その前に君たちの意思確認をしておきたい。瑞穂」

 下を向いていた巣南は顔を上げた。

「先ほども言ったように、今回は危険が伴う内容だ。特に君みたいな女性は狙われる確率が高い。何度も言うがこれは決して、今までの遊び感覚の出来事じゃない。本来であれば、多くの大人達や組織が立ち向かうべき事件だ。協力するというのなら、ボクは容赦なく君を使う。犯人を炙り出すためには、君はとても都合のいい立ち位置にいるからね。もちろんボクが全力で守ると保証しよう」

 巣南は三ノ女の言葉を受けて何も言い返せない。

「瑞穂、選択の時はいつも突然で一瞬で理不尽だ。君の心構えなど関係なくやってくる。今がその時だ。正直、今のままであれば君は普通の日常に帰ることが出来る。この学園を普通に卒業して、進学して就職して、不自由もないけど刺激もない、幸せな生活を送ることが出来るんだよ」


 巣南は幾重もの偶然の境遇が重なり合って、ドッペルゲンガーを生み出してしまったに過ぎない。それを除けば、怪異が視えるだけの普通の女の子だ。それだけでも十分に危険は伴うが、対処はできる。自ら渦中に飛び込んでいかなければいいだけの話だ。

 今回みたいな他人の不幸を見ないふりしていけば、幸せに生きていける。

「飛鳥先輩、私のことを甘く見過ぎですよ。怖い思いをしている女性がいることを知って、私の力で助け出せるんだとしたら、見逃せるわけないじゃないですか。それに遊び感覚だったことなんて一度もないです。理不尽な想いも、目を逸らして救えなかった人がいることも私は経験してきました。私はあの日ここで、もう間違えないと誓ったんです」

 巣南が三ノ女を見つめる。

 今までは尊敬の念を込めた、親しみを持った視線で三ノ女を見ていた彼女だが、今は決意を込めた強く鋭い視線で射貫くように見つめている。

 均整の取れた綺麗な顔立ちがその鋭さを際立たせ、背筋に恐怖を感じるほどだった。

 憧れの先輩に引っ付く、無知で穢れがない小娘のような彼女はそこに居ない。

「いいのかい?」

「ええ、覚悟ならとっくに決まっています」

 三ノ女の言葉は今回の事件についてだけではなく、今後の人生を示唆しさしての言葉だった。

 だが、意味を理解していながら怯むことなく肯定する巣南を見て、ようやく彼女を認めた。

「わかった、瑞穂も参加ということで走り回ってもらうよ。それで、寄名君はもちろん協力するよね。君に関しては意思確認をしないよ。断ると言っても無理やり付き合わせる。君にとってこの経験は必要になる。」

「ええ、もちろんです。正義の味方になるつもりはありませんけど、救える人がいるなら救いましょう」

「君はそういう男の子だよね、善か悪かでいえば善人だ。わかった。活動拠点をここオカルト研究会の部室として、今夜から早速行動を開始しよう」


「飛鳥先輩、今夜からって言いますけど、犯人が犯行を行う時刻は分かっているんですか?」

「そういえば伝えてなかったね。丸腰君は……まあ彼のことだから把握しているだろう。自分から危険に飛び込むでもないし、放っておこう。前者四人の最終目撃情報は全て二十時前後。五人目の被害者の目撃者がうちに駆け込んできたのが二十二時前頃だったことから、その間の約二時間というところだろう」

 三ノ女がホワイトボードに新たな情報を書き加えていく。女の子らしい可愛い丸文字だった。

「三ノ女先輩、その時間だと俺達は出歩けないですよ。学生寮の門限が二十時なので」

「ああ、その通りだ。そして重要なことでもある。まずはそうだな……君たちには事件解決まで門限を破ってもらう」

 事件解決のため、三ノ女飛鳥が提案する内容はこうだった。

 これから事件が解決するまで毎日、三ノ女の迎えの車が学園へとやってくる。三人はその車に乗って街に繰り出し、二十二時を目途に犯人を捜すための見回りを開始する。見回り終了後は三ノ女邸へと帰還し、蒐と巣南は客間にて就寝する。朝は三ノ女家から学園に向かう。という方針。


 しかし闇雲に探しても、広い尾咲市内で意中の相手を見つけることは不可能に近いだろう。

 見回りの基盤を固める前段階として、まず学園を出発するのは二十時前とする。その時点で学生寮に居ない人物を調べ上げ、その人物が向かうであろう場所を推測して探す、あるいは聞き込みをする。運良く見つけることが出来れば秘密裏に護衛、犯人が出てくるのを待つ。犯人が出てきたタイミングで現行犯で捕まえるということだった。

「方針はおおよそ分かりました。ただ、学生寮に居ない人物を調べあげるということと、その居ない人物が居るであろう場所の特定が困難だと思うのですが」

「それについては考えてある。まずは学生寮に居ない人物を調べ上げる、という点だが、これは瑞穂に任せたい」

「私ですか?」

「ああ。そこまで難しくないしボクがやってもいいのだけどね。瑞穂は二十時前になったら学生寮の裏、寮生の各部屋が見えるベランダ側に回ってほしい。そこで灯りの消えている部屋をチェックするんだ」

「灯りの消えている部屋? そんなことでいいんですか?」

「ああ、二十時に就寝している生徒なんて稀だし、部屋が消灯しているということは部屋に居ないということだろう? それだけである程度絞ることができる」

「わかりました。けど、その時間だと寮の食堂で食事していたり、売店やランドリーに居て部屋から出てる生徒もいると思います。そういった生徒はどうするんですか」

「そこは気にしなくていい。ボクも正確に調べることは不可能だと思ってる。この時点ではある程度絞り込むだけでいいんだ。その後は調べた結果を元に、三人で街に向かいながら、学生寮に居ない人物がどこに向かうかを推測していく」

「その推測はどうやってやるんです? 俺も巣南さんも人付き合いに明るいわけじゃありません。仮に三ノ女先輩の人脈が広いとしても、生徒全員を把握しているわけじゃないでしょう。ただでさえこの学園は、学生寮も含めて他学年との交流が希薄なんです」

 だからこそ、丸腰の調査能力は全員が認めるところだった。

 一体どうやってこの学園の謎を調べているのだろうか。

 三ノ女が諜報員とはやし立てていたのも納得できる。


「それについて抜かりはないよ。やるなら徹底的にだ。ボクはこの学園の秘密を暴きたいと言っていただろう? こういう事件を予期していたわけではないが、生徒全員の素行は定期的に調査しているんだ。何かに使えると思ってね」

 その素行調査ファイルは三ノ女と丸腰が独自で調べあげたという。

 尾咲学園に通う全生徒の趣味嗜好や交友関係、彼氏彼女遍歴、行動範囲、隠れてしているアルバイト先、贔屓ひいきにしている飲食店、アクションを起こす際の優先順位、さかのぼれるだけの家系図や、家族親戚の名前住所職場まで網羅もうらしてあるという、触れてはいけないブラックボックスだった。

「……飛鳥先輩、人権という言葉を知っていますか?」

「失礼な、知っているさ。三ノ女家で厳重に保管してあって卒業するときには破棄する予定だ。このファイルをむやみやたらに使うことはない。好きで作ったわけでもないし、ホントに嫌な作業だったよ」

 「細かい作業は性に合わないんだ、秘密を暴いてるみたいで罪悪感も強かったし」と三ノ女は眉間にしわを寄せて不機嫌そうに唇を尖らせる。

 そこまで言うなら、何故そのようなファイルを作ったのだろうと言いたくなったが、嫌だという作業をそれでも完遂したのは、本気で学園について調べようとしている意思の表れなのだろう。あまり軽い気持ちで突っ込むべきでは無いのかもしれない。


「では、事件概要と今後の方針は今言った通り、問題や質問が無ければ今からでも動き出そう。見回りについては追って話すよ。犯人の姿をこの目で認めるまではそれほど無茶はさせないと誓う」

 絶対ではなく、それほどという言い方から、じれったい時は何かしらの方法で炙り出すのだろう。

 危険な調査に臨むにあたって、絶対に安全なことなど無いと言っているのだ。

「これからってことは、今日は飛鳥先輩の家に泊まるってことですよね?」

「ああ、そうだね。あと一時間もしないうちにこの学園を発つよ」

 部室に時計はないが、三ノ女は何故か正確な時間が分かるらしい。

 きっと体内時計が正確なのだろう。

 巣南は気にも留めていない相手から告白をされた時のような、照れてるのか困っているのかわからない気まずい表情をしていた。

「瑞穂は枕が変わると眠れなくなるタイプかい? それとも愛用のシャンプーや化粧水でもあるのかな。ボクの家には女性の使用人がたくさんいるから各種取り揃えてはいるけど、やはり普段使っているモノを使いたいものかい?」

「そ、そうですね。枕は変わっても平気ですけど、着替えとか、何泊続くかもわからないですし」

「心配性なんだね。外泊しても翌日には学校に来れるんだから、その時に寮の自室に立ち寄るなりして、何かしらの身の回りの不具合を修正したらいいと思うんだけど」

「飛鳥先輩はそれでもいいかもしれませんけど、私は準備や部屋の掃除が必要なんです! ちょっと準備してきます。二十時前に寮の横にある駐車場で待ち合わせましょう」

 言い終わるのと巣南が動き出すのは同時だった。

 女性はいろいろあるんだろうと、部室を後にした彼女を見て、無理やり納得する三ノ女と蒐だった。


 三ノ女もその後すぐに「学園に何か違和感がないか見てくるよ」と言って席を外した。

 騒がしかった部室がすぐに静かになる。

 聞こえるのは窓の外で木々を揺らす風の音と葉っぱの音。

 完全に日が沈んだ部室はほとんど何も見えない。

 殺人地図に黒マジックで書かれたメモが月の光でキラキラと反射している。

 窓から差し込む月明かり以外には、部室のほとんどを闇が支配していた。

(ご主人様、話はすべて聞いておりました。私も今回の一件は、凶暴な怪異が絡んでいると思います。今までになく危険な局面となるでしょう。恐らくご主人様にとって初めての戦闘行為、命の取り合いを経験することになるはずです)

 心の中で青行灯が語り掛ける。その傍らにはドッペルゲンガーや塗り壁もいるようだった。言葉にはしていないが主のことを心配する気持ちが伝わってくる。

「大丈夫だよ。事の大きさは理解している。俺は小さいころ入院していたことがあってね。なんで入院していたかはわからないんだけど、その時に一人の医者に言われたことがあるんだ。その人はたった一日、数時間だけ俺を見てくれたんだけど、怪異の存在について優しく丁寧に教えてくれた。君は特別な力を持っている、やがて戦う時が来るってね」

 蒐はあの時を思い出す。夏の匂いがする日だった。

「その時からぼんやりと覚悟は決めていた。こういう日が来るって。思えばあの人がいなければ今の俺はいなかった。みんな知ってるかい? 実は俺、目の前に怪異がいなくても俯瞰ふかんして視れるんだ。真後ろに急に出てきてもわかるんだよ。それに意識さえしていたら怪異の気配を探知もできる。それに、俺には頼りになるみんながいるだろう? だから大丈夫、心配してないよ」

(はい、お任せください。いつでも命令くだされば、我ら一同ご主人様のために存分に力を奮いましょう)

 蒐の中に眠る怪異たちは戦闘に特化しているわけでもなければ、百戦錬磨でもない。

 ただ、戦いの記憶を持っているモノとして、いついかなる時でも命を懸ける覚悟はできている。

 怪異たちは百鬼夜寮で戦いに備える。

 いつ主に呼び出されても、最高のパフォーマンスが発揮できるように。

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