作家志望
星多みん
読まない小説
自分は昔から本と言うのが苦手だった。と言うのも、自分は本の良さが一寸も理解できなかったのだ。所詮は他人の人生や創作物。そんな体験をこれの先、自分がする訳でも無ければ、アニメなどと違って文字だけの小説は没入感も少ないのに、何故そんな物を熱心に読み漁るのか分からなかったからだ。
だけど、そんな事を言っても、読書感想文というのは無くならないもので、渋々初秋のほんのりとした暑さ包まれながら、図書館へと歩みを進めた。
図書館の中は思ったよりも人が居たが、本だけを手にしている人は不思議と少なく、その光景を見て図書館は本だけを読む場所だと思っていた自分は、その人たちが何をしているか一瞬興味を引かれたが、本来の目的を思い出すと直ぐに本棚の方へと足を運んだ。
本棚の目の前に立つと、自分は薄めで飽きなさそうな本を求めて、タイトルとの睨めっこをしていた。そうして暫くすると、ようやく目的に合った本が見つかったので、それを手に取ると適当な席に座って表紙を開く。
だが、場所が悪いせいなのか、雑音は多く、人口の明かりでは文字が読みづらかったので、中々集中が出来ずにいた。
そんな時、ふと肩を優しく叩かれたので振り返ると、そこには小綺麗な年上の女性が何か言いたげな様子で見つめていた。でも不思議な事に、彼女は一向に要件を言おうとせず、自分も気まずくなって咄嗟に口を開こうとした時だった。
彼女は少し慌てて自分の袖を上に引っ張っていた事に気づくと、自分はこう言う人もいるのだと思い、何も言わずに読んでいた本を片手に、引っ張る彼女の後を付いて行った。その際、他の人の手元を見たが、本を持っている人は圧倒的に少なく、自分はやはり色々な人が来るのだと思った。そうして目的地に付いた彼女は足を止めると、自分は思わず息を飲んだ。
そこは日当たりの良い窓際の特等席で、机には彼女の物だろうか。高そうな装飾が施された栞と共に『作家志望』というタイトルの本が置かれていた。
「あの、本を読むならここがいいですよ」
細々と彼女がそう言うと、自分は軽く感謝の気持ちを込めながら一礼して、椅子に座ると本を読み始める。すると確かに驚くほど集中でき、中々進まなかった目が吸い付くように次へと進んでいった。
そうして窓から差し込む太陽の光が、紅葉色になっている事に気が付くと、そろそろ帰らなければいけないことを思い出し席を立った。
「自分、そろそろ帰らないといけないので。その、良かったらまたこの場所で会いませんか?」
自分は静かにそう言ったつもりだったが、彼女からしたら声が大きかったのか。少し怒られながらも、最後は微笑みながら手を振って、その場を後にした。
それから暫くして、気が付くと自分は本の虜になっていた。例え雨が降っても、猛暑でも、その図書館が空いている限り足繫く通っており、自室にも小さな図書館が出来ていた。
その頃になると自分は難しい本を何冊か読破するようになり、自分の体は図書館に来る前まで馬鹿にしていた人のような、女性のような透明感のある肌になっていた。
最初はそんな自分を見た友人は変な目で見たり、心配して相談に乗ろうとされたが、今の生活が好きだった自分は対して気にも留めずに本に囲まれた生活を謳歌していた。
そんな生活は、早くも二年半程の月日が経過しようとしていた時、自分は二学期の始業式が近づく度に次第に進路と言う物で、本の事を考えられなくなって焦る自分と、必要以上に進路を聞いてくる大人にも嫌気がさして、まだ薄暗い青い空の中、一人でまだ空いていない図書館の前に居ました。
自分は、最初こそ「何故?」と口に出したが息が整い始めると、その疑問は次第に無力感へと変わっていた。そうして次第に明るくなる空を眺めていると、前方から見慣れた女性が歩いてきた。
彼女は自分を見ると少し驚いた顔をすると、何かを察したのか滅多に動かない唇を震わせた。
「いつもより早いね。何かあった?」
自分はその言葉で少し泣きそうになったが、グッとこらえると、静かに首を振った。そうすると、彼女は鼻で笑っていた。
「別に図書館の中じゃないから、別に声出していいのよ?」
「いや、そういうわけじゃないです」
自分は、少し恥ずかしくなりながらそう答えると、それ以上何話してもいいか解らず、蝉の鳴き声が数分間続いていた。
「そう言えば君って今年で卒業じゃん。進路って決まってたりするの?」
そう沈黙を破ったのは、彼女の口から出た今一番聞きたくない言葉だった。自分はその返答をどうやって返せばいいのか分からずに、でも漠然とこの場所にいるのが嫌になってきたので、何も言わずに帰ろうと立ち上がった時だった。彼女はそのまま言葉を続けた。
「懐かしいな。私も進路で沢山迷ったわ~」
自分の思っていた事と意を反した事を言われたので、少し挙動不審になりながらも、無意識に一歩踏み出していた足を引くと、そのまま言葉が溢れ出した。
「恥ずかしいですけど、正直言って迷っているんです。でも、周りは自分のしたいことを見つけて、それで焦って…… したいことはあるけど、絶対に出来る訳でもないし」
「そのしたい事って?」
「笑われると思うけどさ。作家になりたい……」
自分がそう言うと彼女は何も言わず、自分は、馬鹿にされるかも。と後悔したが、彼女の方を見るとただ真面目に自分を見つめていた。
「いいじゃん。目指しちゃいなよ」
目が合って初めて彼女そう言ったが、だからと言って不安感は解消されなかった。それが顔に出ていたのか、そのまま彼女は続けて声を朝焼けの茜の空に響かせた。
「何が不安なの? 少なくとも私はその夢は良いと思うし、それは周りも同じだと思うよ」
「そういうわけじゃなくて。これまでの読んできた人のように、凄い人生とか、価値観を持っている訳でもないし」
自分がそう言うと、彼女はキョトンとした顔で言った。
「君が一番最初に読んだ本ってどうだった? その作者の事どう思った?」
自分はいきなりの関係ない話に疑問を抱きながらも、昨日のように思い出せることだったので、そのまま率直に感想を言おうと話し始めた。
「まず一つ目は、漢文とかの難しい文章があったけど、その後にその内容を説明するような場面が自然にあって読みやすかった。それに足して、内容も凡人にも思いつかないような、繊細だけども壮大な濃いい内容で、作者も色んな人生を経験してきたと思う。その経験を際限なく出している作品ですかね」
そう言いながら彼女の顔を見てみると、顔が赤くなっており、何処か恥ずかし嬉しそうにしながらも静かに聞き終わると、少し息を溜めて言った。
「言ってなかったけど、実はあれってさ。私が描いた作品なんだよね」
その言葉を聞いて思考回路がショートしたと思ったが、雪解けの様に理解し始めると、まるで雷が落ちてきたような衝撃が、体中を駆け抜けた。
「その事を踏まえて話すけど、正直に言って作家に壮絶な体験とか、常軌を逸した価値観とかは執拗無いんだよ。だって、価値観は自らが様々な人と関わって変えていけばいいし、人生経験とか正直な話し、自分で作っていけばいいんじゃないかな? 人生なんていくらでも小説になるんだから」
自分はその言葉が腑に落ちる様な、落ちないような、そんな変な思いから、何も言わずに蝉の声を聞いていた。
「それにさ。今すぐにじゃなくてもいいんじゃないかな。だって、今から小説家になれるなんて無理だし。現に私も、沢山の準備期間を持って、作家になったんだからさ」
そんな話をしていると、何時の間にか図書館が開いており、彼女と一緒に中に入ると、そのままそれ以上は何も言わずに、いつも通り適当な本を手に取り読んでいた。
だが、心の中ではさっきの言葉がずっと響いており、自分は果たしてどうすべきか。と思っていると、一つの言葉が目に付いた。
『自分はよく、楽しいことを選んでると思われます。でも本当はただ、数年後、後悔しない選択がこれだっただけということなのです』
その言葉を見て、不意に今まで抱いていた不安感が無くなっていることに気が付くと、いつも通りに読み進めていました。
そして最後のページで自分は固唾を飲み込みました。何故なら、その本の最後は『作家死亡』で締めくくられており、その後の説明の所には、彼女の執筆名と共に『これが最後の本(遺書)』だということが書かれていたからです。自分はそんなはずは。と隣を振り返るが、そこには誰もおらず。気が付くと、絶景とは程遠いささやかながらも風情ある、そんな彼女と最初に出会った時と変わらない光景が机の上で広がっていた気がした。
作家志望 星多みん @hositamin
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