3.この場合何を歌えばいいのかがわからない。

 クリスマスイブに友達とパーティーをしたことなんてなかった。

 幼い頃に、由佳の家に両親と一緒に行ったことはあったが、こうやって友達同士で集まるというのは初めての経験である。


「しかし、カラオケか……」


 四条一派のクリスマスパーティーは、カラオケボックスで実施されていた。

 その状況は、俺にとって少々困るものである。カラオケというものは、当然のことながら歌を歌わなければならない場だ。そんな場で歌える歌を、俺は持ち合わせていない。


「ろーくん、どうかしたの?」

「いや……何を歌うべきかと思ってな」

「選曲に悩んでいるんだね? うーん、確かに悩み所だよね」


 俺の言葉に、由佳はそんな返答をしてくれた。

 ただ、由佳の悩みと俺の悩みは違うだろう。由佳のポジティブで、俺のはネガティブな意味での悩みなのだ。


「ろーくんがいつも歌ってるのって、あれだよね? 日曜日の朝にやってる特撮とかの……」

「まあ、そうなんだが……」


 俺は由佳とカラオケに来ることはある。彼女と二人っきりなら、別に趣味を出してもいい。そう思えるようにはなっている。

 竜太や江藤についても同じだ。この二人だけなら、特に悩む必要はない。

 ただこの場には、四条一派の女子全員と男子全員がいる。その五人の前で、いつも通りの歌を歌っていいのかは微妙な所だ。


「ただ、こういう所では知らない歌を歌うべきではないだろう?」

「え? そうかな?」

「いやだって、皆は有名な歌というか、そういうものを歌っている訳だし……」


 ここまでの流れとして、皆俺でも知っているような歌を歌っている。

 やはりそういったメジャーな歌を歌う方がいいのだろう。ただ、俺はそういう曲に関してはサビしかしらないため、少々難しい。

 故に俺は、困っている。このまま歌わないという選択肢さえ考えられる程だ。


「うーん、でも皆自分が好きな曲を歌っているだけだよ? だからろーくんも、好きな曲を歌っていいんじゃないかな?」

「よくわからない歌を歌って、困らないだろうか?」

「知らない曲を聞けるってことは、好きな曲が増えるかもしれないってことだもん。困ることなんてないと思う」


 由佳はどこまでもポジティブに考えていた。

 それを見習いたいとも思うのだが、いまいち勇気が出てこない。本当によくわからない特撮の曲なんか歌ってもいいものなのだろうか。


「藤崎、選曲に悩んでいるの?」

「うん? ああ、まあ、そうだが……」

「今期のアニメの歌とか、歌う感じ?」

「え? いや、そういう訳ではないが……」


 そんな俺に話しかけてきたのは、水原だった。

 彼女は、何やら目を輝かせている。これは、水原がオタク関連のことを語る時にする目だ。


「どうかしたのか?」

「いや、藤崎とカラオケって今まで来たことなかったでしょ? せっかくなら、お互いにアニメとか特撮の歌とか、歌うのもいいんじゃないかって思ってさ」

「な、なるほど……水原は、いつもは抑えているのか?」

「まあ、ある程度は。皆が知っているメジャーな曲とかは歌ってたけど」


 水原は、苦笑いを浮かべながらそんなことを言ってきた。

 よく考えてみれば、彼女は四条一派にオタクであることを隠してきた実績がある。もしかしたら、今の俺が感じていたようなことを、かつては感じていたのかもしれない。


「そっか、涼音も今まで我慢してきたんだね……」

「あ、いや、我慢とかじゃないから。ただ自然とそういう曲は避ける癖がついていたっていうか……そもそも、カラオケ自体、そんなに得意という訳ではなかったし」

「遠慮はいらないよ? あ、そうだ。私もせっかくだから、最近見たアニメの歌とか歌おうかな?」

「由佳……」


 水原の事情を知った由佳は、明るい笑顔で彼女の憂いを払っていた。

 そういうことなら、俺も覚悟を決めるべきかもしれない。ここは勇気を出して、いつも歌っている歌を歌うとしよう。

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