25. 一気に季節が移り変わると体が追いついてこない。

 夏という季節は、突然終わりを告げてくる。

 ここ数年、俺はいつもそんな感想を抱いていた。

 こうも一気に季節が移り変わると、体が追いついてこない。非常に困ったものである。


「ろーくん、おはよう。今日は、寒いね……」

「ああ、おはよう、由佳。本当に一気に冷え込んだな……」


 季節の移り変わりを感じていた俺は、家の中から出てきた由佳のいつも通りの元気な声に少しだけその寒さを忘れることができた。

 由佳のことは、常々太陽のようだと思っているが、改めてそう思う。彼女がいるだけで、

俺は確実に温められているのだ。


「制服も冬服になったし、いよいよ冬って感じだね?」

「まあ、季節的には秋に分類される訳だが……それにしても、由佳。冬服がよく似合っている」

「ふふ、ありがとう、ろーくん。ろーくんもかっこいいよ?」


 衣替えの季節であるため、由佳も冬服になっている。

 その格好の由佳を見るのは、久し振りだ。こうして改めて見ると、彼女には冬服がとても似合っている。

 とはいえ、別に夏服が似合っていなかったという訳ではない。どちらも甲乙つけがたいというのが、俺の正直な感想だ。


「……それにしても、本当に一気に季節が変わったな?」

「うん。つい一週間くらい前までは暑かったのにね……」

「まあ、朝や夜が冷えているというだけで、昼間はまだ暑いのかもしれないが……」


 由佳と話しながら、俺は空を見上げた。

 その空は、一週間前までとは違う色のような気がする。なんというか、すっかり秋といった感じだ。


「……ろーくん、手がちょっと冷たいね?」

「む?」

「私の手で、少しは温まるかな?」


 そこで由佳は、俺の手を取った。

 彼女の手は温かい。その温かさに、気持ちの悪い笑みをしそうになる。


「いつも思うが、由佳の手は温かいな……なんだか安心できるよ」

「それは私も同じだよ? こうやってろーくんと手を繋ぐとすごく安心できるもん」

「そうか。それならよかった」


 俺と由佳は、そう言い合ってお互いに笑顔を浮かべていた。

 由佳と一緒に登校するこの時間は、なんとも幸福なものだ。俺はそれを改めて認識する。


「さて、そろそろ行くとしようか?」

「あ、うん。そうしよっか」


 俺は由佳とともに、ゆっくりと歩き始めた。

 こうして俺達は、学校へと向かうのだった。




◇◇◇




「……まさか、こうも体が追いつかないとは」


 ベッドの上で、俺はそんなことを呟いた。

 我ながら単純な話ではあるが、急な気温の変化によって俺は風邪を引いてしまった。

 学校を休んで、母親に病院に連れて行ってもらって、家で休んでいる。それが俺の現状だ。


「む……」


 そんな俺は、家のインターホンが鳴る音を聞いた。

 来訪者が誰であるかは予測できる。先程由佳から、連絡があったからだ。

 そんなことを考えていると、誰かが階段を急いで上がってくる音がした。まず間違いなく、彼女であるだろう。


「ろーくん、入ってもいい?」

「ああ……」

「それじゃあ、失礼します」


 焦りながらも丁寧に断って、由佳は俺の部屋に入ってきた。

 不安そうな顔をしながら、彼女は俺の傍に寄って来る。私服姿であることから、一度自分の家に戻った後、こちらに来てくれたのだろう。


「ろーくん、具合はどう?」

「まあ、普通にしんどいが……だが、そこまでひどいという訳ではない。軽い風邪だな」

「そっか。それなら少しは安心できるかな……」


 由佳は、ベッドの横に椅子を持って来てそこに腰掛けた。

 彼女は、前髪を上げてその顔を近づけてくる。

 動作からして、恐らく熱を測ろうとしているのだろう。決して、キスとかではないはずだ。


「うーん……熱はそんなにないみたいだね?」

「ああ、熱は大丈夫だ。喉が痛いのと、体がだるいくらいだな……」

「確かに、声がいつもと少し違うね」


 不幸中の幸いといえるだろうか。俺の風邪は、そんなに深刻なものではない。

 多分、明日には良くなっているだろう。学校に行くかどうかは、多少考えなければならないかもしれないが。


「……ろーくん、このままキスしてもいいかな?」

「む……」


 そこで由佳は、おでこをくっつけたままそのような提案をしてきた。

 この状態から少し顔を動かせばキスすることができる。それは俺にとっては、とても嬉しいことだ。

 ただ、俺はその提案を断らなければならない。今の俺の状態を考えると、その方が得策だ。


「今は駄目だ。というか、早く離れてくれ」

「ろーくんから、そんなこと言われると悲しい……でも、そうしないと駄目なんだよね」


 由佳は、俺の言葉に素直に従ってくれた。

 彼女も、俺が風邪が懸念していることは理解してくれているのだろう。それは、事前にキスするかを聞いたことからもわかることだ。


「できることなら、このまま看病してあげたいんだけどな……」

「その気持ちだけ受け取っておくさ」

「やっぱり駄目か……」


 俺の言葉に、由佳は悲しそうな表情をしていた。

 そこまで俺を看病してくれたいと思ってくれているのは嬉しいと思う。

 ただ、やはり由佳に風邪を移したりしてはいけない。今日の所は、帰ってもらうべきだろう。


「まあ、実際に見てわかる通り、そんなにひどい状態ではないから、あまり心配はしないでくれ」

「それは無理かも……」

「そういうものか?」

「うん。そういうものだよ」


 由佳の気持ちは、俺もなんとなく理解することはできる。

 俺だって、由佳が体調不良だったら心配するだろう。その気持ちを抑えるなんて、無理な話である。

 結局の所、俺は早く良くなるべきなのだろう。それが由佳の不安を取り除く一番いい方法であるのだから。



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お久し振りです。

また少しの間、投稿させていただきます。

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