11.できることなら末永く見守っていて欲しい。

 俺と由佳は、離れで一夜を明かすことになっている。

 という訳で、荷物をそちらに移動させていたのだが、大事なものを忘れてしまった。財布がどこにもなかったのである。

 それ自体は、あっちに置いていてもいい。ただ、その中に入っているあるものは今夜必要になる可能性もあるため、持って来ておかなければならない。


「うっかりしていたな……」

「でも、それくらい気が抜けるってことでしょう?」

「まあ、ここは第二の家みたいなものだからな……」

「そっか。それはそうだよね」


 俺と由佳は、そんな話をしながら母屋に来ていた。

 そして家の中に入ろうとして、ふと足を止めることになった。中から声が聞こえてきたのだ。


「これって、お経?」

「ああ、お経だな……」

「お祖父ちゃんに?」

「そういうことだ」


 聞こえてくるお経に、俺達はどうしようか少し迷っていた。なんというか、邪魔をしてしまったら悪いような気がするのだ。

 そんな風にしていると、中からは鐘の音が聞こえてきた。それはお経の一区切りを告げる音である。


「お祖父ちゃん、くーちゃんがお嫁さんを連れてきましたよ。由佳ちゃんっていうとってもいい子で……覚えていますか? くーちゃんの幼馴染の女の子です」


 その直後に、お祖母ちゃんのそんな言葉が聞こえてきた。

 それに俺と由佳は顔を見合わせる。どうやら今度は、お祖父ちゃんに言葉をかけているようだ。


「ずっと夢だったくーちゃんのお嫁さんが見られたものだから、これで未練もなくなって、あなたの元に行く覚悟をしっかり決められたと思ったのだけれど……」


 お祖母ちゃんの語りに、俺は思わず固まってしまう。

 お祖父ちゃんが亡くなって、それなりに経つ。だがその悲しみを、お祖母ちゃんはまだ癒せていなかったのかもしれない。

 その声色を聞いて、そう思った。いやというよりも、長年連れ添ってきた相手の傍にいたいという気持ちが強いということだろうか。


「でもね。やっぱりまだそっちには行きたくないって、そう思ってしまうの。今日由佳ちゃんに会って、別の欲が出ちゃったの。あの子のウェディングドレス……白無垢かもしれないけど、とにかく二人がちゃんと結婚するまでは見届けたいって、そう思うの」


 お祖母ちゃんは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 お祖父ちゃんに伝えているのだろう。今の自分の心の中にある想いを。


「ああ、でもそれなら、曾孫の顔くらいは見たいわね。あらあら、そうなるとそっちにはいつ行けることになるのやら……でも、お土産話はいっぱいできるだろうから、それを楽しみに待っててくださいね」


 そこでお祖母ちゃんの声色が、少しだけ高くなった。

 恐らく笑っているのだろう。そう思って、俺も思わず笑みを浮かべてしまう。

 隣にいる由佳も、笑ってくれていた。きっと想いは同じだ。俺の大切な人は、俺の大切な人の想いを慮ってくれている。


「ろーくんは、 ウェディングドレスと白無垢どっちがいい?」

「それは甲乙つけがたいが……やっぱり、 ウェディングドレスかな?」

「子供は何人欲しい?」

「それは……すぐには返答できないな。ぼんやりと欲しいとは思っているが……人数と言われると、難しいな」

「そっか。でも欲しいと思っているなら、絶対曾孫の顔を見せてあげないとね?」

「ああ、そうだな……」


 俺は、ゆっくりと由佳の手を握る。その温もりが、とても心地いい。

 俺は彼女と一緒に、未来を紡いでいく。お祖母ちゃんには、できることならそれを末永く見守って欲しいと思う。

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