10.こんな風に月や星を見るのは、随分と久し振りだ。
「もうすっかり夜だね」
「ああ、そうだな……」
俺と由佳は、家の縁側で夜空を見上げていた。
こんな風に月や星を見るのは、随分と久し振りだ。辺りに普段よりも明かりが少ないからか、夜空のきらめきはより映えている気がする。
「夜空を見上げて、虫と蛙の声を聞くなんて、なんだか素敵だね」
「確かに素敵だな。隣に由佳がいるというのが、実にいい」
「それは私も同じだよ」
俺の言葉に、由佳は身を寄せながら返答してくれた。
本当にいいシチュエーションである。ここで何か、粋なことでもいえればいいのだが、生憎俺はそれ程口が達者ではない。
「くーちゃん、由佳ちゃん、こんなのどう?」
「うん?」
そこでお祖母ちゃんが、俺達の傍までやって来た。
その手には、見覚えがあるものがある。これまた、随分と懐かしいものだ。
「線香花火か……」
「わぁ、すごくいいですね」
「ふふ、そう言ってもらえるなら良かった」
由佳が喜んでいるのを見て、俺の体はすぐに動いた。
必要なものは決まっている。俺は庭の水道から水を出して、近くにあったバケツを満たしていく。
「よし、やるとするか」
「うん!」
俺がバケツを持ってくると、由佳は輝かしい笑顔で迎えてくれた。
線香花火なんて、少し子供っぽい。少し前の俺なら、きっとそう思っていただろう。
だが今は、そうは思わない。由佳の言う通り、すごくいいと思う。
「お祖母ちゃん、火はあるかな?」
「ええ、これを使って」
「由佳、線香花火を」
「うん、ろーくん。お願い」
俺はお祖母ちゃんからもらったチャッカマンで、由佳の線香花火に火をつける。
するとその瞬間、俺達の前に火花が散っていく。月明りしかない庭に咲いた花は、やはりとても綺麗だ。
「くーちゃんも」
「あ、ありがとう」
俺もお祖母ちゃんに、線香花火に火をつけてもらった。
二つの花火が、俺達の前で輝く。素敵な光だ。改めて俺はそう思う。
「なんだか懐かしいねぇ。昔はこうやって、線香花火を皆で囲っていたわね」
「ああ、そうだったな……」
「私とろーくんも、毎年やってたよね?」
「……そう考えると、俺は結構花火ばっかりやっていたんだな」
由佳と一緒に、あるいはお祖母ちゃんの家で、俺はこうやって線香花火をしていた。
楽しかったという記憶しかない。そしてその記憶に、また新たな一ページが刻まれた。
「いいじゃん。線香花火は楽しいし」
「楽しいか……そうだよな。いくつになっても、楽しいものだな」
「くーちゃんの年齢で、そんなこと言わないの。お祖母ちゃんくらいになってからよ、そういうのは」
「それは……返す言葉がないな」
そこで俺達は、三人一緒に噴き出していた。
本当に楽しい一時である。この時間がずっと続いて欲しいとそう思ってしまう。
「また来年も、こうして花火しようね。お祖母ちゃんも一緒に……」
「あら……」
「ああ、そうしよう。必ず、そうしよう」
由佳の笑顔とともに放たれた言葉に、俺は力強く頷いた。
来年も俺はきっと由佳と一緒にここに来る。そしてこうやって、また三人で線香花火を眺めるのだ。
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