第85話 かつて俺は大きな失敗をしてしまった。
「藤崎九郎です。よろしくお願いします」
「はい、それじゃあ藤崎君は一番後ろの空いている席ね」
「あ、はい」
転校した先の小学校で、俺は比較的温かく迎え入れられたと思う。
少なくとも拒絶の反応はなかった。むしろ転校生というある種特別な立場である俺に興味を持っているというような感じだった気がする。
だからあの時の俺は安心していた。これからこのクラスでも楽しい一年が過ごせる。そう思っていたのだ。
「……あれ?」
ある時俺は、クラスメイトの一人の男の子が困ったような顔をしていることに気付いた。
丁度隣にいたこともあって、俺はその男の子に話しかけてみることにした。困っている人がいたら助ける。その時の俺はそれを当たり前だと思っていたから。
「どうかしたの?」
「あ、えっと、なんでもないよ」
「君は……
「あ、うん。そうだよ、藤崎君」
史島君は、小柄でどちらかというと可愛らしい印象を受けるような男の子だった。性格は温厚で怖がり、最初のやり取りだけでもそれはなんとなく理解できた。
その時はそれ程意識していなかったけれど、もしかしたらそれが彼が標的になった理由だったのかもしれない。
「なあ、藤崎」
「うん?」
「もう少し話を聞かせてくれよ。皆、藤崎のことを知りたがっているぜ?」
「そうなのか……わかった」
クラスメイトに呼びかけられた俺は、史島君のことは特に気にせずそれに従った。
でもきっとあの時から彼はずっと苦しんでいたのだろう。あのクラスに渦巻く悪意に晒されて、きっと追い詰められていたはずだ。
「史島君、おはよう」
「あ、藤崎君、おはよう……」
「どうかしたのかい? 下駄箱で立ち止まって」
「あ、ううん。なんでもないんだ」
「……シューズがないのかい?」
ある日の朝、俺は下駄箱で困ったような顔をしていた史島君に話しかけた。
状況からして、彼がシューズがなくて困っていることは容易に予想できた。
しかしながら問題は、どうしてなくなったかということだ。普通に考えて、それが勝手にどこかに行くなんてあり得ない。
「まさか……」
「……」
「誰かに……隠されたのか」
「……」
俺の質問に、史島君は決して答えようとはしなかった。
答えらない程に長い間、彼は苦しんでいたということなのだろう。
テレビなんかで、そういうことがあるということはなんとなく理解していた。しかしそれが身近に起こっているという事実に、俺は固まってしまった。どうすればいいかが、俺にはわからなかったのだ。
「……先生には言ったのかい?」
「……」
「それなら相談してみよう。きっと解決してくれるはずだ」
「……無理だよ」
俺が必死に思いついた案は、史島君に即座に否定された。
その表情からは諦めが伝わってきた。つまりそれは、既に先生には相談した上で駄目だったということなのだろう。
今考えてみれば、それはなんとなくわかる。誰かに注意された程度で、わざわざ楽しい遊びをやめる理由なんて彼らにはなかったのだろう。
「……どうして僕と一緒にいるの?」
「別に理由なんてどうだっていいだろう」
結局俺にできたのは、史島君と一緒にいることだけだった。
それが抑止力になっていたのかどうかは、よくわからない。ただ少なくとも俺が傍にいる間彼は何もされていなかった。だから俺は、彼のことを守れていると思っていた。
「優しいよね、藤崎君は……」
でももしかしたら、裏で彼はもっとひどいことをされていたのかもしれない。
俺が傍にいたことによってヒートアップしたなら、それは悪手だったといえるだろう。史島君も心の中では俺に怒りを感じていたのかもしれない。
「……藤崎さ、史島と仲が良いよな?」
「……だったらどうだというんだ?」
「別に?」
「……そんなことをして何が楽しいんだ?」
「……」
最終的に、俺は主犯だったグループとそのような会話を交わしていた。
それが引き金となったのか、段々と彼らの矛先は変わっていった。史島君から、俺になったのだ。
「……」
「藤崎ってさ、なんか気持ち悪いよな」
物を隠されるのは、日常茶飯事だった。陰口をわざと聞こえる所で言われるのも、当たり前だった。
そんな日常が苦しかったことは言うまでもない。だがそれでも俺は耐えられた。そこまではまだ希望があったのだ。
だけど結局、俺は折れてしまった。決定的な出来事があったのだ。
「史島もそう思うよな?」
「……うん」
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