第46話 とても頼りになる友達がいてくれてよかった。

「……それで俺が呼ばれたという訳なのか」


 既に帰宅していたのにわざわざ指定したファミレスに来てくれた竜太は、俺の隣で苦笑いを浮かべていた。

 四条一派の女子グループの中に一人で突っ込むなんて無理だったので、俺は竜太大先生に頼ることにしたのだ。竜太ならこういう場も慣れているだろうし、俺もある程度は安心することができる。


「いや、すまなかったな。何か飲むか? 食べてもいいぞ? わざわざ来てもらった礼として、今日は俺がおごるからさ」

「え? いや、別にそんなことはしなくてもいい。このくらいお安い御用だ」

「いやいや、俺に付き合わせてしまったんだから、ここはお礼の一つでもさせてくれ」

「律儀な奴だな……だけど、まあ今日はいいさ。色々と大事な話があるんだろう?」


 竜太は、そう言いながら月宮の方を見た。

 竜太には既に事情をある程度話してある。月宮がそれも許可してくれたのだ。

 許可できるくらい、月宮の中では吹っ切れているらしい。その顔も、心なしか晴れやかに見える。


「まあ、大事な話って訳でもないんだけどね。ただ私が勝手に拗ねていただけっていうか……」

「ううん。これは千夜だけの問題じゃない。私も関わっている訳だし……」

「……涼音は何も悪くないよ。それこそ、私が本当に拗ねていただけ」


 月宮と水原は隣に座ってそのように言葉を交わした。

 二人の間には、微妙な空気はないような気がする。俺は普段の二人を知っている訳ではないが、少なくともこの空気で何かあるということはないだろう。


「それで、結局涼音はアニメとか漫画とかが好きってことなのよね?」

「あ、うん。そう……」

「ふーん……まあ、涼音にとっては隠しておきたいことだったみたいだけど、別にそれってそんなに変なことでもないわよね? 由佳だってそういうのよく読んでるし」

「あ、うん。美姫ちゃんからライトノベルとか教えてもらっているからね」


 水原は、自らの趣味のことを皆に話した。それに対する四条と由佳の反応は、そこまで大きなものではない。

 多分、水原の切り出し方的にはもっと重大なことを言われると思っていたのだろう。想像していたことよりも、拍子抜けという感じなのではないだろうか。


 そもそも、二人は水原のオタクという面に関して、そこまでよくわかっていないのだろう。四条の言っているそういうものという言葉が、その認識がそこまで深くないことを表しているようにも思える。

 まあ、水原のあの一面を知れば、その認識は変わるかもしれないが、それでも二人は水原のことを受け入れるとは思う。そのため、これは些細なことだ。今はそこまで深く考えるべきことではない。


「それで、ろーくんには偶々それを知られたと」

「本屋で偶然会ってさ……まあ、藤崎はそういった文化にある程度詳しかったから、皆とは話せないことを話していたんだ」

「それで、そっちが楽しくなったんだよね? それで私は勝手に沈んじゃった訳だけど……」

「ううん。それは私が……」

「あ、ごめん。また蒸し返しちゃた。よくないね、こういうの。感じ悪いし、切り替えないと……」


 水原と俺との関係性も、結果的に皆に知られることになった。

 間接的に俺もオタクだということがばれたが、それは別に問題ない。水原と違って、俺はそもそも違う世界の住人であると皆も思っていたはずだからだ。

 もちろん、思う所がないという訳でもないが、水原に比べれば俺の憂いなど大したものではない。よって、これも流していいことだ。


「まあ、それで結局さ。問題は私の家のことになるんだけど……」


 今まで話していたことは、既に解決したことである。既に問題ではなくなったことなのだ。

 だが、月宮と家のことは解決したとはいえない。彼女は未だ、家出中の身なのである。


「黙ってはいたけど、私は結構いい家の子なんだ……お嬢様っていえば、わかりやすいかな?」

「あんまりそんな感じはしないわよね、千夜って……ああ、ごめん。嫌味とかじゃないんだけど」

「ううん。そう思ってもらえているのは嬉しいかな。私、そういうのが嫌だったから、こんな感じな訳だし」


 四条の言葉に、月宮は笑ってみせた。やはり、今の月宮という人間は、家への反発によって出来上がったものらしい。

 俺は、小百合さんのことを思い出していた。なんというか、彼女はとても堅苦しい家の人みたいな感じだった。あれが嫌になるというのは、なんとなくわかるような気もする。


「私のお母さんは、私に色々と押し付けてくるんだ。お父さんは、私の肩を持ったりしてくれるんだけど、それでも結局は家のことを考えてる。私の人生を決めつけてくる」


 そこで月宮の表情は、険しいものに変わった。それだけ、その問題は彼女にとって苦しいものなのだろう。

 自分の人生を決められる。それは辛いことであるだろう。それは俺にも、少し理解できることではある。俺も父さんの都合で、転校したりしてきたからだ。

 ただ、俺と同じにするのは月宮に失礼だろう。彼女が言っていることは、俺なんかとは比べ物にならない程に大きな事柄であるはずだ。


「そのことでお母さんと口論になって、私は家を出て行って、舞の家でお世話になってた。でもお母さん、私のことを心配してくれているんだよね?」

「うん。すごく心配してた。慌てて出てきちゃうくらいには……」

「それを聞いた時、なんだか複雑な気持ちになっちゃって……」


 月宮は、苦笑いを浮かべていた。色々と思う所はあるようだが、それでも彼女は根本的な部分では母親のことを慕っているのだと。

 小百合さんだって、月宮のことを大事に思っている。なんだかんだありながらも、二人は親子だということなのだろう。


「まあ、小百合さんの方も色々と考えてみると言っていたし、悪いようにはならないんじゃないか?」

「……」

「……なんだよ?」


 俺の言葉に、月宮は怪訝な目を向けてきた。なんというか、引いているという感じの目だ。

 だが、どうしてそんな目をされなければならないのだろうか。俺は別に変なことは言っていないような気がするのだが。


「ろーくんさ、人の母親を名前で呼ばないでくれる?」

「……え?」

「なんか気持ち悪い」

「いや、それは……」


 月宮の指摘に対して、俺は反論することができなかった。確かに異性が母親を名前で呼んでいたら、複雑な気持ちになるような気がしたからだ。

 ただ、それなら俺はあの人をどのように呼べばいいのだろうか。月宮のお母さんだろうか。はたまた、月宮さんとかだろうか。なんというか、どれもしっくりとこない。


「なんと呼ぶのが正解なんだ……?」

「それは……千夜のお母さんとかじゃないのか?」

「千夜のお母さん、これでいいか?」

「急に名前で呼ばないでよ」

「……」


 竜太に聞いて言われた通りに言ってみたが、やはり月宮には引かれてしまった。

 それに黙っていると、月宮がにやにやし始めた。この表情は知っている。俺をからかって楽しんでいる時の表情だ。

 そんな表情ができる程に、月宮は母親との関係を整理することができているということだろうか。それなら、俺が恥をかいた甲斐もあったというものだ。

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