第44話 今日の連絡は今までとは毛色が違った。

 水原から連絡が来るのは、最早珍しいことではなくなっていた。彼女の秘密を知ってから、俺はその秘密を吐き出す相手となっており、色々なアニメや漫画などについて語り合っていたのである。もっとも、俺は水原の熱量についていけず、ほぼ返事くらいしかしていなかったが。


『由佳から連絡があった時はさ。訳がわからなかったんだよね。急に、千夜のことを知らないかって言われて……』

「ああ……」


 そんな水原からの今日の連絡は、今までとは毛色がまったく違うものだった。

 月宮のことで少し話を聞いてもらいたい。そう言われた時、俺は正直驚いた。そう言った相談は、由佳や四条一派の誰かにするものだと思っていたからだ。


『それで、千夜が家出したって聞いて驚いた。まさか、千夜がそんなことになっているなんて思ってもいなかったから……』

「まあ、それはそうだろう。月宮は水原に連絡していなかった訳だし……」

『それが問題なんだ。千夜が私を頼らなかった。その事実が、重くて……』


 水原は、本当に重そうにゆっくりとそう呟いた。

 もしかしたら、由佳や四条一派の誰かでは近過ぎるのかもしれない。親しい相手ではなく、少し距離がある者の方が話しやすいということもあるだろう。その丁度いい相手が、俺だったということなのではないだろうか。


『でも、その理由はわかっている。私最近さ、千夜のことを蔑ろにしていたんだよ』

「蔑ろ、ね……」

『藤崎に秘密を知られてからさ。そういうことを話せる相手ができて、浮かれていたんだよ。それで千夜のことを少し放っていた。連絡されても、後回しにしたりしてさ』


 水原が月宮の連絡に応えるのが遅れたということは、俺も由佳から聞いたことがある。それは表面上は解決したと聞いていたが、やはり何かしらの遺恨が残っていたようだ。

 ただ、由佳に聞いた時も思ったが、俺はその件に関してそれ程水原にそこまで非があるようには思えない。月宮への優先順位が低かったことが、そんなに悪いことなのだろうか。


「別に水原が悪いということではないだろう。月宮よりも優先したいことがあったというだけだ」

『それはそうだけど、私は千夜の性格を知っていたからさ……』

「月宮の性格?」

『千夜はさ、すごく寂しがり屋なんだよ。ああ見えて』

「寂しがり屋か……」


 月宮が寂しがり屋という事実に対して、俺はそこまで驚いていなかった。

 むしろ、しっくりくると思ったくらいだ。もっとも、水原にそう言われるまで意識していなかった事柄ではあるが。


『それを知っていたのに、私は藤崎と話すことを優先しちゃった。あの時は、それが楽しくて仕方なかったから……』

「まあ、今まで趣味の話をできる奴がいなかったんだ。夢中になるのも、仕方ないことだろうさ」

『そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱり一番の友達を蔑ろにしちゃったからさ……』

「……そうか」


 水原は、自分自身が許せないのだろう。恐らく今は、俺が何を言っても無駄だ。今の水原は、俺の言葉を聞き入れられる状態ではない。

 それなら、話を次に進めるべきだろう。今の彼女が望んでいるのは慰めではなく、話を聞いてもらうことなのだから。


「まあ、悪かったと思っているなら、これから改善していけばいいだけさ。結局の所、月宮と話ができていなかったというのが問題な訳だろう?」

『まあ、それはそうだよね……』

「素直に夢中になっていることがあるから、連絡にすぐに反応できなくなったと言えばいいだろう?」

『……その内容も話した方がいいのかな?』

「それは……」


 水原の言葉に、俺は少し考える。

 もちろん、趣味の内容を話した方が月宮の理解も深まる。話せるならば、話した方がいいだろう。

 とはいえ、彼女の趣味が人に話しにくいものであるということは、俺も理解していることだ。簡単に話せということはできない。


「月宮はさ、いい奴だよな?」

『え? うん。まあ、それはそうだと思うけど……』

「まあ、からかってきたりするけど、あいつは良い奴だと思う。こんな俺にも、良くしてくれた」


 俺は、先週月宮と話した時のことを思い出していた。

 色々とからかわれたりしたが、彼女は俺を応援してくれていた。由佳に良い所を見せられるように、彼女は俺を導いてくれたのだ。

 俺は、彼女に感謝している。アドバイスのおかげで助かったからだ。

 そういえば、まだそのお礼を言っていなかった。今度会った時に言っておいた方がいいだろう。


「あいつが水原の趣味を知ったとして、それで態度を変えるとは思えない」

『それは……』

「まあ、そんなことは俺よりも月宮との付き合いがずっと長い水原の方がわかっていることではあるだろうが……」


 俺は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。水原には、きっと勇気が必要なのだ。自分の自信のない部分を見せる勇気があれば、きっと月宮との問題は解決する。

 由佳に俺の過去を打ち明けるのは、本当に辛く苦しいことだった。だが、あの時の俺は本当はわかっていたのだ。由佳がその過去を知ったからといって、俺に対する態度を変えるなんてあり得ないと。

 月宮だって由佳と同じだ。それを知ったからといって、水原と接する態度を変えるはずはない。


「水原、俺もさ。由佳に色々と話したんだよ。自分の弱い所か、そういう所を……」

『藤崎も?』

「ああ、でも由佳は俺を包み込んでくれた。月宮だってきっと同じさ。いや、月宮だけじゃないか。四条だって竜太だってそれこそ由佳だって、水原の趣味を馬鹿にしたり貶したりしない。お前達の関係は、そんな浅はかなものではないだろう?」

『……うん。そうだよね』


 水原の呼吸の音が聞こえてきた。深呼吸をしているのだろう。心を落ち着かせて、前に進む決意をするために。


『私、本当はわかっていた。でも、勇気が出なかったんだ。ほんの少しの勇気が、私にはなかった』

「……皆、そんなものさ」

『……私が勇気を出せたのは、藤崎のおかげだよ。ありがとう、藤崎。改めてわかったよ。由佳はやっぱり……』

「やっぱり?」

『ううん。なんでもない。今日は本当にありがとう。それじゃあ、お休み、藤崎』

「あ、ああ……」


 決意が固まったからか、水原はとても明るい声になっていた。

 これなら、もう大丈夫だろう。きっと月宮との微妙な関係も解消されるはずだ。

 ただ、彼女が最後に何を言おうとしていたかが気になった。一体、何が改めてわかったというのだろうか。

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