結婚の約束をした幼馴染と再会しましたが、陽キャになりすぎていて近寄れません。

木山楽斗

第1章 幼馴染との再会

第1話 幼馴染の髪の色がピンク色になっていた。

 子供の頃の「いつか○○と結婚する」といった約束は、得てして守られないものである。大抵の場合、そういうものは幻想であり、いつの間にか別に好きな人ができるというのが普通であるだろう。無論、例外はあるのかもしれないが、少なくともそれが自分に適用されないことだけはわかっている。


 かつて、俺はとある少女とある約束をした。一言一句覚えている訳ではないが、確か「大きくなったら、結婚しよう」とか、そんな約束だったと思う。

 小学校二年生になる前に、俺は引っ越すことになった。その際に、彼女とそんな約束をしたのである。


 俺達が何も知らない子供だったことは明白だ。そんな約束をしたのに、連絡先すら知らなかった。だから、あれから彼女とは一言も話していない。

 恐らく、彼女の中で俺という存在は子供の頃の思い出になっているはずだ。いい思い出と思ってもらえているなら幸いなのだが。


 例えば、現在の俺と彼女が会えば、その思い出は絶対に忌まわしいものになるだろう。

 というのも、今の俺は決して褒められるような人間ではない。はっきりと言って、俺は落ちこぼれた人間である。そんな俺の現状を、彼女に知られるということは、あまり嬉しいことではない。

 彼女の中で、俺という存在は、できることなら綺麗な思い出であって欲しいと思っている。そうすれば、彼女の中で俺は大切な存在として刻まれるのではないか。そんな期待をしてしまっているのだ。


 そんなことを考えるくらい、俺は彼女のことを思っている。結局の所、俺はあの幼かった頃の輝かしい記憶を思い出にできていない。彼女への思いは、ずっとこの心に残り続けているのだ。




◇◇◇




 と再会したのは、高校の入学式の時だった。いや、それは再会というべきではないかもしれない。なぜなら、こちらが一方的に彼女を認識しただけだからだ。


 久し振りに見た彼女は、俺が知っていた頃とは大きく変わっていた。年月を経て成長することは当然のことではあるのだが、少なくともそのピンク色の髪は明らかに自然なものではない。

 入学式であるというのに既に着崩すされた制服も煌々と光るネイルも、彼女の印象を覆す要因の一つである。


 極めつけは、彼女の周りにいる者達だ。派手な見た目をしたはっきり言ってチャラい者達は、俺が生きている世界とは、まったく異なる世界の住人である。

 幼い頃に、俺の後ろについてきていた少し恥ずかしがり屋なおしとやかな女の子はもういない。彼女は煌めく世界の住人になったのだ。


 葛藤はあったが、俺は彼女に近づかないことを決めた。決して相容れない世界の住人となった彼女とは、交わるべきではないと思ったのだ。

 幸か不幸か、俺と彼女は別のクラスだった。元々、影は薄いので、俺のことなど隣のクラスには伝わらない。そんな俺の目論見は、見事に成功し、彼女は俺の存在に気づくことはなかった。


 もっとも、少し前までは俺も気づいていながら、何も言ってこないという可能性もあると思っていた。一目見れば、俺の現状などは手に取るように把握できる。

 俺と同じように、住む世界が別になったと思って話しかけてこない。その可能性は、否定できるものではなかったのである。


 そんな俺が自分の目論見が完全に成功していたと理解したのは、入学してから一年が経った頃だった。

 何故わかったのか。それは、非常に単純な理由である。クラス替えによって同じクラスになった彼女が、わかりやすく反応を示してくれたのだ。


「ろーくん?」

「……」

「ろーくんだよね?」


 俺という人間は、馬鹿だったのかもしれない。クラス替えで同じクラスになることなど、容易に想像できたはずである。それなのに、どうしてあの入学式の時に声をかけなかったのだろうか。

 いや、本当はわかっている。俺は怖かったのだ。彼女に拒絶されることを恐れて、話しかけなかったのである。

 今思えばそれは愚行だった。俺に少しでも勇気があったならば、今ここで彼女にこんな悲しい顔をさせずに済んだのに。


「同じ、学校だったんだね……」

「……ああ、そうみたいだな」

「そっか……それなのに、私、全然知らなかったよ。馬鹿みたいだよね?」


 由佳の声を聞いて、俺は少しだけ今の彼女のことを理解した。幼い頃から、彼女は優しい少女だった。その根底は、今も変わっていないようだ。


「ろーくんは……知っていたんだよね?」

「それは……」


 当然のことながら、由佳は俺にその質問をしてきた。彼女は少々天然な所はあるが、馬鹿ではない。ここに至るまでのやり取りで見せてしまった俺の表情から、俺が一方的に知っていたことなどいとも簡単に見通すことができるのだ。

 そんな彼女に対して、俺はどう答えるべきなのだろうか。知っていた事実を隠しても無駄なことはわかっている。問題は、その先だ。


 何故知っていながら何も言わなかったのか。きっと、彼女はそんな質問をしてくるだろう。

 それに対する俺の答えを、彼女に聞かせていいのかどうかは少々判断に困る所だ。

 きっと、彼女は俺の答えを理解してくれないだろう。この一瞬のやり取りの中で、俺はそんなことを思うようになっていた。


「知っていた……入学式の時に、ゆ……お前の顔を見て、それですぐにわかった」

「……どうして、何も言ってくれなかったの?」

「きっと、お前にはわからない……」

「言ってくれないと、わかる訳がないよ?」

「……住む世界が違う。俺とお前は、もう同じ世界に住んでいないんだよ」

「……どういうこと?」


 まるでわからない。由佳は、そんな表情をしていた。

 やっぱり、彼女は何も理解していないようだ。だが、それは当たり前のことである。頂点に立っている者達には、これは理解できないことなのだ。


 人には住む世界がある。輝かしい世界に住む者と、暗い世界に住む者。そこには、はっきりとした溝がある。

 暗い世界に住む者は、いつも輝かしい世界を見ている。その眩しさに憧れて、決して手が届かないとわかっていても、手を伸ばしてしまうのだ。

 しかし、輝かしい世界に住む者は、暗い世界のことなんて気にしていない。そんな世界のことを気にする必要がないため、目に入って来ないのだ。


「大体、俺とお前にどういう関係があるっていうんだ?」

「え?」

「確かに、昔は一緒に遊んだかもしれない。でも、小学校一年生の時だったか? そこで別れて以来、別に連絡も取っていなかったじゃないか?」

「それは……そうだけど」

「赤の他人といっても、過言ではないだろう? 別に、わざわざ話しかける必要なんてないんじゃないか? ほら、お前には今の友達がいる訳だし」

「ろーくん……」


 言ってから、俺は少しだけ後悔していた。由佳が、目に涙を浮かべていたからだ。

 これでは、まるで悪者である。いや、まごうことなき悪者か。

 でも、これでいい。これで、由佳が俺に関わろうという気がなくなってくれるなら、例え悪者になっても本望だ。


 俺達は触れ合うべきではない。こんな暗い世界の住人に、由佳が手を伸ばすなんてあってはならないことなのである。

 それで、彼女に悪い噂でも建てられたなら、それこそ嫌だ。いい思い出にはならなかったが、今となってはこの結末が俺に一番似合っているとさえ思える。


「ごめん!」

「……へ?」


 そこで、由佳は俺に頭を下げてきた。その行動の意味が、まったくわからなくて、俺は思わず固まってしまう。


「手紙とか、出せばよかったよね……」

「……何を言っているんだ?」

「私、全然思いつかなくて……お母さんに聞けば、住所くらいはわかったよね」

「いや、そういう問題じゃないんじゃないか?」


 由佳の言葉に、俺は思わず頭を抱えていた。彼女は、少し天然である。その天然が、今ここで発動してしまったのだろう。

 今までの俺の言葉に、手紙を出せばよかったとか、そういうことは関係ない。それはあくまで、そちら側の事情であり、俺が言ったこととは何も関係ないのである。


「え? でも、ろーくんは拗ねているんだよね? あんなに仲良かったのに、連絡してこなかった、って」

「いや、別にそういう訳ではない」

「それじゃあ、どういう訳なの?」

「いや、それは……」


 何故だろう。微妙に話が噛み合っていない気がする。

 なんだか、懐かしい気分だ。そういえば、由佳はこんな感じだった。話していると無性に疲れる時がある。それが、彼女なのだ。

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