骨を担いだ異世界人

@desa

第1話 プロローグ 弄ばれた天才魔法少女


 自我が芽生えた頃には、既に魔法を使う事が出来ていたらしい。

 十歳になるかならないかで、周りの大人達から幼き天才と呼ばれるようになった。


 小さな体内に秘められた魔力量の多さは大人顔負け。優秀な魔法使いである両親の薫陶のお陰で、使える魔法の種類の多さも大人顔負け。


 それでも、能力を比較する相手が両親しか居なかったから、天才と呼ばれる人間が特別な存在だとは認識していなかった。



 冒険者としても名のある存在だった両親からは、人より恵まれたこの才能を世の為に使い、還元しなければならないと諭され続けていた。


 自分自身、人の役に立ち感謝される事は嬉しくて、心が満たされもしたので、常に人の役に立ちたいと思いながら成長してきた。

 その想いは止めどなく大きくなり、年々貪欲になっていた。




 魔法を使うのに詠唱なんてした事はない。

 意識を集中して魔力を圧縮させればそれだけで魔法が発動する。


 人によっては詠唱する人もいるらしいけど、それは言葉にするかしないかだけの違いでしかないのだと思う。


 でも召喚となると話が別の様で、召喚したい存在に語りかけなければならないらしい。

 召喚士の知り合いがいないから詳しいことは分からないけど、とにかく詠唱が必要らしい。




「聖なる力で神と人を助けし偉大なる天使長よ!我の前に現れよ!そして我に大いなる力を与えたまえ!・・・こんな感じでいいのかな」


 早く冒険者になって、もっと広い世界で役立つ魔法使いになりたい。早く両親を超える魔法使いになりたい。

 そう思い、人に力を与えてくれるという天使を召喚して、手っ取り早く今より大きな力を得ようとした。


 魔法陣は、両親の書庫から引っ張り出した魔法書に書いてあった、天使の召喚方法の記述通りに描いた。

 しかし詠唱については、ただ「詠唱せよ」と書いてあったでけで、何を詠唱すればいいのかわからなかった。

 だから、駄目で元々だと思い、適当に言葉を並べた。



「今より大きな力で、もっともっと人々の役に立ちたいの!お願い!・・・こんなんじゃ駄目かなー」


 今日はもう諦めようと思ったその時、突然、強い光が視界を覆った。その光は、自分自身の目の奥から発せられたように感じられた。

 ただただ、混乱し戸惑うことしか出来ない。



 耳元で、クスリと小さく笑う声が聞こえた。目の前に白く大きな人影が浮かび上がった。白い人影は、腕組みをしながら、穏やかに話し始めた。


「小さな魔法使いさん。それは詠唱のつもりかい?無茶苦茶だね。魔法陣はちゃんと描けているから、たまたま近くに居た私の目にはついたよ。けれど、そんな詠唱では本来、誰も召喚出来やしないよ」


 白い人影の穏やかな語り口のお陰で我に帰った。

 天才として人々の敬意を集めてきたという自信に裏付けされた強気を取り戻した。


「でもあなたは来てくれたわ」

「そうだね。私はここにいるね。それはほんの偶然だけど、加護に恵まれた君だからこそ与えられた奇跡なのかも知れないね」

「天使長様、私に力をお与え下さい」

「厚かましい魔法使いさんだね」

「人々の役に立ちたいの」

「君は天使たちの間でも有名だよ。人としては破格の魔力を持っていると。今のままでは駄目なのかな」

「もっと大きな力があれば、今よりもっと世の中の役に立てると思う」

「曖昧なのだね。そしてとても欲深い。いいだろう、力を与えよう。私は考え無しの欲深い者が好きだ」


 白い人影がニヤリと笑った。ように見えた。

 

 視界を覆っていた光が薄暗い靄に変わった。その瞬間、脳天を殴打されたかのような衝撃が走った。


「君に世界を滅ぼすことが出来る力を与えたよ。君が思えば世界は瞬時に滅ぶ。意思には依らない。どうだい、大きな力だと思わないかい?」


 再び混乱し戸惑った。言葉の意味がなんとなくわかったから。


 世界を滅ぼそうと思えば滅ぼせるという意味ではない。世界の滅びを想像しただけで、自分の意思とは関係無く、その瞬間に世界が滅ぶという意味であろう。


 事の大きさと恐怖で、膝が震えた。


「私に期待したかい?天使か。そうだね、私は天使だった。天使長ではなかったけれどね。しかしもう堕ちたのだよ。君のお陰で、堕ちる為に積み重ねてきた悪行の最後の一つを済ませることが出来た。今まさに堕ちた。君の絶望のお陰でね。ありがとう」


 頬に手を当て、悪戯っぽくクスクス笑う堕天使を、呆然としたまま眺めることしか出来ない。


「堕天使としての、最初の呪いをかけてあげよう。君は、君の家の敷地から外に出ることは出来ない。君の家の敷地が、君の世界の全てだ。君はこの小さな世界でしか生きていけない。もう一つだ。もう一つ、君の自己愛を強める呪いをかけてあげよう。これは些細な遊び心さ」


 世界が小さな敷地に限定された。この世界から出られない。

 世界の滅びを思う時、大切なこの小さな世界が滅ぶ。

 自分自身も、当然巻き添えになる。

 他人を巻き込まずに済むようになった。だから良かった?良くない。私は死にたくない。

 何も成す事なく、才能に恵まれた私が死んでいいはずがない。



 呪いの言葉を言い捨てて、堕天使は東へ向かって飛び去った。

 天使としての残滓なのか、白い光をわずかに飛び散らせながら。

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