君と結び恋花の糸

七都あきら

出会い

 佐山那津さやまなつは子どもの頃に、山の神社で『神様』に出会ったことがある。


 その神様は黒い大きな翼を持つ、那津と同じ年頃の少年に見えた。

 彼は白いかすりの着物を着ていて、周りの山の空気と同じく凛とした雰囲気を身に纏っていた。


 その不思議な男の子は、境内の庭にある大きな石の上に片膝をついて座り、眼下に広がる山々をつまらなそうな顔で見下ろしていた。

 秋風になびく長い黒髪は、背中にある大きな翼と同じく艶やかで、触り心地が良さそうだった。

 最初、那津は彼の背中に生えた翼に驚いて目を丸くしたが、絵本の中に出てくる悪魔に違いないと思ってワクワクしていたのを覚えている。


 「悪魔」なのに少しも怖いと思わなかった。


 それどころか友達ができる絶好の機会だと意気込んで、すぐに声をかけた。

 病気がちでつまらない日々を送っていた那津へ、神様がプレゼントをくれたのだと信じ疑っていなかった。

 神様が悪魔と出会うプレゼントをくれるなんて、おかしな話だ。

 話してみると、ミツキと名乗る男の子は悪魔なんかではなく、下界で修行中の神様だと教えてくれた。

 人懐っこい性格だった那津は、その黒い翼を持った神様とすぐに仲良くなった。


「那津。神様の住んでいるとこは、とっても綺麗なところだよ。桃の木が沢山あって、キラキラ宝石みたいに光る川があるんだ」

「すごいね。ねぇねぇミツキ。この紅葉の赤い山とどっちがきれい?」

 境内にある木の上に二人で座り、眼下に見える景色を眺めた。一人だとつまらない山の色が、ミツキが隣にいた日は一段と鮮やかに見えた。


「もちろん、神様の国だよ。那津にも見せてあげたいな」

「行ってみたい! ミツキ、私を連れてってくれる?」

 那津が顔をほころばせて言うと、ミツキは少し困った顔をした。

「いつか、ね。けど、那津がこっちの世界に来るのは、ずーっとずーっと先だよ」

「ずっと、先?」

「うん。だから、せっかく仲良くなったけどさ、お別れしないといけないんだ」


 体が弱く、あまり学校に通えていなかった那津は、初めての友達と別れることが悲しかった。

 駄々をこね、神様の国に連れてって欲しいと、ミツキをすごく困らせてしまった。

「どうしても、ダメ? 今から行きたい」

「だーめ。だってそんなことをしたら、那津のお父さんとお母さんが悲しむだろ? こっちにきたらもう帰れないんだから」

「そっ、か」

「じゃあ、今日連れていけない代わり。那津が神様の国に来たとき、俺を真っ先にみつけられるように、糸を結ぼうか」

「糸?」

「そう。那津が俺に会うための糸だよ」

 ミツキはそういうと、那津の手を取り顔の前に持っていく。その一連の動作は、神聖な儀式のようだった。

 ミツキの唇が那津の小指に優しく触れた。


 ――いつか、遠い未来に那津が神様の国に来たとき、迷わず俺の前に来られますように。それから……現世で那津が明るく楽しく元気に暮らせますように。


「なぁに、それ」

 小指に触れた唇が、なんだかくすぐったくて、那津はへらりと笑った。


「那津、俺は神様だから。那津が現世で幸せになれるように、楽しく暮らせるように糸に願いを込めた」

「すごいね! ミツキは、そんなことができるんだ」

「まぁ修行中だからさ、効かないかもしれない。でも、俺がちゃんとした神様になったら、那津が幸せになれるように、もっともっと願っておく」

「ありがとう。ミツキ、また会えるよね、きっと」

「あぁ、またね」


 ミツキは那津に別れを告げると、綺麗な漆黒の翼をバサリと翻してあっという間に目の前から消えてしまった。

 那津にはミツキが指に結んだ糸が見えなかった。それでも、確かにそこに何かがある気がした。

 ミツキが消えた後も、その指を見ているだけで、いつも心が温かく幸せな気分になった。

 きっと、また、ミツキに会えると那津は心から信じていた。

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