青葉ページ

美香野 窓

 RAIN

 やまない雨もある。

 一睡もできず、夜通し降りつづける雨音をきいてすごした。


 朝になり、ヨーグルトとフルーツ、ブルーベリージャムをぬったトーストを食べ、歯磨きをして、ネクタイをしめる頃、雨はやんでいた。

 玄関を出ると、太陽はまぶしく、雨雲を隅っこへ弾いたような青空が広がっている。

 それでも、心の雨はやみそうにない。


 イヤホンから響いてくる音楽もきこえてこない。朝のラッシュ。


 誰かが吹く、口笛の音だけ聞こえていた。

 コレ、なんの曲だっけ?


 よっぽど、本人に聞いてみたかったけど、混雑で、口笛を吹く人がどこにいるかさえわからない。

 どんどん移り変わってゆく車窓の景色を、ただただボンヤリ眺めていた。

 目的の駅を目前に、電車がゆっくりと速度を緩めてゆく。

 その時初めて、ぼくはガッコウへ行きたくないことに気がついた。

 降りなければならない駅が、頑丈な父さんの手に見えて。


――小学校五年生の夏休み、田舎のおじいちゃんの家ですごしていた。

 

 おじいちゃんの家は農業やっていて、敷地に豚を飼っていた。

 子豚専用の小屋があって、とてもかわいかった。ので、こっそり、一匹子豚をつれだし、近くの河原へ遊びに行った。

 ぼくが気づいた時、子豚は川の真ん中、深いところで流されていた。


 重く黙っていたその晩、子豚の数が足りないことがバレた。

 父さんに「おまえか?」と凄まじい圧で迫られた。

 白状すると、父さんは、ぼくを蔵へ引きずっていった。夜の蔵に閉じ込められたくなくて、泣き叫んで暴れた。

 それでも引きずる父さんの手錠みたいな手。

 母さんの柔らかい手が止めてくれた―― 


 あの母さんの柔らかい手は、もうない。


 電車のドアが開いた。下りなきゃならない駅が、父さんの手に見えた。

 ムリヤリ引っ張られる感じがして、シートに体をうずめてしまう。

「シュー!!」

 時間切れのホイッスルみたいな音がしてドアがしまる。

 

 やっちまった。

 

 登校拒否。

 ひそかに皆勤ねらってた。大ケガして、椅子に座ってるだけで痛くて、気を失いそうになっても、休んだり早退したこと、なかった。

 

 今日から行くって言ってあるし。

 ヤバいかな。


 慌てて、スマホの電源を切った。

 なんか、けっきょく、開いちゃいそうだし。駅のロッカーにでも置いてこう。



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