言霊の魔女カーリープーランの秘宝④/夜会当日

 四日後。

 建国祭当日。クレアが宿の窓を開けて外を見ると、すでに喧騒に包まれていた。

 クレアは窓の外をキョロキョロ見て言う。


「師匠、すっごいお祭り騒ぎです!!」

「建国祭……一年に一度、プルメリア王国で開催される三日間の祭りだ。この時ばかりは魔法研究をやめて、出店を出したり、これまでの魔法研究の成果を見せるとかあるそうだ」

「へえ~……出店かぁ」

「行きたいなら、好きにしろ」

「でもでも、師匠はパーティーじゃないですか。私だってプレセアさん、ヒジリさんとパーティーに潜入するんですからね」

「あー、そうだったな」

「むー……師匠、ひどいです」


 クレアはプンプンするが、ハイセは欠伸をした。

 すると、部屋のドアがノックされ、プレセアとヒジリが入って来た。


「入るわよ……あら、準備は万全のようね」

「へー、似合うじゃん」


 現在のハイセは、服屋で買った礼服姿だ。着替えだけで済ませようとしたが、クレアがハイセの髪をいじり、しっかりセットまでしてくれた。眼帯も、ガイストに買ってもらったパーティー用の眼帯を付けている。

 プレセアたちは普通の服。ヒジリは拳をシュシュっと空に放ちながら言う。


「あ~楽しみ。マジで暴れてやるわ」

「言っておくけど、何か起きない限り、透明化を解除するつもりないからね」

「はいはい。わかってますよーだ」


 と、部屋の隅にいたヴァイスが目を開け、首を向けた。

 同時に、ヒジリがハイセの隣に移動して腕を掴む……相変わらず、ヴァイスが恐いようだ。


『ムッシュ。私は、潜入後に指示があるまで待機します』

「そうしてくれ。敵は魔族だし、戦いになったら遠慮するなよ」

『かしこまりました。では、引き続き待機します』


 ヴァイスは再び目を閉じた。

 すると、ドアがノックされ、ドレスを着たアマネが一礼した。


「ハイセ様。お迎えに上がりました。エクリプス様がお待ちです」

「ああ、わかった」


 ハイセは立ち上がり、プレセアたちに言う。


「行ってくる。あとは任せたぞ」


 ハイセが宿の外に出ると、二台の馬車が止まっていた。

 一つは、豪華な黄金の装飾が施された立派な馬車。もう一つも立派だが、黄金の馬車に比べるとやや劣る馬車だ。

 すると、二台目の馬車の窓が開き、サーシャが顔を出す。


「ハイセ。来たか」

「サーシャ……こっちの馬車はお前のか」

「ああ。エクリプスが手配してくれた」

「ハイセ様。こちらの馬車へどうぞ」


 アマネに言われ、ハイセは大きな馬車へ。ドアが開き、乗り込むと……ドレスを着たエクリプスが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、ハイセ」

「…………」


 ハイセは軽く手を上げるだけの挨拶だ。

 馬車に乗り込むと、アマネも乗り込むのかと思ったら、なんと二階に行った。二階建ての馬車は初めてのハイセ。エクリプスと二人きりになる。


「ふふ。ハイセ、私のドレス……どう?」


 エクリプスは、薄い青を基調としたドレスだ。

 背中がむき出しで、胸元を強調するようなデザイン。タイトなロングスカートもよく似合っている。

 ハイセは何か言おうとしたが、エクリプスがハイセの隣に座り、腕を取る。


「おい、くっつくな」

「ふふ。いいじゃない……あなたは、私のパートナーでしょ?」

「パートナーは、下品に胸を押し付けるのか?」

「言うじゃない……下品なんて、ひどいわね」


 エクリプスは、豊満な胸をハイセの腕に押し付ける。

 ハイセは「柔らかい」と思うだけで、顔色は全く変わらない。エクリプスは笑みを深くして、ハイセの肩に頭を乗せた。


「やっぱり、あなたは素敵」

「お前に聞きたいことがある。お前……禁忌六迷宮の情報を、サーシャに売るつもりだな?」

「あら、どういうことかしら」

「サーシャが言っていた。禁忌六迷宮『神の箱庭』の入口を、お前から受け取る約束をしたってな。お前、俺には何を渡すつもりだ?」

「あなたには『情報』を渡すって言ったじゃない。サーシャには『神の箱庭の入口』を渡す。私、約束は守るつもりよ?」

「……お前」

「それに、あなたに渡す予定の情報は、ただの情報じゃない。『神の箱庭』について、入口よりも重要な情報よ。ふふ……聞けばきっと驚くわ」

「…………」

「そうね、ヒントをあげる。『神の箱庭』の入口は一つじゃない……そう言ったら、あなたは驚くかしら」

「別に」

「そう。じゃあ、追加の依頼を出すわ。その依頼に応えてくれたら……あなたに、全てを話す。嘘偽りのない、禁忌六迷宮『神の箱庭』についての話。どう?」

「……内容は?」

「まだ秘密。時が来たら依頼を出すわ」

「……一つ、条件がある」

「なあに?」

「その依頼は、今日中に出すこと。グダグダ俺を引き留めるような依頼なら、今ある情報だけでいい。そして、その情報に偽りがあったとしたら……俺への宣戦布告と見なす」

「怖い怖い。わかった……それでいいわよ」


 すると、エクリプスはハイセの手を取り、自分の胸に押し付けた。

 柔らかな感触が掌に伝わるが、ハイセの顔色は一切変わらない。

 まるで、エクリプスを『女』と見ていないような、そんな目だ。


「わかる? 私、すごくドキドキしているの。ハイセ、あなたに会ってから、このドキドキが止まらないの……ふふ、今日の建国祭で、何が起きるのか楽しみね」

「…………」

「っあ」


 ハイセは、エクリプスの胸を強く握りしめ、エクリプスに顔を近づけて言う。


「お前が何を考えて胸を高鳴らせようが関係ない。俺とお前の間にある約束だけは、忘れるんじゃないぞ」


 そう言い、エクリプスと今にもキスしそうな距離で……ハイセは、エクリプスの目を見つめた。


 ◇◇◇◇◇◇


 馬車が王城に到着。

 ハイセは馬車を降り、エクリプスに手を差し出した。


「ありがとう」

「…………」


 馬車を降り、腕を差し出すと、エクリプスは手をそっと絡め、距離を縮める。

 その後ろでは、馬車から降りたタイクーンが、何とも言えない表情でサーシャをエスコートしていた。


「……やれやれ。こういうのは、ハイセかレイノルドの役目なんだがね」

「そう言うな。ほら、腕を」

「ああ。言っておくが、ボクに礼儀作法を期待しないでくれよ。知識はあるが、実践したことはほとんどない」

「わかっている。それより、用心してくれ」

「わかっている。サーシャ、アイテムボックスは?」

「用意している」


 サーシャは中指に嵌めたリングをチラッと見せる。タイクーンも同じようにアイテムボックスをしていた。

 中には、武器や防具など、一通りの戦闘アイテムが用意してある。

 サーシャは、エクリプスをエスコートするハイセをチラッと見て、二人の距離の近さに胸がモヤモヤするのを感じていた。


「……むう」

「サーシャ、どうした? ハイセとエクリプスに何かあるのか?」

「別に、何もない……こほん。タイクーン、警戒を怠るなよ。もうここは魔族の城だと思え」

「あ、ああ」


 妙に機嫌の悪いサーシャに、タイクーンはこれ以上何も言わなかった。

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