ブライアンホークにて

 古商業区。

 ハイセは一人、バー『ブライアンホーク』に向かった。

 話を聞くだけ聞く。その後どうするかは適当に決める……そう、思ったのだが。


「ウル殿……何を話すつもりなんだ」

「あの、師匠。夜の古商業区ってちょっと不気味ですね」

「…………」


 なぜか、サーシャとクレアも付いてきた。

 サーシャは「私にも責任がある」と言い、クレアは「弟子なので!」と意味不明。ウルには二人を連れてくるなと言われなかったので、このまま行くことにした。

 そして、古商業区の裏通り、同じような二階建ての家が並ぶ区画へ到着。細い路地ですれ違うのも大変で、二階建ての家は全てバー、一階、二階と店舗が別になっている、古商業区の名物区画だ。

 その中の一つに、バー『ブライアンホーク』はあった。

 ドアを開けると、店内は非常に狭い。


「おう、来たか」


 ウルが軽く手を上げる。

 席は六つしかない。カウンターだけの席で、椅子の後ろがすぐ壁になっている。

 カウンターでは、初老の男性がグラスを磨いていた。

 ハイセはウルと一つ間を空けて椅子に座る。


「おいおい、サーシャちゃん、クレアちゃんも来たのか?」

「私は、責任があるからな」

「私は弟子なので!」

「お、おう……」


 ウルは苦笑し、マスターに「お任せ、よろしく」と言う。

 マスターが磨いたばかりのグラスに、琥珀色の酒が注がれ、オリーブが添えられた。

 ウルがグラスをハイセに向けるが、ハイセは無視。


「用件は」

「お前さんとは世間話もできねぇか」


 ウルはグラスを揺らす。

 ハイセはウルを見ようとしない。


「セイナの件……すまなかった」

「…………」

「あの子は、『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』の一員でな、オレが回収依頼を受けていたのは知ってるな? で、お前さんたちが『四十人の大盗賊アリババ』たちと戦りあってる間に回収、そのままエクリプスの元へ連れて行った」

「で?」

「セイナの心は壊れちまった。まあ、それはいい。問題なのは……エクリプスが、お前さんに興味を持っちまったってところだ」

「…………」

「クラン『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』の幹部をお前さんは再起不能にしたってことになってる。エクリプスは一度、お前さんに話を聞きたいらしい」

「……ほう」

「お前さんが、クランに損失を出した。その件での話だ」

「断ったら?」

「……ハイベルク王国冒険者ギルドに、抗議くらいはするだろうな。ヘタしたらそれ以上……ってか、エクリプスが何を考えてるのか、オレにはわからん。お前さんと同じ十七歳とは思えないほどの圧を感じる」


 ハイセが思ったのは、「断ればガイストに迷惑がかかるかも」ということだけ。

 セイナがどうなろうが、エクリプスが何を言おうが無視するつもりだったが、ガイストにだけは迷惑を掛けたくないと思った。


「頼む。一度、エクリプスに会ってくれ。会うだけでいい……その後、お前が何を話そうが、何をしようが、オレは関わらねぇ」

「…………」


 ウルは、懐から一通の手紙を取り出し、ハイセの前に置く。


「エクリプスからの手紙だ。今、オレが言ったことが書いてある」

「…………」

「ハイセ、どうするんだ?」


 サーシャに言われ、ハイセは少し考えた。

 そして、ウルが困ったように言う。


「あー……その、もう一つ。冗談でも何でもない、真面目な話だが」

「あ?」

「エクリプスはその、お前さんに求婚するかもしれん」

「……はぁ?」

「きゅ、求婚!? なな、何を言ってるんだ!?」

「し、師匠が……結婚!!」


 動揺するサーシャ、クレア。

 ハイセは何の興味もなさそうだ。


「あくまで可能性だ。可能性……たぶん」

「…………」

「これでオレの話は終わりだ。エクリプスに会うなら、プルメリア王国まで行ってもらうことになる。道中の案内はオレがする」


 ハイセは、エクリプスの手紙を開く。

 書いてあったのは、ウルが言った通りの内容──だが。


「───……!!」


 とある一文に、ハイセの目が見開かれた。


『禁忌六迷宮の一つ、「神の箱庭」についての情報あり』


 ◇◇◇◇◇◇


 ウルと別れ、ハイセとサーシャ、クレアの三人は夜の町を歩いていた。


「ハイセ、どうするんだ?」

「……サーシャ、エクリプスとかいうヤツは、禁忌六迷宮の情報を持っている」

「えっ……」

「『神の箱庭』……その情報だ。相手の思惑はともかく、会って話を聞くのはアリかもしれない」

「……会うのか」

「ああ。そろそろ、禁忌六迷宮の新しい情報が欲しかった」


 残る六迷宮は三つ。

 狂乱磁空大森林、神の箱庭、ネクロファンタジア・マウンテン。

 ネクロファンタジア・マウンテンは魔界にあり、狂乱磁空大森林に関してはデマ情報ばかり。そして、神の箱庭に関しては存在すら怪しく、何の情報もなかった。


「その……疑うわけではないが、エクリプス・ゾロアスターはお前に興味を持っている。その、求婚とか」

「お前、俺がそんなの受けるような奴に見えるのか? 今のところ、エクリプスに関する評価は最低だ。向こうの出方次第では戦いになる」

「……むぅ」

「あの、師匠。出発はいつですか?」

「なるべく早く行く。明日は準備するぞ」

「え!! 私も行っていいんですか?」

「…………」


 ハイセは、クレアも当たり前に付いて来ると思っていた。

 クレアに指摘され、思わず黙り込む。


「えへへー、師匠と一緒に旅ですね」

「くっつくな、うっとおしい」


 クレアがハイセの腕を取り、嬉しそうに微笑む。

 最近、クレアも遠慮がなくなってきた。


「……ハイセ」

「ん」

「私も行く」

「……は?」

「禁忌六迷宮の情報と聞いて、黙っていられない。構わないだろう?」

「お前、卑怯だな……」

「すまんな。よし……私は、レイノルドたちを説得する。すまんが、ここで」


 そう言い、サーシャは行ってしまった。

 どこか嬉しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。


「サーシャさん、あんなこと言う人だったんですね……ちょっと意外」

「冒険者らしいな。まあ、俺が拒否しても、神の箱庭に関してクラン『セイクリッド』からエクリプス・ゾロアスターにコンタクトくらいは取るだろうな」

「……師匠も、変わりましたね」

「あ?」

「いつもなら、すっごく怒ると思ったのに。サーシャさんにはお優しいんですねー」

「んなわけあるか」

「あいたっ」


 クレアにデコピンし、二人は夜の町を歩くのだった。

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