第4話 父の判断

 執務室の扉をノックすると、中から返事があった。部屋に入ると、お父様が椅子に座って居た。机を挟んで正面に立ち、私は先程の出来事について報告する。


「お父様、先程マクシミリアン王子に婚約破棄を言い渡されたました」

「ようやくか!」

「えっ?」


 私の報告を聞いて、お父様は喜んでいた。娘が婚約を破棄されたのに。それが当然だというように。その反応を見た私は戸惑う。予想と違うから。責められると思っていたのに、この話は想定通りだったということなのね。


 お父様の漏らした言葉と反応を見たら理解した。どうやら、私の知らない間に話が済んでいたらしい。本人の了承も得ず、勝手に。


 私がマクシミリアン王子に婚約破棄を告げられたことは、お父様にとっては吉報だったということ。


 どうして私には、事前に教えてくれなかったのかしら。教えてくれていたら、こんなに慌てたり焦ったり、ショックを受けて動揺したりすることもなかった。


 もしかしたら、婚約を破棄する原因を事前に改善できたかもしれない。そうすれば、こんな事にはならずに済んだ。今でも代わらず、私がマクシミリアン王子の婚約相手のままだったのかもしれない。


「それで? マクシミリアン王子は、ルイーゼを新たな婚約相手にすると言っていたのか!?」

「え? ……はい。そのように仰っていました」


 でも、どうして知っているの。やはり、お父様は知っていた。マクシミリアン王子が私との婚約を破棄して、妹のルイーゼを新たな婚約相手に選ぶということを。


「知っていたのですか?」

「何をだ?」

「私が婚約破棄を告げられて、その後に妹のルイーゼが新たな婚約相手に選ばれる、ということを」

「もちろん、知っていた。そのようにマクシミリアン王子と話を進めていたからな。王子に、マリアンヌよりもルイーゼがオススメだと伝えたからな」


 私が尋ねると、お父様は当然だというように答えた。なぜ、そんな事を聞くのかと言うような顔で。


 しかも、私よりもルイーゼの方が良いなんて薦めていた。マクシミリアン王子が、あんな事を言ったのは父の助言があったから、なのかもしれない。


「なぜ、前もって私に教えてくれなかったのですか?」

「お前に教える必要はあるのか?」

「……」


 教える必要など無い。そう断言する父の言葉を聞いて、私は口を閉ざした。そんな私の不満げな表情と態度を見て察したのか、父が慌てて語りだした。


「違うんだ、マリアンヌ。ルイーゼの母親に頼まれたんだよ。あの子に、立派な婚約相手を見つけてほしいと」


 私が婚約破棄されることになったのは、ルイーゼの母親が原因らしい。


 どうにかして、私より権力のある立派な婚約相手を見つけてほしいと、ルイーゼの母親が言い出した。しかし、私の婚約相手はマクシミリアン王子だ。それ以上の相手なんて居ない。


 だから私との婚約を破棄させて、妹と婚約させる。そうすれば、ルイーゼの母親が望んだ通りになるだろう。父はルイーゼの母親に頼まれて、それを実行しただけなのだそうだ。


「お前には、別の婚約相手を探してやるからな。許せよ」

「……」


 全く悪いと思っていないような軽い謝罪と適当な対応に、私は苛立ちを覚えた。そして同時に失望した。父に期待していた自分にも腹立たしさを感じた。


 マクシミリアン王子の婚約相手として、今まで努力してきた。それを一瞬でダメにされてしまった。彼らの望みを叶えるために。


 この家に居たら、これからも私の人生はメチャクチャにされる。妹のルイーゼと、その母親に邪魔されて潰されるだろう。父も、彼女達の味方だった。私の味方は誰もいない。つまり、碌なことにならない。それは確信に近い予感だった。


 今回の件で家族を信じられなくなった私は、家から出ようと決めた。家から出て、一人で生きていくことを決めた。


「分かりました。それでは、失礼します」


 そう言って、私は部屋から出る。もう二度と、ここに戻ってくるつもりはなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る