第十四話

 入院中のダグラスに代わり事後処理をするため、チェスターは早々に謹慎を解かれた。

 チェスターは、謹慎が解けると、その足でダグラスの部屋を訪れた。

 扉を開けると、クリスがシミュレーターの前に立って銃を構えているところだった。

 クリスはチェスターを振り向きもせずに、平坦な声で問いかける。

「なにか用?」

 その声に、チェスターは唇を噛みしめた。

「クリス君、まずは君に謝罪をしたい」

 チェスターは頭を下げる。

「本当に、すまなかった」

 しかし、クリスは何も答えず、真っ直ぐにシミュレーターを見つめている。

 シミュレーターが、ランダムに画面上に六枚のまとを飛ばした。

 クリスは無言で銃を撃つ。

 全弾命中。

「それから、どうして私が君を処刑しようとした事を社長に言わなかったのか、教えて欲しいんだ」

 チェスターの問いにクリスは答える。

「言ったところでなにも変わらない」

 クリスは、シミュレーターを銃で撃った。

 全弾命中。

「ただ、ひとつだけ聞いて欲しい事がある」

 クリスの声に、チェスターは頷いた。

「私に出来る事ならなんでも聞こう」

 その言葉に、クリスは微かに口の端を吊り上げた。

 そして、またシミュレーターを銃で撃つ。

 全弾命中。

 その体勢のまま、クリスはチェスター告げる。

「会いたい人がいるんだ。レイ・ウィルボーンていう人なんだけど、その人に会いに行かせて欲しい。もちろん社長には内緒で」

 クリスは台の上に銃を置くと、そこでやっとチェスターの方を振り向いた。

「さすがに部屋を出るのはまずい。その人をここに呼んだらどうだろう?」

「ここには呼びたくない」

「しかし、部屋から出すのは私の権限では……」

「なにを言ってるの? この前連れ出したじゃない。それとも社長に言って欲しいの?」

 チェスターはしばらく考えてから、口を開いた。

「分かった。君の言う通りにしよう。それで、その人は何者なんだ?」

 クリスは微笑んだ。

「拷問官で、僕の先生だ」


 その日、レイの部屋に突然クリスが訪ねて来た。

 クリスは、許可を貰って来たらしく、護衛を一人連れている。

「先生、久しぶり」

 クリスが手を挙げて挨拶をした。

「どうやってここに来たんだ?」

 それに、クリスがさらりと答える。

「副社長に許可を貰って来た」

 レイは、クリスの言葉を聞いて、よくこの状況で許可を取れたものだと感心する。

 そして、ため息をひとつつくとクリスに告げた。

「入れよ」

 クリスは、レイに「ありがとう」と礼を言うと、護衛を外に待たせて、一人で部屋の中に入った。


 レイは自分の前に立っているクリスをまじまじと見る。

 隣に並んでみると、クリスは以前より随分ずいぶんと背が伸びていた。

 レイはクリスの顎を持って顔を上げさせる。

「美人っぷりがあがったな」

 レイに見つめられて、クリスは目を閉じる。

 それを見て、レイは慌ててクリスから手を離した。

 クリスは目を開けて、不思議そうな顔でレイを見る。

「お前に必要なのは貞操観念だ」

 レイは自分に貞操観念があると思ってはいなかったが、そのレイから見てもクリスの行動は常軌じょうきいっしていた。

「先生には言われたくない」

 クリスは興味なさそうに目をらす。

「それは、こっちの台詞だ」

 レイは、クリスがどうして自分に会いに来たのか理解出来なかった。

 クリスは、ダグラスと付き合っている筈だ。

 それなら、今まで散々肉体関係にあったレイの所へ来るべきではない。

 おまけにさっきの態度だ。

「話をしに来た」

 レイはクリスの赤い唇を見つめる。

 それがどれ程甘いのか、レイはよく知っていた。

 そもそも、クリスを仕込んだのはレイ本人だ。

「なんの話だ?」

 レイはクリスから目を逸らした。

「うまく言えない。でも、先生なら聞いてくれると思って」

 レイは横目にクリスを見る。

 クリスの白い肌が目をくいた。

 レイはその吸いつくような肌の感触を思い出す。

「無理だ。帰れ」

 クリスが不思議そうにレイの顔を見つめて来る。

「これ以上は俺の理性がもちそうにない」

 クリスが首をかしげる。

「先生に理性なんてあったの?」

 黒い髪がクリスの頬にかかる。

「ある。そして、俺は今、それを総動員して戦っているところだ」

「そんなもの、手放してしまえばいいのに」

 クリスは明らかにレイを誘っていた。

 それはもう、貞操観念がどうとかいう以前の問題だ。

 しかし、レイにはクリスの考えている事は分かっていた。

 自分自身の苦しみから逃げる為だ。

「先生? しようよ」

 クリスはレイに体を預けて、股間に手を伸ばす。

 レイのちっぽけな理性などもつ筈がない。

 誘惑に負けて、レイはクリスを乱暴に押し倒した。

「それじゃあ、久しぶりに俺の仕込んだ体を味あわせて貰おうか」

 レイはクリスに激しく口付けた。

 それに、クリスが答える。

 それだけで、レイの意識が飛びそうになった。

 今まで、レイは沢山の人を抱いて来たが、本気のクリスには勝てる気がしなかった。

 調教したのはレイだが、クリスの仕上がりは予想を遥かに超えていた。

『こんな事まで成績優秀すぎるんだよ』

 レイはクリスの白い肌に指を滑らせる。

「んっ……」

 クリスがそれに反応するように少し体をそらす。

「たまらねえ」

 レイはクリスから唇を離し、今度は首筋に舌を這わせる。

 クリスは嫌がるように顔を背けた。

「やっ……」

 クリスの体が反応する。

 それは全てレイが教えこんだ演技だ。

 そうでなければ、クリスは声を出す事も、体を反応させる事もまず有り得ない。

 ただ、クリスはレイの望むままに演じているだけだ。

 レイは分かっていても止められなかった。

 クリスを後ろ向きにして、今度は背中に舌を這わせる。

「気持ちいいか?」

「ん……」

 唇から声が漏れる。

「いくぞ」

 クリスの手がシーツを掴む。

「声出せよ」

「先生、僕を、壊して」

 クリスの掠れるような声を聞き、レイの理性は完全に壊れた。

 そして、欲望のままに乱暴に抱いた。

 それに反応して、クリスが乱れる。

 クリスはダグラスの前では、こんな態度を見せてはいないだろう。

 可愛い生徒が自分だけに見せる態度に、レイは優越感を覚えずにはいられなかった。

『誰にも渡したくねえ』

 レイはクリスを抱きしめると、激しく口付けた。


 行為が終わると、クリスの息が少し上がっていた。

 クリスはレイの腕に頭を乗せて横たわっている。

「なにしに来たんだ。俺にただ抱かれに来た訳じゃねえんだろ」

 クリスは黙っていた。

 レイには、クリスがなにを言うべきか悩んでいるのが分かった。

 そのまま、レイも黙ってクリスを待つ。

 すると、しばらくして、クリスがやっと口を開いた。

「全てが苦しくて、どうしていいか分からないんだ。先生ならなにか教えてくれるんじゃないかと思って、ここに来た」

 レイは、横目にクリスを見る。

「聞いてやるから言えよ」

 クリスはレイの腕の上で頭を少し動かす。

「牢で僕が看守に犯されたのは、やっぱり僕が誘ったんだろうか」

「それはねえだろ。あれはどう考えたって看守が悪い」

「でも、看守が僕をそういう目で見ていたのは知っていたし、近くには先生もいた。助けを呼ぼうと思えば出来たんだ」

 レイはクリスの髪をなでる。

「お前は苦しくて逃げたんだろ。壊れるより、その方がいい」

 クリスはレイの胸に顔を埋める。

「先生に言ってなかったけど。僕が誘拐された時、相手、六人いたんだ」

その言葉にレイが驚く。

「六人って……。こんな子供にか?」

「でも、誘ったのは僕だから」

 レイはクリスの肩を持って体を突き放した。

「あれは相手が悪いって言っただろうが! なんで自分を責めるんだよ! つらい思いをしたのはお前じゃねえか!」

 クリスは体を突き放され、驚いたようにレイを見る。

「お前、ずっとそんな事で悩んでたのか?」

 クリスは小さく頷いた。

「僕は誰とでも寝るし。なのに怖くて……。おかしいよね?」

「おかしい事あるかよ! 無理やり襲われれば怖いに決まってんだろ! 誰とでも寝るとか寝ないとかそういう問題じゃねえんだよ! しかも相手は六人だぞ?」

 クリスはレイにしがみつく。

「あの時、本当は凄く怖かったんだ。早く終わって欲しいのに、全然終わらなくて……。でも、僕がおかしいみたいに思えて……。だから、先生に聞いて貰えて、良かった」

 クリスの肩が小刻みに震えていた。

「出来るなら俺がそいつらを殺してえ」

 レイはクリスを抱きしめた。

「なんで相手の名前を言わねえんだよ」

 それに、クリスはなにも答えなかった。

「だんまりかよ」

 レイは諦めたようにため息をついた。


 これ以上聞いてもクリスがなにも話さない事は分かっている。

 レイはこの話を早々に打ち切った。

「聞きたかったのはそれだけか?」

 レイに聞かれて、クリスはつらそうな顔で答えた。

「僕は怖かったから誰かに逃げたかっただけで、あの時本当は誰でも良かったんだ。だから僕は社長を裏切ってる」

 その言葉に、レイは再びため息をついた。

「今も盛大に裏切ったばかりだしな。もっと自分を大切にしろ」

 レイはクリスの頭を抱いた。

「逃げたきゃ逃げればいいんだよ。それで自分を責める必要なんざなにもねえよ」

 クリスはなにか言いたそうにしていたが、言葉が見つからないようだった。

「全部自分の所為にするな。それは、お前の悪い癖だ」

 レイはクリスの首筋に顔を埋め、体に指を這わせる。

「前にも言ったが、何かあったら社長に聞いて貰えよ。その方が、お前も苦しくなくなるぜ」

 クリスはなにも答えなかった。

「社長と別れて俺の所に来いよ。そうしたら難しい事なんざ考える必要もなくなる」

 クリスはレイの言葉に悲しそうに微笑んだ。

「僕は部屋の外には出られないよ」

 そして唇を噛みしめる。

「それに、僕はあの部屋から出たくない」

 レイはため息をついた。

「そんなに社長が好きか?」

 クリスは無言で頷く。

「こんな状態じゃあ、いつかお前が壊れるぞ」

 レイはクリスに口付けた。

「それでも僕は社長といたい」

 クリスは吐息混じりの声でそう言った。

「どうせお前の事だ。社長の前では猫被ってんだろ? お前にいい子の振りなんざ無理があるんだよ。そんな事してるから無理が来る。そしてまた無理を重ねる。社長に自分を全部さらけ出せよ。それしかねえだろ?」

 クリスは黙ったままで何かを考え込んでいるようだった。

「口で伝えられないなら、体で伝えろよ。お前はそっちの方が得意だろ?」

 クリスは言葉が見つけられず、ただ黙っていた。

「もうこれ以上、俺に出来るアドバイスはねえよ」

 クリスは小さく頷いた。

「ありがとう」

 レイはクリスの体をきつく抱きしめた。

 そうしなければ、クリスが今にも消えてなくなりそうだったからだ。

「俺のものになんてならなくていい。だからクリス、どこにも行くな」

 レイはもう一度激しくクリスを抱いた。

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