第2話


起動。


偽魂は損傷していない。


……。


魔法を感知して立ち寄ったところ、ほぼ全壊したソイツを見つけた。

死体がいくつか周囲に放置されている。


争った後のようだが、明らかにおかしい。


ゴーレムのようだが、こんなのはお目に掛かったことがない。


殺しに特化したヤツか。


手首に針、肘に刺突用の剣、前腕にフック4本、足にもフック2本が装備されている。

それから突起のついたワイヤーが8本。

胴から発射できるようになっている。


ほとんどが使い果たしたか壊されている。

まだ何か内蔵されているかもしれない。


壊れた身体を治すのはムリだった。

他の身体に偽魂をコピーするのが吉だ。

元の身体を参考に似たような兵装を内蔵してみた。



こちとら機械専門のドワーフじゃい。

コイツを直すだけじゃなく、さらに強くなるよう改造してやったわい。

ざまみろ、ガハハ。

ま、誰に言ってるのか、ワシにもよく分らんが。


「……ここは?」

ゴーレムは言った。

「起動はしたが、まだ身体は調整中じゃ」

ワシは質問には答えず、状況を説明した。

「偽魂をコピーした、元の身体はぶっ壊れ取ったからのう」

「……」

「今の身体はレプリカじゃが、出来は元の身体よりもいいかもしれん」

「作動できない」

ゴーレムは言った。

「作動した途端、ワシを攻撃してきたら溜まらんからな」

「そんな必要はない」

「そうかい」

ワシは取り合わず、作業を続けた。


大まかな部分は作ったものの、まだ細かな調整はできてない。

まだ2、3日はかかるだろう。


せめて話相手になってやるとするかい。


「あなたは誰です?」

「ワシはダグザ、ドワーフじゃよ」


「ドワーフ?」

「見たことないか? ワシらは普通は地下に住んどるからの」


「技師なんですか?」

「機械を弄るのが趣味じゃな」


「お前さん、呼び名は?」

「ありません」


「じゃあ、今、付けようか」

「……」


「ドーラってのはどうだ?」

「……はい」


という訳で、コイツはドーラって名前になった。

調整は済み、作動チェックを行っているところだ。


***


私は起動した。

再起動…いや、生まれ変わったと言った方がいいのだろうか。

前の身体よりも動きがスムースなようだ。


「防御面ではよく刃を弾くように曲面を多く。

 武器が刃物だけじゃ魔法に対応できぬので、刻印を使っておる」

「刻印?」

「魔方陣の一種じゃな、単体でも魔力を扱うことが出来る」

ダグザは言った。

「対魔法防御、魔力による対物理防御、各種属性魔法の効果付与が行える。試してみい」

「はい」

私が腕を振ると、フックが飛び出る。

フックには刻印が付いていて、赤く光っている。

熱が発生しているのか、灼熱の様相だ。


「熱ですね」

「そうじゃ、反転すれば冷気にもなる」

「スイッチは?」

「手首に仕込んであるぞい」

ダグザの技術は素晴らしいものがあった。

マスターは居なくなったが、もっと凄い人物が現れた。

私はなぜか安心した。


「火は行けるが、他はムリだな。お前さんの魔力が足りない」

「その辺はよく分らない」

「属性については理解しておけ、分らんと後で困るぞい」

ダグザは説明する。

「地水火風光闇の6つじゃ、地と風、水と火、光と闇がそれぞれ対立する構造になっとる。

 対立する要素は互いに打ち消し合い、時には弱点となる」

「……」

「おいおい理解すりゃいい」

「分った」

私はフックを収納した。


刻印は空気中の魔力の源であるマナを集め、それを操り一つの流れにする。

流れ方が決まっており、それにより属性が作られる。

刻印を起動するのには術者の魔力を要する。

少量の魔力で大きなマナを操ることができる。


私のような魔力の少ない存在にはうってつけの仕組みだ。


私はラボにいる。

ダグザのラボだ。

ここではメンテナンスが可能だ。


食事は必要ない。

魔石がマナを集めてくれる。

それで身体を維持できる。


神殿から出て、魔族の領土へ踏み込んでいた。

ダグザは魔族と親交があるらしい。

魔族は発展しており、街並みも素晴らしく綺麗である。

多種族が住んでいるが、争いらしい争いも起きない。

ケンカや小競り合いはあるが。

ある魔王が魔族を発展させた。

一度、魔王の座を追われ、再び魔王に就任したという特異な経歴を持つ魔王だ。

人間の国である皇国を何度も退け、打撃を与えて立ち直れなくさせたらしい。

交易を振興させ、魔族と人間は和平を結んだ。

少なくとも表面上は。


ダグザはラボを維持するのに金が不足しがちだった。

私は街へ出て、仕事をすることにした。

仕事といっても雑用から荒事まで含む仕事斡旋業だ。

一言でいうと何でも屋だ。


これは未確認だが、ある魔王も一時はこういう仕事をしていたとか。

余談はまあいい。


私は酒場まで足を運び、仕事を受けた。

ネズミ退治。

害虫駆除。

野生動物の駆除。

などなど。


「そこっ」

フックが飛び出し、ネズミを串刺しにする。

熱が肉を焼き、絶命させる。

これで100匹目。

見つけ次第、駆除してきたが、巣を見つけ出す方が効率がいい。

巣はどこにあるのか。

眼前にマップが浮かぶ。

事前に依頼主から入手した下水の地図に、実際に歩き回って修正を加えている。

下水道は暗くて狭い。

さらに汚く不潔だ。

ゴーレムでなければ病気になるだろう。

こんな仕事を受ける人間は、よほど金に困っているのか。

あるいは他に仕事がないのか。

虱潰しに歩き回って、やっと巣を見つけた。

刻印を炎モードにしてネズミどもを焼き尽くす。

刻印は慣れると便利なものだ。


仕事をこなして金を稼ぐ。

ラボに金を入れることができた。

私のメンテナンスも、これで安心だ。


「ふむ、投資が少しずつ返ってきたのう」

ダグザは言った。

「どういう意味だ?」

私が聞くと、

「お前さん、冗談は介さんのか」

ダグザは肩をすくめた。


***


「古の神殿とか言ったか?」

「そうだ、例のゴーレムはそこで壊した」

「あれで動いたら、もはやアンデッドだぜ」

「だが、魔族の領域でそれらしいヤツを見たって話があんだよ」

「あんだと?」

「んなことあるわけねー」

「いや、提携してる魔族の組織からの情報だ」

「あー、そっか、マジでかー」

「魔族のヤツら真面目だからなぁ」

「もっと不確かな情報とか適当な情報とか織り交ぜろよ」

「いや、それはそれでダメだろ」

「で、やっぱりやるのか…?」

「もちろん」

「組織のルールは絶対だ」

「ふん、確かに」


沈黙が部屋を支配する。


「魔族どもの手を借りる」

「アイツらと協力すんのかよ」

「そうだ」

「気に入らねぇな」

「つーかよ、魔族の領域じゃあアイツらの案内がねーと動けねぇよ、どの道」

「魔族に委託する訳にもイカンからな」

「ま、そりゃねーわ」

「決まりだな」


皆、席を立つ。

会議は終了したということだ。


***


ラボは街外れにある。


私は仕事を終え、ラボに向かっていた。

人間ではない私がこう言うとおかしいかもしれないが、帰る家があるというのは安心する。

「今、戻った」

私はラボの扉を開けた。


ギィッ


音がする。


……おかしい。


雰囲気がいつもと異なる。


シュン


何かが空を裂いて飛んできた。

避けきれず、胸にもらう。

ナイフだ。

金属の身体には突き刺さらない。

服で止まったようだ。


「刺さらねぇ、だと…」

覆面で顔を隠したヤツがつぶやいた。

他にも何人か佇んでいる。


盗賊…いや、暗殺者か!?

まだ狙っていたのか。

私は驚愕した。

それが反応を遅らせた。


手斧が飛んで来る。

躱せない。

モロに頭部に叩き付けられる。

私は吹っ飛ばされた。


衝撃。

床に転がる。

側頭部に亀裂が走ったようだ。


視界の端に、ダグザが映った。

床に転がっている。

赤い液体が身体の周囲に広がっていた。


……。

なんだ、この感じは。

ダグザは死んだ……のか?


何かがおかしい。

ナニカガオカシイ。

私には感情などない。

ないはずだ。

それなのに、なんだろうこれは。

ナンダロウコレハ。


魔石に何かが流れてくる。

ナガレテクルゥ。

狂う。

狂気が奔流となって流れてくる。

それが私を動かした。


「うぉぉぉぉっ!」

叫び声を上げて、私は跳躍した。

身体中からワイヤーが飛び出す。

先には鋭い突起がついている。


暗殺者たちは慌てて躱したが、何人かが避けきれず突起に貫かれた。

突起には刻印が入っている。

炎が吹き出す。


「ぎゃああああっ!」

「ぐわぁぁっ」

突き刺さった突起から火を噴出させて暗殺者たちが倒れた。

そのまま、床をのたうち回る。


着地して、ワイヤーをパージする。

暗殺者のうち、何人かが杖を取り出した。

魔法か。

「エナジー・ボルト」

光の矢が雨のように飛んできた。

避けられない。

私はフックを出した。

射線上にフックを置いて遮らせる。

魔法の矢が爆発した。

フックが粉々になる。

それでも、何本かすり抜けて私に叩き付けられた。

魔法耐性のあるボディだが、それでも無傷という訳ではない。

爆発のショックで吹っ飛ぶ。

また床に倒れた。


「たたみ掛けろ!」

声がした。


何人かの暗殺者が戦斧を取り出したのが見える。

重量のある武器で叩き割る気だ。

私は倒れたまま、ワイヤーを放った。


「おっと」

暗殺者たちは学習しているようで、ワイヤーを避けた。


その隙に立ち上がる。


暗殺者が戦斧を振り下ろした。

私は接近した。

距離は内蔵された計器が測ってくれる。

左腕を犠牲にして、斧を止める。

斧の刃は腕を切り落とすまで行かず、途中で止まる。


右肘から細身の剣が突出する。

突き刺し用の短い剣だ。

それを相手のアゴの下から突き刺した。


ズブリ。


肉を刺す手応え。

相手はそのまま絶命したようだ。

ペキッと音がして、剣が切り離される。


「てめえ!」

怒鳴り声を上げて、別の暗殺者が戦斧を振った。

横へスイングしてきた。

しゃがんで躱す。

左手をついて身体を固定し、右足を突き出す。

足首からフックが飛び出してソイツの頭に突き刺さる。

刻印から火が噴き出す。

「ぐぎゃあああっ」

悲鳴を上げてソイツは倒れる。

フックを切り離した。


いずれ装備が切れる。

その時に倒される。

内蔵された計算器が結論を出した。


だが、どうでもいい。

私は思った。


コイツらは生かしておけない。


暗殺者が戦斧を振り上げて走ってくる。

私は同じように走って近づいた。

距離が肉薄する。

右手で相手の顔を打つ。

手首から針が飛び出し、相手の頬に突き刺さる。

刻印から炎が噴き出した。

「ぎゃああっ」

悲鳴をあげて暗殺者が倒れた。


頭部に手斧を受けて亀裂。

胸に爆発による破裂。

左腕は壊れて切り落とされる寸前。

だが、致命傷はまだない。


私は続けて暗殺者たちに近づこうとしたが、


「エナジー・ボルト」

魔法が飛んできた。

雨あられと光の矢が飛んで来る。

私はただの的だ。


爆発。

爆発。

爆発。


衝撃が立て続けに走った。

立っていられなくなる。

というか、胴が大きく裂けて上半身が折れて床へ倒れた。


魔法での攻撃はまだ続いた。


爆発。

爆発。

爆発。


私は壊れて行く。

頭部が胴体と離れた。

四肢がバラバラになる。


もう覆せない。

負けだ。

このまま壊されるのだろう。

物である私は、いつかは壊れる。


唯一の家族だったダグザも、もういない。

何もない。

私には何もない。

このまま受け入れる。

死を。


意識が遠のいていった。

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