魔人形は絡繰羊の夢を見るか

@OGANAO

第1話


私はゴーレムだ。

といっても泥や砂で出来た初期のモノではなく、多種多様な素材で身体を構成している最新型だ。

金属のケーブルを使用し、それを引っ張ることで手足を作動させる。

動力及び制御は魔石を使っている。

魔法により偽魂を付与していて、自律行動ができる。


マスターの命令を受け、任務を遂行する。

見た目は人間と遜色がなく、人の間に溶け込める。


ただ、コミュニケーションを重ねて行くと違いがあるのだろう、看破されてしまうことが多い。

表情。

仕草。

受け答え。

それらが自然な人間の反応とはほど遠い。


それが私の悩みだ。



クルーダの街では人間と多種族が共存している。

多少おかしな者がいても不思議には思われない。


ねぐらに戻り、身体のメンテを行う。

作動状態を確認。

これを怠ると、いざと言う時に困る。


任務の内容は、暗殺であることが多い。

人に紛れることのできる私は、標的に悟られずに屠ることが可能だ。


雑踏に紛れて背後から近寄り、手を伸ばす。

手首の隙間から針が伸び、標的の後頭部を刺し貫く。

一瞬の出来事だ。

針を収納し、そこから離れる。


いつもの事だ。


任務完了後はマスターへ報告する。


ねぐらへ戻り、マスターの部屋を訪れた。

ドアを開けて入る。


……なんだ?


足元に液体が広がっている。

血か?


私はハッとした。


……マスター?


マスターは床に倒れていた。


……どうしたのだろう?


動かない。


……壊れた?


「マスター?」

声を発してみる。

発声は振動器を使って行う。

肺に似た構造の部品から空気を押しだし、振動器を動かす。

「マスター、どうしました?」

訪ねてみた。


が、マスターは微動だにしない。


その姿は私が屠った標的にも似ていた。

標的も私が加撃した後、動かなくなる。


「……」

私はどうして良いか分らず、立ち尽くした。



どれくらいそうしていたのだろう。

ふと、私は気付いた。

このままマスターの所にいたら、誰かに見られて騒ぎになる。

これまで私が経験してきた数々のケースに照らし合わせると、マスターは殺されたということになる。

私はそう結論づけた。


……。

……。

……!?!?


私は、

これから、

どうすれば、

いいのだろう。


命令を受けなければ、何をして良いか分らない。

何をすれば良い?

私はどうしたらいい?


まずは現場から離れることだろう。


でも、どこへ行けば?


迷いが生じていた。


人形の私が「迷い」だと?


どういうことだ?



スラムの一角にある空き家に入り込んだ。

スラムは外から来た者達が街の外に形成したバラック群だ。

薄汚れた人間達が、薄汚れた建物で、食べ物だかゴミだか分らないものを食べている。

そんなところだ。

治安は悪いが、ここ以外に身を隠せる場所は思いつかなかった。


魔石がエネルギーを供給するので、数年は動き続ける事ができるだろう。

どこまで動けるのか、その辺はマスターにしか分らない事だった。

私は、ずっとマスターに従って来た。

面倒な事は考える必要はなかった。


……今は。

今は考えなければならない。

偽魂を発展させる必要があった。

リソースを注入して、思考ルーチンを増加させた。

自己判断能力を強化しなければ。


***


死んだマスターはクルーダの暗殺者集団に属していた。

暗殺者集団の幹部は、ゴーレムが野放しになっていることを危険視した。

なぜマスターが死んだのかは不明だ。

もしかしたら、ゴーレムが誤作動を起こしたのかもしれない。

そうでないのかもしれない。

とにかく野放しにはできない。


腕利きの暗殺者たちが放たれた。

ゴーレムを始末するためだ。


ゴーレムは決まった思考ルーチンを持っている。

この状況ではこう。

この動きだったらこう。

という反応が予め決まっているのだ。


魔法使いなら大体の所は把握出来る。

追っ手の中には魔法使いがいる。

ゴーレムに使う偽魂は定番の魔石回路を使っているのだ。

発案制作者の名前を取ってジェームス回路と呼ばれている。


「こういう時は、近場で見つかりにくい所を選ぶ」

魔法使いは言った。

「じゃあ壁外のスラムだな」

「バラックを虱潰しとかイヤだぞ」

「聞き込めばいい」

「ちょいと金をバラ撒けば喜んで情報を売ってくれるさ」

「ふん、じゃあいくぞ」

という会話がなされ、すぐに場所が特定されることになる。


「ここか…」

ボロボロの建物。

「気配がしないな」

「ゴーレムが気配とかだすかよ」

「ブツくさ言ってんな、さっさと始末すんぞ」

暗殺者たちはバラックの中に入って行く。


ゴーレムの行動は予測できる。

音に敏感だ。

こちらが入った所を待ち伏せしてくる。

なので、囮を使う。

同じくゴーレムを部屋に入れ、待ち伏せしてきた所を叩く。

こちらのゴーレムは使い捨てだ。


部屋に入った瞬間、


ゴッ


音がして、こちらのゴーレムの頭が砕け散った。


腕から大きなフックが4本飛び出して頭に突き刺さったのだ。

奇妙なギミックが搭載されている。

どんだけ変態カスタマイズされているのか。

こちらのゴーレムはガシャッと崩れ落ちた。


「おりゃあ!」

暗殺者の一人が盾を構えて突進した。

全身を鎧で固めている。

標的のゴーレムは隙を突かれて盾に押し込まれる。


ギッ


もう片方の腕を振る。

フックが飛び出る。

3本は盾に阻まれた。

残り1本は暗殺者に届いたが、鎧を貫通するまでの威力はないようだった。


他の暗殺者が中に入っていった。


3人はクロスボウを持っていた。

盾とは別方向を位置取る。

クロスボウの矢が打ち込まれた。

クロスボウはプレートアーマーの板金も貫通する威力を持っている。

標的のゴーレムは胸部を連続で撃ち抜かれ、よろめいた。


「チッ、頑丈だなコイツ」

「感心してる場合か」

「盾で押すぞ」

クロスボウを捨てる。

1人は盾に持ち替えて同じように盾を押しつける。

「おりゃあ!」

「うっしゃ!」

そのまま、先ほどの盾持ちと一緒に壁際まで押しつけた。

押しつけて剣か槍で刺す。


しかし、バラックの壁はそれほど頑丈ではない。


ボゴッ


盾の突進が逆に壁を壊してしまった。


ドガッ


標的のゴーレムは外へ吹っ飛び、道路へ転倒してしまう。


「クソッ」

「なんて脆い壁だよ?!」

「しゃべってないで追え!」

暗殺者たちは悪態をついた。

慌てて外へ出る。


しかし、外には標的のゴーレムの姿は既にない。

逃げたのだった。


***


私はクルーダの街から出た。

クロスボウの矢が胸部を貫いたが、行動には支障はない。

マントを羽織って隠せる。


クルーダからボグダまで向かう。

クルーダ周辺の街道は他より安全な事で知られている。

なので、人通りが多い。

暗殺には不向きだ。


ボグダは古都というヤツで、古くから文化が花開いていた都市だ。

隠れるに適した場所が少ない。

暗殺者たちも同様に活動しにくい。


神殿が慈善事業で行っている生活保護に頼ろうと思ったが、生活保護のシステムが変わっていた。

神殿は商会と協力して生活保護を受けている者に仕事を斡旋していた。

生活力をつけるという方向へ進化していたので、私のようなゴーレムには利用するのは不可能だった。

話せばすぐにバレてしまう。


私はボグダに留まり続けることができずに街の外へ出た。

近隣の森に神殿があるという。

そこへ逃げ込むつもりだ。

もちろん、追っ手が神殿まで追ってくるのは予想できた。

だが、私にはもう打つ手がなかった。


追っ手は私の行動を予測している。

思考ルーチンが一定なのだ。

簡単に読まれてしまう。


リソースをつぎ込んで増加させたつもりだったが、限界があるようだった。

追っ手は偽魂のことをよく知っている。

魔法使いがいる。


***


古の神殿。

この辺ではそう呼ばれている。

暗殺者たちはそこへ標的を追い込んでいた。

大詰めである。


決戦の地だ。


標的はしぶといが、必ず仕留めなければならない。

暗殺者ギルトは使役物であるゴーレムを野放しにすることはない。

被害がどれだけ出ようと、である。


「魔法を」

「了解」

魔法使いが呪文を詠唱し出した。

「ライトニング!」

稲妻が神殿の中へ叩き込まれた。

「突入!」

暗殺者たちが神殿へなだれ込んだ。


標的のゴーレムは上から降ってきた。

天井に張り付いて魔法を回避したようだ。


「なんてヤツだ」

舌打ちが聞こえる。

「プロテクション」

魔法使いが物理防護の魔法を唱えた。

淡い光が暗殺者たちの身体にまとわりつく。

「おおおっ!」

刃がきらめいた。

ゴーレムに叩き込まれるが、切り込みが浅い。

相手の手首から針が飛び出てくる。

スプリングを調節していた。

針を射出して射程を大幅に伸ばしていた。

戻ってこない、撃ちっぱなしに改造している。


「が…ッ」

暗殺者の一人がまともに針を喰らった。

まるで顔が咲いたように血が飛び散る。

そいつは転倒した。


仲間の負傷などまるで意に介せず、他の暗殺者は動きを止めることはない。

ハンマーを叩き込む。

ゴーレムは躱しきれず肩に喰らった。


メキッ


音がして肩から腕が折れる。


バランスを失って、ゴーレムが倒れた。

が、倒れながらもギミックを作動させる。

脚から刃が現れる。


ハンマーを持った暗殺者に叩き込まれた。

暗殺者は腹に刃を喰らって崩れ落ちる。


「スパイラル・ファイア!」

魔法使いが叫んだ。

炎の塊が幾条も飛び、ゴーレムへ叩き込まれる。

作り物の身体は燃えにくいものの、何発も撃ち込まれたらダメージが蓄積して行く。

破損が増えるにつれてゴーレムの動きは鈍くなる。


「ライトニング!」

稲妻が飛んだ。

至近距離なので、術者にも魔法が飛び火する。

「ぐわっ…」

魔法使いは電気を喰らって怯む。


「任せろ!」

斧を持った暗殺者が得物を振り下ろした。


ゴツッ


首が切断される。


ゴーレムは動かなくなった。


「生き残ったのは」

「3名だな」

「コイツやっと死にやがったぜ」

生き残りたちは悪態をついた。

「シュルツのヤツ、とんでもない化け物を作りやがって…」

「ふん、報酬の分け前が増えたってこった」

「言えてるな」

生き残りたちは、そう言うと神殿から立ち去った。

神殿を荒らし放題にしたが咎めるものはいなかった。

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