小説のかけら

有未

閉じた世界での祈り

 時計の針が日付の変更を刻む頃、扉の開く音がした。なくしたなにかを見付けたような、そんな気持ちで私は恋人を迎える。私たちは、たったふたりで完結していた。世界など、どこにもなかった。離れていれば会いたいが募った。開け放した窓から確実に夏の気配を感じ、蝉の声を聞く。私たちは、そっと窓を閉めた。






 君が好きだと言えたなら、どんなにか私は心救われるだろう。たとえば君に心寄せるひとがいたとして。たとえば君は私を思っていなくても。ただ、子供のような心で、君が好きですと。君に伝えられたなら。上がらない花火は胸の内で燻り、やがて静かに地面に落ちる。






 過ぎし陽だまりに思いを馳せても何にもならないと考えつつ目を閉じた。小さな庭の片隅に何故か芽を出し花開かせた小さなユリ、遊びに来ていた小さな猫。君たちは元気でやっていますか。私はなんとか元気です。






 向日葵が似合う君のことを毎夏に思い出します。暑い夏の日々も君がいてくれることが心から幸福でした。それは胸の底に落ちる一枚の金貨のようでした。君が投じた金貨の行く先を僕は今も探しています。今年もまた夏が来ます。僕は立ち止まるのはやめて、君に手紙を書きます。向日葵の似合う、君へ。






 片羽のように寄り添っても、どんなに傍にいても、いびつなかたちをしたさびしさという隙間は埋められなかった。一緒にいると互いは互いの為に傷付くような、傷付き続けるような気がした。それでも手を離せなくて、ふたり、陽だまりの中で影を作る。






 押し込められたような狭いアパートのワンルーム。窓辺で、流れ行く電車と一本足の外灯を見ながら煙草を吸うと、どこにでも行けるような、どこにも行けないような、不思議な気持ちになった。流行りの歌をイヤホンで繰り返し聴き、私は私の気持ちの落としどころをずっと探していた。






 街中に植えられた木です。ぼくは街の中で色々な人達を沢山、見て来ました。皆、忙しそうで、ぼくを見上げてくれる人はいませんでした。定期的にぼくに行われる葉っぱや枝の手入れで、まだ元気なぼくの一部が、ばさばさと地面に落とされて行くことが、ぼくはとても悲しいです。今日は珍しく良く晴れました。日光浴はとても気持ちが良く、光合成が出来ます。嬉しいです。雨の日も根っこから水分を貰うことが出来て、嬉しいです。突然、森の皆と離されて街中に植えられたぼくだけど。悲しいこともあるけれど、嬉しいこともあります。時々、ほんの時々、ぼくのことを見上げてくれたら。そうしたらぼくはとても幸せです。






 ほうき星を追い掛けて来たら、いつの間にかこんなにも遠いところまで来てしまった。帰ろうという気持ちと、いや、まだまだほうき星を追い掛けて行くのだという気持ちとがせめぎ合う。僕は後者を選択する。あちこちから無数の光を放つ星々の隙間を縫うようにして、ほうき星は遠くへ遠くへと流れて行く。

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