第72話 意外な才能

「そろそろ野営するか。この辺りだと少し目立たないだろう」


 草原にある大岩の影を陣取って野営をすることにした。

 ここに来るまでにブラックウルフとアシッドスネーク、ビックスパイダーと遭遇した。


 食糧になるのはブラックウルフのみである。

 他は食べれたものでは無い。


 さっそく野営の準備をする。

 それぞれテントを張る。

 アリーは初めてなので練習しながらである。


「あれ? 師匠、アリーさんと同じテントじゃないんっすか?」


 ダンよ単刀直入になんて言うことを言うのだろうか。アリーが顔が真っ赤になってしまったではないか。


「一緒のテントなわけが無いだろう。別々だ」


「そうなんっすか? もういっその事一緒に寝ればいいのに……」


 俺達はまだ正式に結婚した訳でもない。

 ましてやお付き合いをしている訳でもない……はずである。

 ずっと一緒にいてくれとは言った。


 それは、お付き合いに入るのだろうか?

 こんな時にヒロがいてくれたら聞けるんだが、こんなことを聞ける人間はここにはいない。


「テツさん? ここってどうやるんですか?」


「あぁ。もう少しピンと張らないとダメだな」


「こう……ですか?」


「そうそう。いいんじゃないか?」


「わぁ! 初めてテント張れました!」


 喜んでいるアリーも可愛らしいな。

 思わず顔を見て笑みが浮かぶ。


「ご飯は?……誰が?……」


 フルルが誰に料理をさせるのか聞いている。

 俺がやってもいいのだが……。


「あっ! 自分がやりますよ!」


 名乗りを上げたのはウィンだ。

 デカイ身体で料理もするのか。

 凄いな。


「じゃあ、まず、薪を集めて火を起こそう」


 皆で薪集めを開始する。

 この岩の周りには薪になりそうなものが無い。

 盲点だったなぁ。


 前回の遠征の時は薪集めなんてそこら中にある枝を集めたから。まさか火を起こせるものがないとはなぁ。


「あっ、ないなら自分が魔石用の携帯コンロ持ってきたんで。さっきのブラックウルフの魔石ください」


 ブラックウルフの解体した時に出た魔石を全てウィンに渡す。

 すると携帯用コンロに魔石をセットしてカチッと火をつけた。


 そこに鉄鍋を乗せる。

 鍋を温めている間にブラックウルフの肉のブロックを用意していた木の板の上でブツ切りにする。


 ナイフの手さばきがかなり慣れている。

 凄いものである。

 料理の腕前は俺より上かもしれないな。


 少し小さめにしている。

 何を作る気なのだろうか。

 気になって聞いてしまう。


「ウィン。それは、なんで小さく切ってるんだ? 大きい方が食いごたえがあるんじゃないか?」


「大きい方が確かに食いごたえはあるんですが、最近少し夜は冷えるじゃないですか? それで、今回野営で使おうと思ってミルク持ってきたんですよ」


「ミルク?」


「はい。白粉を入れてミルクを入れるとトロトロのミルク煮になるんです。小さく切ると味が染みて美味しいんですよ」


 なるほど。考えられているというわけか。

 白粉というのは小麦粉のようなものでこの世界のパン等を作る時に使用される。


 ジュウという音を鉄鍋が奏でている。

 その奏は俺の腹の音と共鳴している。


 いい香りがしてきた。

 ウィンはその焼いている肉に塩コショウをかける。それは万能だな。


「ブラックウルフの肉は少し臭みがあるみたいなんですよね。だから、ミルクで煮ると臭みが無くなる」


 うーむ。よく練られた作戦だ。

 しかし、その作戦を早く遂行して欲しいものだな。俺の中の食いしん坊がまだかまだかと待ちわびているぞ。


 ズズッと少し味見をするウィン。

 コクリと頷くと顔を上げた。


「うん。出来ました。食べましょう」


 待っていたぞ。

 器を持ち盛り付けしてもらう順番待ちをする。

 自分の番になった。


「ウィン、肉多めでな」


「師匠だからって多くしません! みんな一緒です!」


「そ、そうだな」


 肉を多くする作戦には失敗してしまった。

 落胆して自分の場所に座ると、横にアリーが来た。


「ふふふっ。お肉あげましょうか?」


「いや、アリーは沢山食べた方がいい。腹がすくと動けなくなるからな」


「そうですか? なら遠慮なく」


 飯は戦闘における重要な部分である。

 いざという時に力が入らないからである。


 その点では俺はほぼ空腹状態で動けるように訓練してきた為、問題なく動ける。

 あの時は絶食状態で地獄の様な訓練をしていた訳だが。


 今は食事にありつける。

 有難い。


「いただきます」

「いただきます!」


 横でアリーも手を合わせていた。

 それぞれが買っていた保存用の黒パンを汁につけて食べる。

 黒パンはカチカチの硬いパンなのだ。

 こうして汁につけるのが一般的な食べ方だ。


 パクッと一口食べると。

 口に広がる染み出た肉の旨味と甘いミルクの味。コショウの風味もいい。


「美味い」


「そうですか? 良かった。こんなに大勢に振舞ったのは初めてで……美味しくて良かったです」


「ウィン、料理の才能あるんじゃないか?」


 俺がそう問うと。

 照れくさそうに頭を掻きながら答えた。


「才能かは分からないですけど、料理作るの好きで、世界の料理集を作るのが夢で……」


 壮大な夢だな。

 けど、いい夢だ。


「なら、今回の事は夢に一歩踏み出した訳だな」


「そうです! ワクワクしてます!」


「元々……料理……担当」


 フルルが俺に教えてくれた。


「暁で料理を担当してるのか?」


「そうです! まぁ、楽しんでやってます!」


「料理を楽しいと思えるのも才能なのかもしれないな。その身体からは想像がつかないけどな?」


「そうですかね? はははっ」


「フルルも料理やってみたらどうだ?」


「適材……適所」


 便利な言葉を知ってるな。

 これはやる気はないようだ。

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