第57話 物資を補給

「美味しかったよ。ご馳走様!」


 ヒロが爽やかな笑顔で店員の女性に話しかけている。

 こんなことしてるからコイツには女性が寄ってくるんだろうな。


「いえ! 今日は本当に有難う御座いました!」


「あぁ。ボクの事でもあるしね。それよりさ、美味しいパンと干し肉売ってるところ知らないかな? 今旅の途中で補給に来たんだよね」


「あっ! 本当に今、魔物の王の討伐に向かってる所なんですか?」


「そうだよ?」


「凄いです! 頑張ってくださいね!」


「うん。有難う……それで?」


「あっ! この先行って右に曲がるとヤワラっていうパン屋さんがあるんですよ。そこが柔らかくて美味しいです! 後は、干し肉はそのパン屋さんとは反対側にあってジュージューっていう店で、噛めば噛む程味が出てきて本当に美味しいんですよ!」


 急に始まった店員さんのマシンガントーク。

 ヒロは気圧される事無くウンウンと頷いて聞いてあげている。

 そういう所が女性に好かれるのだろうな。


 俺があんな勢いで話されたら顔が引き攣ってしまいそうだ。

 あぁ、アリーに話されたらちゃんと聞けるな。

 だが、何も知らないような人の話をあんな風には聞けない。


「それは食べてみたいなぁ。有難う! 行ってみるよ」


「はい! また来てくださいね!」


 凄くニコニコしている。

 ヒロに惚れたのだろうか?

 そういう事もあるか。


 怒鳴り散らすニセ勇者に絡まれていたところを助けられて、こんなにいい顔してる男だしな。

 女性がヒロを好きになるのもわかる気がする。

 その点で言えば、レイとアケミはそういう感情は無いのだろうか?


 今度機会があれば聞いてみるのもいいかもしれないな。

 こっちでも結婚して子供を作るんだろうか。

 もう前の世界には戻れないからな。


「あぁ。また来るよ」


 ヒロもにこやかに笑っている。

 本当に来るのか?

 嘘はいけないぞ、ヒロ。


 定食屋を出ると、言われたパン屋さんへと向かう。ヤワラとか言ったか。

 騎士達はさっきの女性に一々声をかけて出てきている。

 何やらその女性の笑顔に騎士達の心は射止められたようだ。


 向かっていると『ヤワラ』という看板が見える。少し列ができているようだ。

 中々に人気のある店なのだろう。


「ヒロ、俺はここで並んでパンを買うからあっちで干し肉を買ってきてくれないか?」


 俺がヒロに言うとコクリと頷いた。


「いいよ! じゃあ、後でね!」


 勇者組は干し肉を買いに肉屋に行った。

 俺はヤワラに並んでいると、前と後ろの人達が目に入る。

 女性が多い。


 少し恥ずかしくなりながらも順番が来るまで待った。

 自分の順番が来ると中に入っていく。

 パンは数種類あったが、丸いパンと食パンにするかな


「このパン、二十個ほど貰って良いですか? あと、この食パン?を五個ください」


「はい! 有難う御座います! あのっ! さっき、定食屋さんで変な男をこらしめてましたよね?」


 あれは懲らしめていたというのか?

 ただアイツの正体に気付いて、あっちも逃げていっただけだが。


「あぁ。そう見えたか? 別に懲らしめてはいない。勝手に逃げただけだ」


「そうだったんですねぇ。なんかアリーさんという人の事で揉めたんですか?」


 たしかにさっきアリーの名前は出したが、やけに具体的に聞いてくるな。

 何がそんなに気になったんだろうか。


「あぁ。一方的にアリーという俺の大切な人を差し出せと言われたものでな。それを断ったという訳だ」


「ふぅーん。強いんですね?」


 そんなに何故上目遣いで見るのか。

 どうしたんだ? この女性は?


「いや、まぁそこそこだろう」


「ふふふっ。謙虚なんですね。はい。また来てくださいね?」


 パンを渡されて満面の笑みで送り出される。

 ふむ。女性の笑顔というものは皆可憐なものなんだな。


 会計を済ませて店を後にする。

 肉屋に行ったヒロ達の方へ向かう。

 すると、あちらも買い終えてこっちに向かってくるところだった。


 ヒロがいきなり笑いだしたのだ。

 何を笑っているのかと思ったら俺の顔を指差して笑っている。


「ハッハッハッ! 何? 何があったの! テツ!?」


「何がだ?」


「何がだ?じゃないよ! 何その顔!」


 俺は自分の顔が見えない。

 特に何もしていないからな。

 いつも通りの顔だと思うが、何かついているのか?


「はっ……はははっ。顔が耳まで真っ赤だよ?」


 慌てて顔を触る。

 頬がたしかに熱いかもしれない。

 耳も熱い。


 俺は何にそんなに恥ずかしいと感じたんだ。

 もしかしてさっきの女性の笑顔を可憐だと思ったからか?

 そうなのだとしたら……俺はアリー意外の女性に好意を抱いてしまったんだろうか。


 ナイフを取り出して首に突き刺────


「ちょっと! 何やってんの!?」


 ナイフを咄嗟に止めたのはヒロであった。

 俺はアリー意外の女性に好意を抱いたのかもしれない。そんな事があってはいけないんだ。


「俺は、パン屋の女性に話しかけられ、また来てと言われたんだ。その時の笑顔が可憐だなと。そう思ってしまった。だから好意を抱いてしまったのかもしれない……そんな事は俺には許されない」


「それは思い詰めすぎ! 恥ずかしかっただけでしょ? そんなの好意を持ったうちには入らないよ! それに、そんな事でテツが死んだら誰がアリーちゃんを守るの!?」


「そう……だな」


 そこでナイフをしまった。

 そうか。好意を抱いたわけではなかったのか。

 よかった。


「そうだよ! 全く! 少し頭冷やして!」


 ヒロが怒ったように去っていった。

 またヒロに救われたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る