星に会いたい
来栖クウ
星に会いたい
風が僕の心臓を貫いた。いや多分、風だけではない。1年前のあの日から全てが変わってしまった。あの日の全てが、風も、月や星の光も、全てが僕の敵で心を貪る凶器だった―――
*
「
そう言われ肩をドンっと勢いよく叩かれた。
「まあね」なんて返しながら、僕もそいつの肩を軽く叩いた。
中学に入学して1年と8ヶ月程が経ち、もうすぐ2学期も終盤に差し掛かった頃だ。
中学受験をした僕は、地元じゃそこそこ有名な進学校に合格した。
柊星は勉強が特別嫌いなわけでは無かったので(周りから見ればなんだこいつ、と思われそうであるが)さして苦労もせずにこの学校へ通っていた。
(――やっぱり、どこに来ても同じか)
これが入学初日にして、柊星が思ったことである。どこにでも上下関係、所謂スクールカーストなるものが存在し、周りの空気を読んで楽しませることが出来る奴が優位なのだ。
「クラスみんなで楽しんで仲良く過ごしていきましょうね」
そんな担任の発言に、こんな日常に何を求めて、何を楽しめと言うんだ。と、思ってしまった。そして、そんなことを思ってしまう自分が誰よりも醜く嫌いな人間だ。
*
ある日の放課後、学級委員を務める柊星は雑用を頼まれてた。
「ちょっと散らかってるとこがあってね。瀬戸が引き受けてくれてよかったよ」
そう言いながら担任に連れてこられた先は、ホコリが舞い、物品がぐちゃぐちゃな体育倉庫であった。
「これを全部ですね、分かりました」
頼まれたら断れない性格なことは重々自覚ていたが、ここまで来ればもうお手上げである。
「仕方ない……やるか」制服の腕をまくり、まずは棚の上のダンボールを床に降ろした。白くなったダンボールの上は、吐く息よりも白く、要は最悪であった。
(ほんといい加減にしてくれよ……)
悶々としながら作業を進めていると、突然倉庫の奥からガサガサと音がした。なんだ? と暗闇に目を凝らしているとそれは現れた。
「ボールってどこにしまうの? 倉庫広すぎるよ……」
よろよろと汚れた姿で出てきたのは、幽霊でもゴキブリでもなく、人。体操服を着た女の子だった。
「あの、大丈夫ですか?」
困っていそうだったし、とりあえず手を差し出すと「んぎゃ!?」と謎の声を出して尻もちをついてしまった。
「えっとその……人間ですよね?」半信半疑、といった表情だ。
「一応その部類に当たりますね」
「え、一応ってことはじゃないかもってことですか」
どうしよう変な人に会っちゃったかも、と目の前で言う彼女に柊星は思わずため息をもらす。
「僕は、ヒト科のヒト族の男で、2年1組の瀬戸
これで変な人じゃなくなったでしょ。そう柊星が言うと「そう言われればそうだね、賢いなぁ!」と彼女は言った。
「私は、ヒト科のヒト族の女の子で、3年4組の中野
ホコリの舞う倉庫で、僕は優宇と出会った。これが僕の転機だったのだろう。
*
倉庫でたまたま出会い、片付けを手伝ってもらってからは、柊星と優宇は度々会うようになった。
「この映画観に行きたい! 柊星も一緒に行こうよ〜」と、言われれば映画館へ。
「ねねね、新作のラテ抹茶感強くて美味しいらしいの!」と、言われれば売っているカフェへ。
優宇が言いたいと言えば北へ南へと、どこへでも連れていかれた。
そして冬休みの初めに、またいつもの様に言い出した。
「2人で星見に行きたい! 絶対綺麗だよ」
そう、いつもならいつもの様に返事も聞かずに着いていく、いや連れていかれるのだが、この日だけは違った。
「星はちょっと……あんまり好きじゃないかな」
優宇は普段否定をしてこない柊星が『好きじゃない』と言ったことに、目を丸くして驚いた。
「――珍しいね、柊星がそんなこと言うなんて。
優宇にしては控えめに、落ち着いて尋ねた。
柊星は優宇の目を見ずに下を向いた。
「……母親がさ、丁度1年前かな。その位に亡くなったんだ。事故で突然ね」
声が、震える。思い出したくない、怖い、言いたくない。でも、優宇には言わなきゃいけない気がした。
「凄くいいお母さんで、仕事も頑張って、家事も頑張って、いっぱい褒めてくれた。大好きなんだよ……なんで置いていっちゃったんだろうね」
柊星の瞳から雫が落ちるより先に、柊星は柔らかな温もりに包まれた。ふわっと香る柔軟剤の匂いと、頭を撫でる温かい手が、まるで母親みたいで。
「優宇……?」
どうしたのと聞いても、優宇は何も言わないで、ただぎゅっと抱きしめてきた。
「頑張ったね、柊星はよく頑張りました!」
しばらくして優宇はそう僕に言った。
なんだか照れくさいけど、その頃にはもう涙は止まっていて「急になんだよ」と、笑いながら返した。
「別に? なんでもないよ」
そう返す優宇も笑っていた。
「あれ、じゃあ結局なんで星が嫌いなの?」
いつもの調子で尋ねてくる優宇は、流石だと柊星は思った。
「あー……それはあれだよ。お父さんが僕に『お母さんは星になったんだよ』って言ってきて」
そこからなんとなく、星を見たらお母さんを思い出すからさ。と、柊星は言った。
なるほどね、と優宇は納得しつつ、うーんと考えた。そして3秒くらいして「じゃあさ! 一緒に星見に行ったらお母さんに挨拶に行けるってこと!?」と勢いよく言った。なんとも優宇らしい。
「まぁ、そういうことかな」
「じゃあ行くしかないじゃん! これからも柊星にはお世話になる気しかないからね」
まじですか、と言いたくなったが、それも案外悪ないかもしれない。優宇ならいいか。
柊星はそう思った。
星に会いたい 来栖クウ @kuya0512
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます