星に会いたい

来栖クウ

星に会いたい

 風が僕の心臓を貫いた。いや多分、風だけではない。1年前のあの日から全てが変わってしまった。あの日の全てが、風も、月や星の光も、全てが僕の敵で心を貪る凶器だった―――優宇ゆうと出会うまでは。



柊星しゅうせいってやっぱ最高だわ〜。笑いのツボが分かってるっていうかさ」

そう言われ肩をドンっと勢いよく叩かれた。

「まあね」なんて返しながら、僕もそいつの肩を軽く叩いた。


中学に入学して1年と8ヶ月程が経ち、もうすぐ2学期も終盤に差し掛かった頃だ。


中学受験をした僕は、地元じゃそこそこ有名な進学校に合格した。

柊星は勉強が特別嫌いなわけでは無かったので(周りから見ればなんだこいつ、と思われそうであるが)さして苦労もせずにこの学校へ通っていた。


(――やっぱり、どこに来ても同じか)


 これが入学初日にして、柊星が思ったことである。どこにでも上下関係、所謂スクールカーストなるものが存在し、周りの空気を読んで楽しませることが出来る奴が優位なのだ。


「クラスみんなで楽しんで仲良く過ごしていきましょうね」


 そんな担任の発言に、こんな日常に何を求めて、何を楽しめと言うんだ。と、思ってしまった。そして、そんなことを思ってしまう自分が誰よりも醜く嫌いな人間だ。



 ある日の放課後、学級委員を務める柊星は雑用を頼まれてた。


「ちょっと散らかってるとこがあってね。瀬戸が引き受けてくれてよかったよ」


 そう言いながら担任に連れてこられた先は、ホコリが舞い、物品がぐちゃぐちゃな体育倉庫であった。


「これを全部ですね、分かりました」


 頼まれたら断れない性格なことは重々自覚ていたが、ここまで来ればもうお手上げである。

「仕方ない……やるか」制服の腕をまくり、まずは棚の上のダンボールを床に降ろした。白くなったダンボールの上は、吐く息よりも白く、要は最悪であった。


(ほんといい加減にしてくれよ……)


 悶々としながら作業を進めていると、突然倉庫の奥からガサガサと音がした。なんだ? と暗闇に目を凝らしているとそれは現れた。


「ボールってどこにしまうの? 倉庫広すぎるよ……」


 よろよろと汚れた姿で出てきたのは、幽霊でもゴキブリでもなく、人。体操服を着た女の子だった。


「あの、大丈夫ですか?」


 困っていそうだったし、とりあえず手を差し出すと「んぎゃ!?」と謎の声を出して尻もちをついてしまった。


「えっとその……人間ですよね?」半信半疑、といった表情だ。

「一応その部類に当たりますね」

「え、一応ってことはじゃないかもってことですか」


 どうしよう変な人に会っちゃったかも、と目の前で言う彼女に柊星は思わずため息をもらす。


「僕は、ヒト科のヒト族の男で、2年1組の瀬戸柊星しゅうせいです。初めまして」


 これで変な人じゃなくなったでしょ。そう柊星が言うと「そう言われればそうだね、賢いなぁ!」と彼女は言った。


「私は、ヒト科のヒト族の女の子で、3年4組の中野優宇ゆうです。初めまして!」



 ホコリの舞う倉庫で、僕は優宇と出会った。これが僕の転機だったのだろう。



 倉庫でたまたま出会い、片付けを手伝ってもらってからは、柊星と優宇は度々会うようになった。


「この映画観に行きたい! 柊星も一緒に行こうよ〜」と、言われれば映画館へ。


「ねねね、新作のラテ抹茶感強くて美味しいらしいの!」と、言われれば売っているカフェへ。


 優宇が言いたいと言えば北へ南へと、どこへでも連れていかれた。


 そして冬休みの初めに、またいつもの様に言い出した。

「2人で星見に行きたい! 絶対綺麗だよ」

 そう、いつもならいつもの様に返事も聞かずに着いていく、いや連れていかれるのだが、この日だけは違った。


「星はちょっと……あんまり好きじゃないかな」

 優宇は普段否定をしてこない柊星が『好きじゃない』と言ったことに、目を丸くして驚いた。

「――珍しいね、柊星がそんなこと言うなんて。に何かあったの?」

 優宇にしては控えめに、落ち着いて尋ねた。


 柊星は優宇の目を見ずに下を向いた。


「……母親がさ、丁度1年前かな。その位に亡くなったんだ。事故で突然ね」

 声が、震える。思い出したくない、怖い、言いたくない。でも、優宇には言わなきゃいけない気がした。

「凄くいいお母さんで、仕事も頑張って、家事も頑張って、いっぱい褒めてくれた。大好きなんだよ……なんで置いていっちゃったんだろうね」

 柊星の瞳から雫が落ちるより先に、柊星は柔らかな温もりに包まれた。ふわっと香る柔軟剤の匂いと、頭を撫でる温かい手が、まるで母親みたいで。

「優宇……?」

 どうしたのと聞いても、優宇は何も言わないで、ただぎゅっと抱きしめてきた。


「頑張ったね、柊星はよく頑張りました!」

 しばらくして優宇はそう僕に言った。

 なんだか照れくさいけど、その頃にはもう涙は止まっていて「急になんだよ」と、笑いながら返した。

「別に? なんでもないよ」

 そう返す優宇も笑っていた。


「あれ、じゃあ結局なんで星が嫌いなの?」

 いつもの調子で尋ねてくる優宇は、流石だと柊星は思った。

「あー……それはあれだよ。お父さんが僕に『お母さんは星になったんだよ』って言ってきて」

 そこからなんとなく、星を見たらお母さんを思い出すからさ。と、柊星は言った。

 なるほどね、と優宇は納得しつつ、うーんと考えた。そして3秒くらいして「じゃあさ! 一緒に星見に行ったらお母さんに挨拶に行けるってこと!?」と勢いよく言った。なんとも優宇らしい。


「まぁ、そういうことかな」

「じゃあ行くしかないじゃん! これからも柊星にはお世話になる気しかないからね」

 まじですか、と言いたくなったが、それも案外悪ないかもしれない。優宇ならいいか。

 柊星はそう思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星に会いたい 来栖クウ @kuya0512

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ