第7話 出会い
家に到着し下着も用意せずに直ぐにシャワーを浴びた。
とにかく煙草と加齢臭と精子の臭いが堪らなくきつい。
「恵、食事も取らずに何処に行っていたんだ」
加津夫がシャワールームに声をかける。
「何でもないよ。図書館に行っていたんだ」
洗濯かごに放り込まれた恵の服、下着、靴下の汚れと臭いで加津夫は眉間に皺を寄せた。
「父さん、1度手洗いするから触らないで」
「何でこんなヤニ臭いんだ? お前は図書館に行っていたんだろ?」
「何て事はないよ、本を読みたかったんだ」
言い切ると裸のまま自分の脱いだものを抱え風呂場に戻って手洗いを始めた。
ズボンのポッケトから裸の千円札がシワクチャで入っていた。
(これが、ご褒美か)鼻で笑って耳に挟んで手洗いを終えて風呂場から出ていった。
(あの子はいったい何をやっているのだろう? 変な人と付き合いがあるのか?)加津夫は我が息子ながら気持ちも行動も分からなかった。
「あの赤毛はこの家に戻ってきたの? 何処かで、のたれ死んでいれば良いのに。私はあれの為に食事を作るのも洗濯や掃除をするのも嫌なの! 顔も見たくない同じ空気も吸いたくないの」
「何故、恵を忌み嫌う?」
マリーが恵の事をどう思って嫌うのか、きちんと話しをして来なかったがマリーからは憎しみの言葉しか溢れてこなかった。
バスルームにまで二人の会話が聞こえた。
恵はこの家に居ることが辛くて堪らなくなった。
学校に行っても図書館に行っても辛い。
今はシャワーを浴びたばかりで綺麗な体になっている。少しばかりの金は有る。外を彷徨っていても補導はされないだろう。手洗いした服をゴミ箱に捨て乾いている衣服を着て、そのままこっそり出ていった。
コンビニでフランスパンとオリーブオイルと塩と炭酸水を買って近所の公園でムシャムシャと食べる。
自分の体を売って得た金で初めて買ったパンは味気ない。(こんなものだろう。)
午後3時過ぎの日曜日家族連れが出かけるのか、出先から帰路に着いているのか笑顔の人びととすれ違う。
(僕には関係のない光景だ。もう手に入れようとは思はない。羨ましいとも思えない)
笑顔の人びととは逆に進むにつれて広い川に出くわした。
(このまま入ってしまえば····)
思いのまま土手を滑るように下っていった。
川にするっと爪先から入ると思った以上に深くあっという間に体を持っていかれた。
声も出ず静かに沈み、流されて行く。
「お前! 何やってんだよ! これにつかまれ!」
絶叫と共に虫取り網が目の前に差し出された。
「早く!」
もしも恵がつかまなかったらこの少年も溺れるだろう。
30分は格闘しただろうか虫取り網の少年も恵もずぶ濡れになりながら土手の上ではぁはぁ言いながら呼吸を整えていた。
「落っこちたのか? まさか自殺未遂?」
「····両方かな」返答しながら恵は鼻で笑う。
あきれた少年は頭をポリポリ描いて
「ま、助かって良かったよ。名前は? 俺は林 、先週引っ越して来た。9月から小学校に通うよ」
「僕は石本」
辺りがオレンジ色に染まり、蝉が電信柱に止まり、うっすら鳴いている。
虫取り網は壊れていなかった。2人は何となく蝉取りを始めたが直ぐに飛んで逃げられた。そのうち追いかけっこになり恵が転がるように駆けて逃げると直ぐに捕まる。恵が鬼になると先回りして石などおいて転ばせ林が捕まる。お互いの服が乾くまで走り回った。
初めて同年代と身体を動かして遊んだ。
川の臭いも気にならなかった。
恵も林もゲラゲラ笑いながら楽しんだ。
日が沈んで辺りを街灯が照らし初めても林と恵は遊んでは話、話してはまた遊ぶを飽きる事なく続けた。
「横浜から母ちゃんの仕事の都合で引っ越してきた。8月になったら駅近で店がオープンするんだ。母ちゃんの店だよ。パートナーはいるけど俺はあいつの事、大嫌いなんだ。嘘くせぇオッサンなんだよ。んで、あいつも俺の事は邪魔くせぇんだよな~。もう真っ暗だな。母ちゃん達オープンの準備で出かけると思うから俺は帰るけど、お前はどうする? 一緒にくる?」
「行ってもいいの?」
「来いよ。俺はお前ともっと話がしたい!」
少し歩くと小綺麗なアパートがあり其処の一階の真ん中に林と表札が出ていた。ベルトホールにぶら下がっていた鍵で解錠して真っ暗の誰もいない部屋に入る。
林は帰宅そうそう風呂掃除をして沸くまでの間、食器棚や冷蔵庫の中身を漁る。
「ちぇっ、食い物ねぇーや」
「ねぇ、このメモと金は?」恵がテーブルの上のメモと1000円を見つけ林に伝える。
ー和也へ、夕御飯は近所のお店で買って食べてね。母よりー
「やった~! スーパー行って安売りの弁当買おうぜ! ってか、その前に風呂入ろうぜ。俺たち、くせぇ~な」笑いながらバスタオルを用意する。
2人でバシャバシャ風呂に入る。
「何で死のうと思った?」
「家や学校で疎まれて居場所が分からなかった。いなくなって楽になりたかった」
「家族も学校の連中も見る目がねぇよ。最悪じゃん」和也は言いながらシャンプーしている。
「何でそう思うの?」
「俺はお前と一緒に遊んで楽しかった。んな奴に悪い奴はいねぇ~よ」屈託のない笑いが恵を救った。
「僕の居場所はまだ在るのかな」
「石本····何て名前だっけ?」
「恵だよ」
「俺もお前と同じだよ。今、俺の居場所が無いんだよ。恵、明日も遊ぼうぜ」
風呂から上がってから和也の下着~服まで借り近所のスーパーに弁当を買いに行った。
加津夫は必死に恵を探して町を彷徨っている。
通りすがりの人や店に聞き込みをするがその時に恵の最近の写真が家に1枚も無かったことがショックだった。
(何故、撮っていなかったんだろ。恵、出て来てくれ)
「すげぇ~! 半額だぜ!」カルビ弁当をゲットして喜ぶ和也。恵もやはり半額の幕の内弁当を手にする。
「やったぁ~! 1000円から釣りがくる」
精算のためレジに向かう。
「恵!」
レジで加津夫に見つかった。
「まだ生きていて驚いた?」
「何を馬鹿なことを! 心配したんだぞ、今まで何処にいたんだ。さぁ帰ろう」
「いや、帰れない。これからコイツと半額弁当を買って食べるんだ、父さんこそ帰って」
「君は恵のお友達?」
「今日、友達になった。俺はおじさんに言いたいことが山程有るんだけど」
「和也、言わなくて良いよ」
半額弁当を持ったままレジの列から外れて3人でこそこそ話している。
「分かった、これは元の場所に戻しておいで、おじさんも腹ぺこだ、夕食を食べに行こう。話はそれからにしよう」
3人はスーパーから出て安価だが静かに喋れる店を探した。
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